第十話 訓練の始まり


 終わった。

 別に楽しいとも思わないし、幸福感というか快感も得られなかった。そんな、内容の薄い戦いが終わった。

 ものすごく手強かった、最初は。幻獣を相手が発動してからし手応えが無かった。それは、この異能の力のおかげだろう。

 そして、相手の変わり様にも驚かされた。最初は真面目に見えたのだが、後々から気性が荒々しくなった。

 まさか、ザイって奴らと同じように俺を殺すために……。


 シザの額から浮き出てくる鮮血は、鼻の先を通り地面に滴る。

 飛び交った火球が原因で、観客席からは人の声がまったく聞こえない。瓦礫が転がる音が聞こえるくらいだ。

 それと、シザの腑抜けた声も聞こえる。


 パチパチパチ、と背中から拍手する音が聞こえる。


「お見事だったロンド……まあ、コイツも頭が冷えただろう。なあ、シザーロー=ガーネル」


 シザーロー=ガーネル……それがシザの本名だったのか。というか、自分も偉そうになったとつくづく思う。まるで何かが体に入り込んだかのように。

 まあ、そんなことは良い。


「で? どうしてこんなとこにいるんだ? ゼイガー家の差し金か? 俺の孫に手え出したら、マジで殺すぞォッ‼」

「ヒィッ!?」


 ゼイガ-、その名を聞くのは何回目だろうか。


「どういうことだよ爺さん……その、ゼイガ-家の差し金って」

「ガーネル家の人間は、代々ゼイガ―家に仕えてるんだよな。それで、悪名高いベイク=ゼイガ-の現執事が昨日、いきなり冒険者ギルドに登録しろって言ったから何事かと思っていたんだが、今アマネから聞いた話と繋げると、ベイクの復讐ってとこか?」


 理不尽だな、あっちが気持ちが悪いオークにに過ぎた顔を見せびらかしてるのが悪いだろ。思い出しただけで吐きそうだ。

 それに、復讐というかただの嫉妬だろう。アマネを自分の物にしたい。独占欲から来る願いだな。

 こっちは命の危険に晒されて居るわけだ。簡単に許すことは出来ない。


「まあ、コイツの処理はギルドの方がやってくれるだろう。ほら、稽古してやっから付いて来い。アマネは……」

「行くよ。弟子の稽古だ。ボクもまだまだ知らないことだらけだからね。見取り稽古って事だね」

「で、弟子!?」

「何だい? 文句があるのかい?」


 い、いや、同年代に弟子と呼ばれるのは、格好悪いがする。

 そ、そうだ。アマネの年齢を聞いたことが無かった。


「あのさ、アマネって何歳なの?」

「レディに年齢を聞くという事がどれだけ危険か分かっているの? ……と、言いたいところだけど、年齢言っても恥ずかしい年では無いし良いけど。ボクは今年で14になるね」

「俺は今年で……13だ」


 一歳年上だった。

 少し同年代の女子と背丈を比べると小柄な方だったためか、自然に年下と思い込んでいた。

 これは絶対に口に出してはいけない気がする。


「それじゃあ付いて来い。こっちだ」


 ジジイは手招きをして訓練場の奥へと進んでいく。ここじゃねえのかよ、と思ったが別に聞く事でもない。

 俺は爺の後についていった。


 ★


 連れてこられた場所は草木が生い茂る林の中だった。といっても、幻獣の力で作り出したダンジョンの内部だ。

 超低ランクの迷宮で、冒険者なりたての訓練や、それこそ薬草が数多く自生していて、薬草採取の依頼でここに来る冒険者も少なくないそうだ。


 今言った通り、薬草や魔力草の採取に適していて、迷宮では出てくるはずのないEランクの魔獣しか出現しない。

 しかも、10階層までと、初心者向けになっている。

 そのため、一般にも開放とは言わないが、冒険者ギルドの関係者が許可を出せば、基本的に入ることが出来る。

 通称、Eランク迷宮。  


 それに、オディス教は所有権を廃棄し冒険者ギルドに半分押し付けたかのように売ったそうだ。

 しかも、冒険者ギルド『英雄の鉄槌』の真後ろに出現したという事で、優先的に英雄の鉄槌が買うことが出来たそうだ。

 だから、英雄の鉄槌以外のギルドに所属する冒険者は使用することが出来ない。


「じゃあ始めるぞ。アマネはそこで見て言てくれ」


 アマネは無言で首を前に振ると、周りの木に腰掛ける。


「まずは……そうだな。その木刀を貸せ」


 俺は言われた通りに木刀を投げる。飛んでくる木刀に目も向けず簡単に取るジジイ。ジジイが来ている袴の懐から黒い液体が入った瓶を取り出した。その瓶の封を取ると、瓶の中に木刀の先を入れる。


