銀の装置と白の装置

「あんた、誰?」

 背の低い女性は警戒していた。腰の刀に手をのばそうとして、顔をゆがめる。

 灰色の迷彩服とおなじ色の帽子を身にまとう、長い髪の女性。髪はうしろで1つにまとまっている。

 セントラル・パークの広場。芝生しばふの上に転がる刀を、ちらりと見た。腰に帯刀されているものと同じ、打刀うちがたな。長さ、約70センチメートル。黒い鞘に入っていて、刀身中央でもっとも反った形。

「ああ。そうか。オレ、見た目がギンになってるのか?」

 背の高い男性が右手を見た。手は肌色。服は灰色の迷彩。帽子も同じ模様で、髪は短い。黒色。

「あれ? エリカ。失敗か?」

 エリカは眉を下げている。

「うしろを見なさい。あなたが出てきたのは?」

「右側じゃねぇか! 左側に入っただろ? オレ」

 銀色の装置には、ゆるやかに傾いた2つのカプセルがある。その左側は完全なカプセルの形で、上部は黒色。右側で開いているのは、上部スライド式の引き戸。

「本当にグレンなの?」

「グレン・チカマ。陸軍ワシントン地区隊所属。特技兵とくぎへい。十八歳」

「第5軍。北方陸軍、即応旅団戦闘団そくおうりょだんせんとうだんでしょ? 今日から」

 緊張感のない二人に向かって、2体の銅色のロボットが歩いてきていた。

「とりあえず、身体からだを守るのが先決だ。気温上がってきたか?」

「寒いわけじゃなくて。あたし、腕痛いから。頑張って」

 エリカが見守るなか、グレンは芝生しばふに落ちている刀を拾った。上着の上から腰に帯を巻いて帯刀。黒い鞘から抜刀した。

 銀色の装置と白い装置がある場所のまわりが、広く芝生しばふに覆われた空間になっている。あたりには、林のように木々が並ぶ。落ち葉も積もっていた。

 迫る2体のロボット。男性よりも背は低い。コードネームは、ドウ。

「この刀って、バッテリー残ってるのか?」

 グレンが刀を両手で構えた。つばちかくにある引き金には指をかけていない。

 安全装置が解除されたつかには、2つ目の引き金が中心に現れている。そちらにも指は入れられていない。

 ドウに攻撃を仕掛けて、胸に突き刺さらなかった。

 刀を受けたドウが、2メートル近く吹き飛ぶ。機能を停止した。

「イリヤ。どうなってるんだ?」

『聞かれても困るよ。とりあえず、人格はグレンと同じみたいだ』

 通信している男性から、困惑した声が発せられた。

 グレンとエリカは、左耳のインナーイヤー型のヘッドフォンで声を聞いている。マイク機能により双方向通信が可能。

「そういえば、変なんだけど。おかしいな。息しなくても苦しくないぞ」

 喋りながら突き出された刀。ドウの胸に届いた。やはり2メートルほど吹き飛んで、機械人形は動かなくなった。

 セントラル・パークには、まだ多くのロボットが並んでいる。そのうち2体のドウが、銀色の装置を目指して動き出す。

「回収班、いないの? このままじゃ、まずいわ」

 エリカは腰の刀に触れもしなかった。リミッターを外した振動剣は、身体からだへの負担が大きいらしい。

「よし。光の弾を食らえ!」

 グレンが右手を構えて、何も起きなかった。

『映像からは、変化が確認できません』

 冷静に状況を伝える、よく通る声の女性。ライラは普段と変わらず落ち着いていた。

 ドウの動きは遅い。枯葉に覆われる林の中にいた。

 銀色の装置と白い装置は、芝生しばふの上にある。

『ふむ。2つの装置を持ち上げて、移動してはどうかね?』

 渋い声の男性が提案した。ホレイシオ将軍しょうぐんは、すこし弾んだ声だった。

 グレンの眉が下がる。

「さきほど、ドウですら持ち上がりませんでしたよ」

「命令よ。持ち上げて」

「クレイジーだな。まったく」

 エリカの命令で、グレンは銀色の装置に近づく。しゃがんで両手を下にのばした。持ち上げようとして、やめた。

 不思議そうな表情のグレン。装置を右腕一本で持ち上げた。


 公園に立つ二人は、腰に帯を巻いている。黒い鞘に入った刀を帯びていた。

「なんだか分からないけど、撤収だ」

「そうね。船のところまで行きましょう」

 男性の意見に女性が同意した。同じ色の迷彩服を着ている。

 任務のうち、ギンの破壊は成功。残りは、装置の鹵獲ろかく

 装置は2つ。白いほうは小型自動車並の幅。高さ約1メートルで、屋根はない。銀色のほうも、サイズはほぼ同じ。ちがいは、傾斜したカプセルが2個あること。右側のカプセルの引き戸は、斜めにスライドして開いていた。

