【解答編Ⅱ】今日も小説家は筆を執る


 怪奇堂かいきどう うそぶきは現在も積極的に執筆活動を行っている。彼の作品が全て記録的なヒットを飛ばし、評価は常に上昇し続けているのだから、このこと自体は全く不自然なことではない。

 彼の作品群には二つの特徴があった。

 一つは、人気が出ているのはあくまで「原作」のみという事。

 これだけの流行に乗らない手はないと、多くの人物がこぞって怪奇堂の作品を利用した。アニメ、ゲーム、映画、リメイク、聖地商法、パロディ、二次創作と多岐に渡ったが――どれ一つとして、原作を凌駕することどころか、その全てが駄作の烙印を押され、関わった人物の経歴に泥を塗る結果となるのだ。

 もう一つは、新作が出る程に反響が大きくなるという事。

 よく、続編の小説の煽り文として「前作よりも面白い!!」などという表現が為されるが、怪奇堂の場合、決して比喩ではなく、本当に恐怖がしている――読者の身に起こる怪奇現象の度合いが、作を経るごとに明確に、更に不可解なものになっているのだ。

 手足を縛りつけていただけに過ぎなかったものが、痙攣になり、夢遊病になり、人格豹変になり、犯罪行為に変わった。


 今や彼に対する評価は、尊敬や畏怖の域を超えて、危険視されるまでに至っている。書店に寄れば、店頭に並ぶのは全て怪奇堂の本である。幾多もの重版を行っても、長蛇の列が無くなることはない。それと対比するように、他者の小説は――大御所のもの含めて全く売れなくなった。ホラーだけではなく、純文学、SF、恋愛、コメディー、ファンタジー、エッセイ、実用書――文字通りあらゆるものが。

 私のお気に入りの書店はいまや、真っ黒な装丁をしている怪奇堂の本によって、どす黒く塗り潰されてしまった。

 海外でも同じことが起こり、どこかの世界的権威は悲壮を以て、この異常事態を論じた。


の作品は『害悪の聖書』なのかもしれない――生きとし生けるもの全ての思想を決定付けようとしているのだから

は誰もが為し得なかった『世界征服』という領域に、最も平和的な方法で手を付けようとしている

・日本はによる表現の独裁を止めるべきだ。さもなくば、間もなくパンデミックが発生するだろう


 読んだ人間の性格や思想までも黒く染め上げ、他者の介入を一切許さない。

 ――怪奇堂 嘯は、文字通りの恐怖ホラーを創り出す小説家となったのである。

 この布告の後、人気小説家に対する制裁が始まった。

 バッシング、ネガティブキャンペーンを始めとした社会的な抹殺のみならず、と称した暗殺まで始まる始末だ。

 世も末と思わせる異様な状況でありながらも、黒い本の新作が止まることはない。戦車を思わせる護送車の窓から、怪奇堂が笑顔で手を振る姿が、日本各地で見受けられ、その動向は今も厳重に監視されている……



 そんな人気小説家の新作が、本日発売された。

 小説の名は『今こそ世界が沈む時』。

 

 

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