第4話 かなりしょぼい、でも人生で一番大きな賭け

 少し苦手な数学だから、本当はしっかり聞いておかないとすぐに取り残されてしまうかもしれないけれど、今は真剣にそれどころではなかった。


 私は後ろの席から、必死に名前の手がかりになるものが何かないか、タナベさんの机の周辺を探した。でも私達が小学生ならともかく、私達は高校2年生なのだ。

 下の名前どころか、苗字が書かれているものさえ見当たらなかった。


 授業中ずっと考えつづけ、ついに私は授業が終わる10分前に重大な決心をした。


 私が普段、彼女を下の名前で呼んでたらもうアウトだ。その場合にうまくやり過ごす方法を考えるのは、もういさぎよく諦めよう。いちかばちかで人の名前を言い当てるなんて、私のような一般人には無理だ。


 そう、ここはもう上の名前で愛称を探り当てることに賭けるしかない。どうか上の名前で呼んでいてくれますように。


 私はタナベさんの愛称を「なべちゃん」にしようと決めた。「なべちゃん」にしようと思った理由は簡単、今私がタナベさんの苗字で愛称を決めるならと思って最初に思いついたのが「なべちゃん」だったのだ。それは単純だけど今考えられる限りで1番確実な方法に思えた。


 この決断はもしかしたら、今までの人生で一番手に汗握る大きな決断かもしれなかった。


 他にも候補はあったけれど、決め手になるものが何もなかった。だから私は後は決断しかないと心を決めて、授業の終わりを待った。信じてもいないどこの誰だか分からない神様にも、どうか合っていますようにとお祈りした。


 授業の終わりのチャイムが鳴った。ヤマノベ先生はいつものように、チャイムの音を聞いたら話の途中なのに、そそくさと話をまとめて授業を終わらせた。中途半端に終わらずに、話がちゃんと終わるまで、なんだったら次の授業が始まるまでやればいいのに、と思った。


 これまでそんなこと一度も思ったことないけど。


 そうこうしているうちにタナベさんに話しかけないといけないタイミングが近づいてきて、段々と緊張してきた。心臓がトクントクンと音を立てているのが聞こえるような気がした。辺りが静かになったような気がした。声をかけるタイミングだと思った。


 その時だった。

 離れた席からツバサが「ユキちゃん、ナッちゃん次の移動教室先に行っててー」と声を掛けてきた。


 タナベさんは私をちらっと振り返って同意したという笑顔を交わしてから、ツバサに「はーい」と返事をした。


 危なかった。


 その反応からタナベさんはどうやら「ナッちゃん」と呼ばれていると分かった。いつも移動教室の時は3人で移動しているのだろう。自分のことなのにいちいち推理力を働かせないといけないのが、とても不思議で変な感じ。


 私は念のために、さりげなく彼女が「ナッちゃん」であることを確認した。そして少し緊張しながらタナベさんに、「今の授業難しかったねー」と言った後に少し小声で「ナッちゃん」と付け足してみた。


 念のための確認だったけど、それでも、私の声は緊張で震えていたかもしれない。でも対照的に自然にタナベさんから「そうだねー」と返事が返ってきたので、「ナッちゃん」で間違いなさそうだった。

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