第六話 旧芝離宮恩賜庭園
JR浜松町駅北口を出てすぐ隣。旧芝離宮恩賜庭園の場所は知っていたから来たことがあると思っていたのだけれど、中に入ってから初めてだったかもしれないと気付いた。
旧芝離宮恩賜庭園の中心は池だった。パンフレットの地図の大部分が水色だ。首都高と線路に挟まれて、ぐるっとビルに囲まれている。それほど広くないせいか思った以上に圧迫感があった。
池の岸は大小の石で縁取られている。石組みが見どころらしく、滝を石で表現した「枯滝」は壮観だ。その「枯滝」や「中島」の石とは全然違うけれど、池の周囲を巡る道に埋められた大きな石もなんだかおもしろい。素人が塗ったケーキのクリームの、綺麗に平らにできなかったムラのような、不思議な段差。ファンシーペーパーの「岩はだ」みたいな石(実際は逆で「岩はだ」が岩の表面をイメージした紙なのだけど)。桃色がかった石に出くわすとはっとする。縁だけ滑らかに丸みを帯びている石は融けかけたチョコレートみたい。
雪見灯籠の隣の大きなけやきは色づいて、一際目立っていた。桜がまとまって植えられている広場は、春を想像すると、黒い木肌を見せて葉が落ちつつある今は寂しい。モミジの紅葉にはまだ少し早いようだった。
「
池から対岸のビルを臨む写真を撮ろうと、スマホを構える。東京タワーを発見しつつ、画面を確認すると、池の水面にビルがはっきりと映りこんでいた。肉眼で見たときは、影がゆらゆら揺れているようにしか認識できていなかったのに。
「逆さビル」
心の中で呟いて、実物と虚像の両方が収まるように少し下がった。
すると、逆さに映ったビルの屋上から大きな丸い風船が現れた。空に――逆さだから手前に向かって――上っていく。その風船は、スマホの中の逆さの景色にしか現れていない。スマホの中の実像にも、肉眼で見たビルにも水面にも存在してはいなかった。
間もなく、赤い風船に引かれて垂れ幕も現れた。アドバルーンだったらしい。
「ドアが閉まります。駆け込み乗車はご遠慮ください」
垂れ幕の文字を声に出して読む。地面を軸に反転した文字なのに、どういうわけかすらすら読めた。
……なんてことは全くなく。
シャッターを切る。当然、アドバルーンは写っていない。
後で地図を見たら、庭園の敷地内地下を横須賀線が通っていた。ベンチに座っていたときに振動を感じたけれど、辺りを見回しても原因が見つけられないのは当たり前だったようだ。
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