薄緑色のパワードスーツ

「これより、ニューヨーク奪還作戦を開始する」

了解りょうかい

 ホレイシオ将軍しょうぐんの言葉に、四人が敬礼した。

 第5軍。北方陸軍、即応旅団戦闘団そくおうりょだんせんとうだん。所在地はテキサス州。しかし、作戦のためにニュージャージー州の基地が借りられた。

 ウェスト・ニューヨークから6つ北の街、フォート・リーという場所に。

 東には巨大な吊り橋がある。鋼で作られていて、長さは1キロメートル以上。2層構造で、上層8車線。下層6車線。ニューヨーク市マンハッタン区へとつながっている。

 現在、西から東に渡る車はない。

 鋼の橋が見える基地で、寒空の下、朝日を浴びる五人。

「いくぜ! 装着そうちゃく!」

 迷彩服姿のおおがらな男性が、おおげさにポーズを取った。その身体からだが金属の装甲につつまれていく。

 短髪も、顔も見えなくなる。

 目の位置に横一直線のバイザー。オレンジ色。口元はフェイスマスクのようになった。

 設計に機能的な意味はない。顔に見える。

 白に近い薄緑色の金属でおおわれた全身。昆虫の外骨格のような構造をしていた。メタリックな見た目。関節部分は黒色で、装甲の各部に赤色やオレンジ色の部分がある。

「グレン! 橋を渡ってからでいいしょう、それ」

 背の低い女性が、腕組みをして口を真横に閉じた。紺色の服でスカート姿。うしろで長い髪をまとめているエリカは、すぐに表情をゆるめる。

「仮の身体からだそのものが変化しているため、変身へんしん、または変形へんけいが妥当だと思われます」

 色白の女性が淡々と述べた。紺色の服。ライラの金髪ミドルヘアが風になびく。スカートはなびかない。

「この技術を応用できれば、現状を一気に打開できるかもしれない」

 男性の目に力が入った。紺色の服に、濃い青色のパンツ。イリヤは何かを考えている様子。

「もうすこし若ければ、私もパワードスーツで戦えたのだが」

 中年男性は優しそうな顔をしていた。髪にすこし白髪が混じっている。白いシャツ。紺色の上着に同色のネクタイ。装飾は黄色。パンツは濃い青色。軍服がよく似合う将軍しょうぐん

 そこから北側。基地でいちばん広い工場の中に、銀色の装置がある。生体認証らしき機能により、グレンしか使用できなくなったハイパフォーマンス装置。

 仮の身体からだを生成する。暗号名、ツインタイム。

 パワードスーツの設計図と実物を見たグレンは、仮の身体からだで再現することに成功した。

 原理はいまだ不明。

 大統領は、装置の短時間での解析は不可能だと判断。ニューヨーク市を占拠しているロボットに対し、破壊任務で使うことを決定した。

 とつぜん現れ、こつぜんと消えた飛行物体。巨大な円盤がいつ飛来するとも限らない。リスクを考え、大部隊は投入できない。

 残るロボットは、推計9545体。暗号名、ドウ。

 武装を持っていないものの、ドウの力は強い。人を消していた白い装置を回収したといっても、安心できない。

 ロボットを送り込んだ敵の目的は不明。暗号名、メタル。

 なやむのを後回しにして、グレンは軍用車両に乗り込んだ。クリーム色の高機動多用途装輪車両こうきどうたようとそうりんしゃりょう。四角い部分の多い武骨な見た目。追加装甲とガトリング銃は、ドウに効果がないため装備されていない。