 銀色の装置を持ち上げているグレン。あせもかかず軽々と移動させて、白い装置の上に置いた。

 最初から1つの装置だったかのように、ぴったりと重なる。

 ピアノの音が聞こえてきた。

 装置を目指して歩いていた2体のドウが、同時に動きを止める。

「おいおい。嫌な予感がするぞ」

「考えても仕方ないわ。撤収!」

 エリカが前に立ち、二人はセントラル・パーク南の出口を目指す。

 銀色と白。重ねられた装置から鳴り続ける、悲しげな旋律。両手で頭の上に装置を掲げているグレンは、冴えない表情のまま歩く。

『ドウ、依然沈黙』

 ライラからの通信も、グレンの耳には届いていないようだった。


「退路は確保されているみたいね」

 セントラル・パークの外に出た。7番街を歩くエリカが、白い息を吐き出した。

 大きな装置を両手で運ぶグレンは、辺りを警戒している。

「さっきの2体、どうなった? いないぞ」

『映像が届いていないため、不明です』

 通信の声には、感情がこもっていなかった。

 装置から聞こえるピアノの音が、すこしだけ小さくなった。

 十字路をすぎて、五十七番通りに出た二人。映像を送っているという、別動隊の姿は見えない。西へ移動する。

 8番街。

 9番街。

 10番街。

 11番街。

 ハドソン川の手前、12番街も抜けた。刀に手が触れられることはなかった。

 歩みを進めるごとに、すこしずつ小さくなっていくピアノの音。

 川の流れが見えた。

 エリカが、かわいらしい声を上げる。

「船を確認したわ」

「早くこいつを下ろして、オレの身体からだがどうなってるのかも確認したいぜ」

 グレンは、相変わらず両手を頭の上にのばしていた。かぼそい音で曲を流す、大きな装置を掲げて歩いている。

『うん。解析できれば、これ以上ない戦力になるはず』

 通信の声には、興奮の色が混じっていた。

 イリヤに応答するグレン。

「どうやら、そう簡単にはいかないみたいだぜ」

 川に突き出した巨大な四角い岸壁。道路が4本のびている。エリカとグレンが立つのは、岸壁の手前。一番北側の道路の前。

 建物が立ち並ぶ路地から、次々と何者かが現れた。

 濃い青色のスーツに身を包んでいる。総勢十名。白い船の前に立ちはだかった。

「別動隊の方々ですよね? お疲れさまです」

 明るい声を出したエリカ。まぶしい笑顔を、うしろに立つグレンが見ることはできない。

 十名は、グレンに勝るとも劣らない筋肉を備えていた。

 ライラからの通信。

『これまでの状況から考えて、船の近くへ移動すると何かが起こる可能性があります』

「ああ。来たとき、この岸壁から出たら、ドウが動き出したんだったな」

「覚悟はできてるわ。でしょ?」

「いまさら、だな」

『分かりました。二人を通してください』

 通信のあとすぐに、十名が白い船から離れた。

「え? ライラの手下?」

「違いますよ。二人ともお疲れさまです。帰りは、我々が操縦します」

 スーツ姿の男性が微笑む。耳にはヘッドフォンが装着そうちゃくされていた。

 エリカに続いてグレンが岸壁へ出る。装置から鳴り続けていたピアノの音が止まった。

 ニューヨーク市に変化はない。

 十名は水色の船でやってきていた。白い船と同型で、全長、約二十メートル。

 救命胴衣を着用する十二名。

 白い装置の上から銀色の装置が下ろされて、別々の船へと積まれる。

 六人ずつに別れて、二艘にそうの船はニューヨーク市をあとにした。


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