第三話 向島百花園

 住宅地の中にある向島百花園は、花がメインだ。名物の萩のトンネルがもう散ってしまっているのは知っていたけれど、思ったよりも早く用事が終わりこのまま帰るには惜しい天気だったため、足を伸ばしてみた。連休最終日、体育の日。散歩は運動だろうか。

 トンネルになっているもの以外にも萩がいっぱいあった。もちろんそれらも花は終わってしまっていた。だから、もう少し早く来たら良かったんだろうなと思いながら、園内を歩く。規模は小さいし、高低差もない。池はある。池、やっぱり必須なんだろうか。アザミ、キキョウ、ワレモコウ、ススキ。名前が分からない花もたくさん。藪にしか見えないところもあるのだけれど、ぎゅっと詰まった感じがすごい。こちらの酔芙蓉は綺麗なピンクに染まっていた。文人の石碑を横目で見つつ、ぐるりと回る。一周するのにそれほど時間はかからない。池と柳の向こうにスカイツリーを臨む。傾きかけの午後の日が眩しい。

 萩のトンネルは、萩の花のトンネルではなくなっていたけれど、萩のトンネルには違いなかった。葉が茂っている中を、いちおう通り抜ける。想像していたよりも距離があり、そこはかとない閉塞感。なるほど。

 トンネルの脇にザクロの木があった。大きな実がぱっくりと割れて、中の赤い粒が見えている。ザクロといえば「タコウインナーの花」だ。春に落ちているのを見て勝手にそう呼んでいたあの花が、ザクロの花だと知ったのはわりと最近だ。花は見ても、実はそれほど見かけない。しかもこんなに大きい。

(すごく昔に食べたことがある気がするんだけど、もう覚えてないなぁ)

 写真を撮って、しばらく見ていたら、

「食べてみますか?」

 後ろから声をかけられた。振り向くと、背の高い女性だ。自分よりいくつか年上に見える。私が返事をするより前に、彼女は私の肩を支えにし、ザクロの実に手を伸ばす。

「どうぞ」

 もいだ粒を唇に押し付けられ、私は戸惑う。「えっ」と身を引こうとした私の唇を、彼女の爪がひっかいた。血が滲む。彼女の顔を見上げると、逆光に目がくらむ。無理やりに押し込まれた粒は生温かい。血の味がする。

 ……なんてことは全くなく。

 声をかけられてもないし、振り向いても誰もいないし、振り向かないし。

 ザクロの味は全く思い出せない。

「酸っぱいんじゃなかったかしら」

 後ろから声が聞こえた。


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