「なんで、そのまま運転するのよ」

 エリカの声もむなしく、パワードスーツ姿のグレンはシートベルトを着用。ステアリング・ホイールを握り、車を走らせていった。


 自動車を運転するグレン。白に近い薄緑色のパワードスーツ姿で、金属的な輝きを放つ。

 巨大な橋の上層を、東へ移動中。

 左右からハドソン川が見える。

 方角に対してまっすぐではない。川は、北北東から南南西へ流れている。

「ハドソン川に異常なし」


 男性から発せられた声は、フォート・リー基地へ届いた。

 通信アンテナ、気象レーダー、兵舎、工場などがある軍事施設。深緑色の四角い建物の中は、暖房により暖かい。

 司令部にはたくさんの装置がならんでいた。天井の照明も、規則正しくならぶ。

 エリカが席に着いている。髪をうしろで束ねた女性は、落ち着かないような表情。

 イリヤは眠そうな顔をしていた。慌てて姿勢を正す。

 ほかにも数名が座っていて、将軍しょうぐんがうしろの席から見守っていた。

 パワードスーツのカメラ機能は正常に作動している。前後左右に死角なし。

 三面ディスプレイで映像を確認しながら、ライラが通信をおこなう。


『こちらでも確認できています。到着後、ドウを倒せるだけ倒してください』

「んー」

 よく通る声を聞いて、唸り声を上げるグレン。

 かわいらしい声が告げる。

『いまからでも、行こうか?』

「気持ちは嬉しいけど、今日はおとなしくしておけ。休むのも任務のうちだ」

了解りょうかい

 幅、約1キロメートルの川を越えた、クリーム色の武骨な軍用車両。

 道の先に戦車が放置されている。居合わせた陸軍の部隊が応戦した場所だった。

 南側の、高い建物が立ち並ぶ先には、セントラル・パークが見える。

 橋から出る前に、グレンが車を降りた。

「さて。どこまで進んだら襲われるか。ドウも大変だな」

 複雑に道が分かれている、橋の出口付近。8車線のいちばん右側を歩くパワードスーツ。

 まだ何も起こらない。

『そのまま、右へ下りてマンハッタン区へ。北の、ハドソンハイツを目指してください』

了解りょうかい

 出口からのびる道は長かった。左右にうねり、600メートル以上続く。

「そういえば、熱に耐えられないとか言ってたよな? イリヤ。なんともないぞ」

 グレンは、先が見えない道の途中を走っていた。近くで重そうな足音を聞く人はいない。

『設計図どおりではないからだよ。パワードスーツが』

「なんだ。オレのせいか」

『そうじゃなくて。エンジンの代わりに、どこからか送られているエネルギーが使われてるってこと』

 イリヤからの通信を聞いて、走りながら首を傾げるグレン。

「おい。味方の識別信号ないし。いまのオレ、完全に敵と同じじゃねぇか!」

 大声が響いて、辺りにそれを聞く者はいなかった。

『次からは、味方の識別信号を発生させる装置も生成し、内蔵してください』

 ライラの声は落ち着いていた。

「また勉強か。寝不足なんだよな。オレ」

『ボクも、だよ』

「いや。眠くないな。息しなくていいし、どうも慣れないぜ」

 橋からの道が終わりに近づいて、グレンが走るのをやめた。

 必要のない深呼吸がおこなわれる。

 視線の先には、一定間隔でメタリックな赤橙色の物体が立つ。人間サイズの人型ロボットが並んでいた。


 パワードスーツの右足が踏み出される。橋から下りてきた道を出た。

 動き出すロボットたち。全長、約170センチメートル。

 ドウと呼ばれる機械人形。

 四角い装甲は、関節部分を保護していない。目はまるく、口は長方形。ブリキのおもちゃのような見た目。ただし、手の構造は人のそれに近い。

 北へのびる大きな道の上にも、左右の舗装されていない部分にも、ドウの姿。

 道の西側には、川まで広がる公園。ほとんどの植物が茶色に染まっている。

 東側。舗装されていない草地から近づく影。

「いろいろやるから、データ取れよ。ちゃんと」

 一番近いドウに向かって走ったグレンは、右腕を突き出した。

 ボコッという音が鳴る。

 胸の中心に走る衝撃により、ドウが5メートル近く吹き飛ぶ。機械人形は胸部装甲がへこんでいる。ゆっくりと立ち上がった。

 落下地点の植物がダメージを受けていた。

 エリカからの通信。

『道を壊さないように、気をつけてよね』

「ああ。そうだな。戻ってきた人たちに怒られるからな」

『いい心意気だ。私も見習わねばならん』

 ホレイシオ将軍しょうぐんが褒めた。

