第2話 ちょっとした、でも大きな違い
それでも、私は急いでいたからか、その状況をあっさり受け入れて走り続けた。こういうところが、いつもツバサから「ぼんやりしている」と言われるところなんだろう。きっと。
エレベーターに乗ってマンションの3階に着いた。自分の住んでいる部屋がエレベーターに対して、いつもと同じ右側だということに、ほっと安心しながら玄関に入った。
安心したのもつかの間、自分の部屋の机の配置は左右が逆だった。でも急いでいたので、とりあえず机の上のリーダーの教科書をカバンに入れた。
その時一瞬見えた教科書の表紙のマイクとケイコの配置が左右逆のような気がしたけど、それは電車に間に合ってから考えようと、とにかく私は不思議な教科書をカバンに入れて慌てて家を出た。
奥から「どうしたの?」と声をかけるお母さんにも、「忘れ物っ」というのが精一杯だった。軽くパニックになった私は、もう何が原因で今いっぱいいっぱいになっているのか分からなくなっていた。それでも家から駅まで走り続け、なんとかいつもの電車に間に合った。
いつもと逆の方向に向って走り出す電車に戸惑いながらも乗った。息を切らして電車に揺られながら、「なんとなくもう元には戻れないのかも」と私は感じていた。全部が全く左右逆とかなら想像もしやすいのに、どうやら全部が左右逆なのではなく、どうやらどこかがちょっとずつだけ違うようだった。
冷静に考えたら、元の場所に引き返して元の世界に戻ろうとするのが普通なのかもしれない。それで元に戻れるかどうかわからないけど、それでもやってみるものなのかもしれない。
でも、私は絵を描くことしか取り柄のない、ぱっとしない女子高生だからか「帰ったら学校に間に合わない。変に目立っちゃう」ということばかりが気になって、一向に引き返すことができなかった。
駅から見て、いつもとは逆方向に高校があったというのに、私は全く迷わずに高校に着いた。私の高校の校門はあまり飾りっ気がなかったので、左右逆だったかどうかは分からなかった。
いや、どちら側から閉める構造になっているか、きちんと見て確認したら左右逆かどうか分かっただろうけど、それは今どうでもいいことに思えた。一つ一つ違う点を確認していたらきりがなさそうだったから。
校舎に向かいながら、
「まあ、いいか」なんて呟いた後で、
「いや、よくないか。でもどうしよう」と一人呟きなおした。
校舎に入って、下駄箱の前で靴を脱いでいた時に後ろからツバサに声をかけられた。
いつものように明るく、でもちょっと甘えたようなゆっくりとした「おはよおー」という声がして私は振り返った。
今思ったらその声に少し違和感を感じたけど、振り返った後の驚きが大きすぎて、声の違和感はすぐに吹っ飛んでしまった。
その時自分がどんな表情をしたのか全く分からないし、考えても想像がつかない。
とにかく頭の中が真っ白になっていた。
いや、真っ白というより、色も模様もついていないほど、空気みたいに空っぽになっていたのではないかと思う。
なぜそんなに驚いていたか。
それは、いつものように声をかけてきたツバサが女の子ではなく、男の子だったからだ。
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