僕と彼女の日常。

古田 洋字

なんてことない、彼女の笑顔。

「ほんっとに意味わかんない、私もう帰る!」


僕のあまりの不甲斐無さに呆れ、彼女は人ごみの中へと消えていった。


彼女とは今日、初めてのTDSデートだったのだが…

ファストパスを無くすわ、格好つけて裏道を使おうとして迷うわ、挙句の果てには彼女の楽しみにしていたショーを見逃すわで愛想を尽かされてしまったみたいだ。



翌朝、一通のメールが来ていた。

『午後二時、駅前のスタバ集合』

長文が苦手な僕を気遣って、必要なことだけ書いてある。実に彼女らしいメールだ。

『了解』っと。


カウンターで笑顔の店員さんから「...どうも...」と不愛想に紅茶を受け取る。

この店には数えきれないほど来ているが、未だこのようなものに慣れないのである。僕は所謂『二次ヲタ』という人種のため、コミュ障なのだ。


少し緊張しながら店内を見回すと、いつも通り窓際の席でコーヒー片手にスマホをしている女性を見つける。一見凛とした美人なのだが、手元のスマホに映っているのは...『男同士のキスシーン』である。おわかりいただけただろうか、彼女は所謂『腐女子』なのだ。


画面と睨めっこしている彼女の隣に腰掛けながら僕はいつもと同じセリフを吐く。


「こんにちは、ご機嫌はいかがなものでしょうか。」


 彼女はすかさず、


「あなたが思っているほど機嫌を損ねてはいません。そんなことより昨日の『腐男子高校生の日常』は見ましたか?」


 あ、忘れてた…てか僕の反省の色も少しは確認してほしかったな。


「見てないんですね。昨日のは今季一番の神回だったというのに。」


「あなたそれ毎週言ってるじゃないですか。ん、今日その漫画の新刊発売日らしいけどこの後 本屋メイト にでも行く?」


「!? そうだった。行こう、すぐに行こう。」


 まあまあ落ち着いて。

 どうやらすっかり忘れていたらしい、彼女がこんなに驚くのは珍しいのだ。

(ちなみに彼女が今日僕のほうを向いたのは今のが初めてだ)


 と、気が付けば彼女のコーヒーは残り一口といったところだ。

僕は一応、昨日の失敗を謝らなければならない。


「それでさ、昨日のことなんだけど...」


 彼女は僕がこう聞くのをわかっていたらしい、


「別にいいよ、振り回されっぱなしだったけど結構楽しかったしね。でも先に帰ったのはごめん、ショー見れなかったことが悔しくて。まあ私ら『ヲタク』にとってTDSは難易度が高すぎたのよ。」


 彼女は笑顔で答えた。ほんとはまだ根に持ってるだろうに、実に彼女らしい。


 僕らはこれからデートをする。なんてことない、毎週していることだ。

いつも通り本を買い、グッズを買う。

僕が両手に袋を持ったままいつもと同じラーメン屋に行く。

そしてどちらかの家に帰ると、少し前までお腹一杯だったくせに二人でお酒を飲み、笑いあいながらゲームをするのだ。


 僕はそんな日常と、なにより彼女がたまらなく好きなのだ。


 僕が最後の一口を啜ると、

「さ、いくよ♪」彼女の透き通った声がする。


 さて、と席を立つとき不意に窓から明るい外を見る。



 今日はいつもよりもほんの少しだけ、空が青く見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕と彼女の日常。 古田 洋字 @tkmkjmkjm752

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る