 白に近い薄緑色のパワードスーツから、蹴りが繰り出される。メタリックな輝きがきらめく。

 別のドウの胸部を捉えた。

 きりもみ状態で宙を舞い、地面を転がる機械人形。約10メートル先で、ゆっくりと立ち上がる。胸部装甲はへこんでいた。

 道の西側で犠牲が出てしまった。倒れたのは、林の中の木。1本。

 グレンが頭をかこうとして、やめる。

『驚異的な威力ですが、打撃による機能停止には、時間がかかると思われます』

 冷静な分析を伝える声。

「早いとこ、光の弾や剣を出せるようにしてくれよ」

『それなんだけど。正確には光っている弾と、光っている剣だと思う』

「どういうことだ? 同じだろ?」

『別だよ。光る物質か何かだから、振動剣で触れることができた。ただの光ならすり抜ける』

「うーん。どこかにギンは隠れてないか? いまなら互角に戦えるかもしれないぜ」

 話しながら、グレンは右腕を構えた。

 パワードスーツの装甲が変化していく。範囲は、ひじから手首の手前。

 現れたのは、手の甲の先へとまっすぐ伸びる刃。剣のブレード部分のみで、約30センチメートル。

『調子に乗らないの』

 エリカが、呆れたような声を出した。

 3体目のドウが迫ってくる。

「気を引き締めていけ。了解りょうかい!」

 一直線にのばされた右腕。装甲の隙間を抜けて、ドウの胸部を貫く。

 ガリガリと金属のこすれる音がした。

 背中に突き抜けたブレードが引っかかる。グレンは、右足で腹を蹴って引き抜いた。

 銅色の機械人形は倒れて、機能を停止している。

『変形可能なら、一度、元の形状に戻せばいいのでは?』

 ライラは的確だった。

「いまのは、エリカの真似だ。はっきり言って、オレより強い」

 胸部装甲のへこんだドウが近づいてきた。一撃で仕留めて、パワードスーツの右腕が元の形に戻った。

 囲まれないようにしつつ、倒し続ける。

 孤独な戦いは夕方まで続いた。


「疲れたぜ」

 明るい声を出したグレンが、左側のカプセルから外に出た。その場で腕立て伏せを始める。しかし、すぐに変な顔をして身体からだを起こす。

「石が転がってるじゃないか。痛いんだな、石って。忘れてたぜ。それに寒いし」

「全然、疲れてなさそうだね。走ってきたら?」

 イリヤに言われて、迷彩服姿のグレンが柔軟体操を始めた。

 工場内の広い場所。真ん中に置かれているツインタイムが、灯りに照らされていた。

 二人のほかにも何人かの兵士が作業をしている。みんな迷彩服だ。作業着として使われている。

 暖房がいきわたらないため、端にいる兵士たちの表情は硬い。

「調べれば調べるほど、奇妙だ」

 二十代の男性がツインタイムを眺めて、イリヤに説明を求めた。

 気難しそうな顔の兵士が話を聞く。

 ツインタイムには銀色の部分が多い。装置を使用した者の時間を止めるという機能がついている。2つのカプセルがある。上はスライド式の引き戸。足側から頭側へ動くことで開く。

 左側のカプセルに入った者が、右側の物質を遠隔操作することができる。右側には機能を停止したドウが横たわっていた。

 銀色の装置の周りには、解析用の装置がずらりと並んでいる。

「モノがモノだけに、民間に頼むわけにはいかない。ですか」

 ヘンリーは説明の礼をした。疲れた様子の兵士たちが出ていく。南のドアが開き、外は真っ暗。

 残ったのはイリヤとグレン。

「ツインタイムはいいからさ。味方の、識別信号発生装置が、急務だ」

 灯りが少し減った工場内。西の壁際を走るグレンは、息を切らしていた。

「用意してあるから。食事のあとで確認しよう」

「ところで、刀は改修できたか?」

「さらに、振動が持ち手に伝わりにくくできた。できれば、刀身を丈夫にしたいんだけど」

 イリヤは、北側に転がっている機械をちらりと見た。

 人型を保ったまま機能停止しているドウ。横に、同程度の質量のものが並べられている。バラバラに分解された赤橙色の部品。

 二人が建物から出て、灯りが消された。

 工場の中には別の装置もある。

 ニューヨーク市周辺の2000万人以上を消した、白い装置。ツインタイムと同じくらいの大きさ。

 いまは、真ん中に開く不気味な穴を見ることはできない。周りを透明な四角い壁で囲まれていた。さらに、上を布でおおわれている。

 悪魔の装置と呼ばれて、解析すら慎重にならざるをえなかった。

 ドアが閉まる。中は闇に包まれた。


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