「お、おい! なにやってんだ!」

「まあ、見てれば分かるよロンド」


 アマネがそう言うのだったら、と俺は口出しするのを止めて、無言でジジイの行動を見続ける。

 その瓶から木刀を抜くと、思った通り木刀の先は黒く染まっていた。さすがに遊んでいる訳では無いのだろうと信じて、受け取りに行く。


「それは……インクか? なんのために」


 ジジイは俺の木刀を返すと、いきなり袴を脱ぎだした。俺あ別に良いのだが、アマネは女だぞ? とアマネの方に首を動かしたが、アマネは何も気にしていない様子だった。

 それはそうか。アマネは一人称を「ボク」としている。男勝りな性格をしているのか? いや、男なんだ。胸も無いし……。


「ねえ、失礼な事を考えていないかなぁ?」


 女は勘が鋭いという。やはりアマネは女だ。

 それより、何でいきなり脱ぎだしたのか、だ。俺が聞こうとしたが、察してくれたのかジジイが喋りだす。


「ロンド、お前は今から俺に一撃入れてみろ。そしたらまた考える。何故脱いだのかって顔してるぞ? 黒い袴に墨じゃ判らねえからだ」


 墨……黒いインクの事だな。

 要するに、掠りでもすれば体に墨が付いて、勝敗をより判別し易くしたって訳だ。

 てか、一発当てるだけなら簡単だろ。流石に苦戦を強いられるだろうけど、掠れでもすればいいんだ。

 だけど、アマネが聞き捨てならない事を言い放った。


「頑張ってよロンド。まあ、私は一階も成功したことは無いけどね」

「……は?」


 勝てないじゃないですかぁ……。

 軽く見積もってもアマネは俺の何倍、何十倍も力を有している。俺が歯が立たなかったオークたちを蹂躙したのが説明している。

 そんなアマネでも一回も一撃を入れられていない。最悪だ、俺に何が出来る。

 だけど……やってみるか。


 俺は木刀を棒立ちのまま突き出す。呼び動作が無いため上手く不意打ちは決まると思ったのだが、気が付いたらジジイは俺の木刀を掴んでいた。勿論、掴んだのは剣先ではない。


「はっはっはっ! 不意打ちか。潔く引っ掛かるとでも思ったか? まあ、これで不意打ちは失敗した。さあどうする」


 挑発的な表情と口調。まるで、焦り、怒り、それらの感情を誘うかの様に動く。そのゆったりとした歩き方、そのいやらしい手の動き、焦りや怒りが湧き出て来る。

 見ているだけで、感情任せに木刀を振るってしまいそうだ。それでは、相手の思う壺だ。

 俺はいったん深呼吸をする。心を落ち着かせるためだ。


「来ないのか? ――」

「はぁぁぁッ!」


 俺は振り向きざまに木刀を薙ぐ。背中から聞こえた声に反応していた。瞬時に反応出来た事に自分でも驚いている。しかし、それはジジイに避けられ、空を斬った。


「ちくしょうっ、全然当たらない……掠りもしないじゃねえかッ!」

「先の戦いじゃあ、お前の実力が良く分かんなかったしな。もうちょっとがんばれよ」


 悔しい。元冒険者と言ってももう引退した年寄りだとおもって少し侮っていた。疾い、兎に角俊敏で、年寄りと言われても疑いざるを得ない。

 だからこそ、当てられないのが悔しくて堪らない。


「おらぁぁぁッ!」


 俺は何度も木刀を振るい続ける。

 しかし、一度も掠ることもせず、体力の差というのだろうか。後半は動きに追いつくことさえ出来ず、最後は木刀を手放した。

 


 



 


 

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