第四話 旧岩崎邸庭園
外国の作家の日本語表記は本や時代によって変わることがある。ルネサンスの巨匠ラファエロ・サンティは、私の学生時代はラファエルロだった。しかもルは小文字。その後、ラファエッロと表記されているのも見たけれど、最近はラファエロしか見かけない。いわゆる「お雇い外国人」として日本の近代建築の基礎を作ったジョサイア・コンドルも、河鍋暁斎の展覧会(※1)でコンダーと表記されていて、最初全然誰のことだかわからなかった。そんなコンドルが設計したのが旧岩崎邸だ。
旧岩崎邸庭園は、建物がメインの「庭園」だった。ちなみに旧古河庭園の洋館と西洋庭園もコンドルの設計だったりする。旧古河庭園はカフェを利用するか見学ツアーに申し込まないと洋館に入れないけれど、旧岩崎邸庭園は入園料を払ったら、まずは洋館だ。
玄関のステンドグラス、ベランダのタイル、階段の柱、天井。細かい部分がすごく素敵。暖房にも模様が入っている。こういう装飾って今はほとんどない。シンプルなデザインと言われればそうなんだけれど、築三十年じゃきかなそうな古めのアパートの窓の柵が、骨だけの扇を複数重ねたようなデザインになっていて、それが左右の部屋で対称になっているのを見かけたとき、なんでこういうのを今はやらないんだろうって考えたのを思い出す。
大階段を上って二階へ。金唐革紙のサンプルに触る。壁にあるスイッチらしきものが気になる。家具も素敵。ベランダに出ると、柔らかなオフホワイトの植物模様の柵と、その影の黒のコントラストが綺麗。暖炉の上の大きな鏡に、丸い照明器具が映った写真を撮って、そういえば初めてここに来たときにも同じ角度で写真を撮ったと思い出す。球形の照明器具は月みたいで、それが実物と鏡像と二つ並ぶのがおもしろかった。
立ち入り禁止の部屋の二つともに階段があるのはどういうことなんだろうと考えながら、再び大階段を使って一階へ戻る。ホールの暖炉の上にも大きな鏡があることに気付いた。近付いて撮影していると、階段を下りてくる人物が鏡に映った。どこかで見たことがあるワンピース。視線を上げると、その顔は鏡越しに毎日見ている。
「私?」
慌てて振り返る。鏡の中だけの見間違いではない。階段を下りてくるのは私だ。もう一人の私は、うなずいた。
「そう、私。でも、名前が違う」
「え?」
フランス語のような単語を言われたけれど、よくわからない。それが私の名前?
私が首を傾げると、私は苦笑した。
「ほら、見て」
私は、私に手を引かれて鏡の前に立たされる。そこには一人しか映っていない。私だけ。
……なんてことは全くなく。
地下に下りる立ち入り禁止の階段をしばらく眺めて、ホールを後にした。
帰りに不忍池弁天堂で引いたおみくじは大吉だった。
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※1:2017年2月23日~4月16日「これぞ暁斎!」展(Bunkamuraザ・ミュージアム)コンドルは河鍋暁斎の弟子。
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