20回目の春の日に
星原 晶
1:春の訪れ
なんと素晴らしく美しい春の日よ!
空は晴れ晴れ風は爽やか暖かい日差しが心地よい!
ついでに言うなら真新しい制服にくっついた左胸の造花が実に美しく、青い空に向かって力強く背を伸ばしている桜の木が淡い桃色をチラつかせながら風と一緒に踊っている様が、文字通り新たな春の訪れを告げているかのようで、まさに感無量といったところである。
楽しげな雰囲気をした部活勧誘のポスターを眺めているとき、少しサイズオーバーしたブレザーの袖が視界に入って、これから訪れるであろう成長や変化を思いながら大きく息を吸い込んだ。
身体中に駆け巡る春の匂いが気持ちいい。
今日この学校の校門を通るとき「東京都立桜ノ坂高等学校入学式」と書かれた白い看板が光り輝いて見えた気がして目の前がチカチカした。
まあ、つまり何が言いたいかというと、まさに高等学校入学式に相応しい日だっつうわけよ。
俺はこれからどんな学生生活を送るんだろう。友達は何人できるかな。部活に入るのもすっげー楽しみだ。勉強も頑張って置いて行かれないようにしないと。もしかしたら彼女の1人や2人くらいできちゃうかもしれない。
まだ見ぬ学生生活を妄想するだけでワクワクした。足元も心もふわふわした俺は今にも宇宙の端っこまで浮いていってしまいそうだった。
そんな浮き足立った気持ちを向けた先にあるのは自分にあてがわれた教室だ。この高校は一応進学高だから、1〜3組まで普通科クラス、4・5組が特進クラスに分類されている。事前に配布されていた書類を見ると俺は1年2組。つまり自分は普通科クラスってわけ。ぶっちゃけ俺ってば勉強はそんなに好きじゃないのよね。
(俺の席……あちゃ、窓際から2列目か。惜しかったなぁ)
普通1番最初の席順って番号順なんじゃねえの? 何でランダムなんだよ。窓際だったらゆっくり眠れただろうに。
ぼりぼりと痒くもない頭をかいて黒板に書かれた番号の席に向かおうと窓際に視線を向ける。
げぇ、窓際を逃したうえに隣の席男かよ。入学早々ツイてねぇ。
隣の席の男……つまりこれから同級生になる奴を見た瞬間、本能が警戒警報をガンガン鳴らして地獄の毎日が始まると大声で叫んでいた。
だって隣の席の奴、なんか暗くて黒くてモサモサした髪型してるんだぜ。アレ絶対根暗野郎じゃん。
目元が隠れそうなほど伸ばされた(つーかぜってえ放っといただけだろアレ!)前髪。ジットリと目つきの悪い眠たそうな一重まぶた。むっつり結ばれた口元。それだけでも十分威圧的な雰囲気なのに、デカイ図体と眉間に寄せられたシワが近寄りがたさを倍増している。
あげればキリがないほどの根暗オーラ。
(無理だ……絶対に仲良くなれない……友達になれる気がしない……)
俺根暗な奴って苦手なのに、どうしたモンかなぁ。せめて普通に話せるくらいにならないとマズイよ。ただ気まずいだけの高校生活なんてゴメンだ。
再び黒板に目を向けて隣の男の名前をチェックする。
「
なんつうか、こう、すっげえ失礼なとこを言おうとしてる自覚はあるんだけどもね。正直あの雰囲気にこの名前は似合わなすぎるんじゃないかな……モロに名前浮いちゃってるよ……。
むしろやたら陽気な名前のくせに何であんなに暗いわけ? せっかくのスペシャルデーだってのにあのテンション。信じらんねぇ。
でも、どうしてだろう。彼を見てると何故か自分の背筋がシャンと真っ直ぐ伸びるんだ。がやがやザワザワと喧しいこの空間の中で、唯一静まりかえった彼の雰囲気はまるで時が止まってしまったんじゃないかと思うほどに美しく、窓の向こうで舞い散る白い花びらたちが彼の纏う黒色を程よく演出していて……まるでピタリと額縁に収まってしまったかのような、そんな風景。
息をのむほど美しい。
思わずふらりと彼の元へ足を進める。ふわふわしたままの足元は空気の上を歩いているんじゃないかと勘違いしまうほどに自分の体重が全く感じられない。
やべぇ、頭の中が真っ白だ。
早く何か考えないと根暗君の席に着いちゃうよ。
えーと、えーっと……あ、そうだ!
「春野君、だよな? 俺は
「……ン」
え、嘘、それだけ?
人がせっかく必死に考えて話しかけたってのに!
余談だけど、「お前は感情が表情に出やすい」ってよく言われるんだよね、俺。
きっと今もあからさまにムッとした顔をしていたに違いない。何故なら、重たそうな瞼をわかりづらく見開いた春野君がふと口元を緩ませたからだ。
「ははははは! すげえわかりやすい奴だな、お前!」
急に笑い出すから何となく気まずくて視線をそらす。
「え? えーっと、その……やっぱり顔に出てた? ゴメン、気分悪くさせた」
「いや、俺の方こそ悪い。無愛想だったよな。俺は春野陽太。よろしく」
根暗だと思っていたこの春野君という男は、俺が思っていたよりもずっと普通の男だったらしい。さっきのようなそっけなさを少しも感じさせないくらい、明るさと柔らかさを含んだ声で謝ってくれた。
これなら友達になれるかもしれない。
「うん! よろしく!」
ぐっと握手を交わして彼の顔を見たとき、彼の真っ直ぐな瞳と目があった。身体中にビリビリと電気が走った気がして、その瞬間、ぼんやりとした運命を感じ取ったのだ。
(あ、今、好きになった……)
これ、他人が聞いたらとんだサイコ野郎だと思うよな。とうの本人である俺も我ながらマジで怖いと思ったし、めちゃくちゃに重い女みてえじゃんって思ったし、他人から聞かされたら正直ドン引きだし、だいぶ重度な心の病を疑うレベルだと思う。
でもこれマジな話しなんだぜ。
本気の本気でそう感じたの。
簡単に言うならアレだよ。まるで少女漫画に出てくるような一目惚れシーンってやつ?でも本当にそう思ったんだ。そして中学校は別々なのに同じ高校に進学したのは偶然なんてクソつまらないものじゃない。
「絶対運命だ」
瞬間的にそう感じた。
青木ひなたは春野陽太という男と高校で出会い必ず恋をするって運命。
これは高校入学式の日、根暗そうな男に一目惚れした男がズルズルと15年も想いを引きずる羽目になる可哀想なオッサンの恋愛物語だ。
20回目の春の日に 星原 晶 @a_hoshino
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