第九話 アブソリュートヴィジョン


 シザの鋭い双眸に見つめられた俺は、死産と体が硬直していた。やはり、俺が昨日の男を殺すことが出来たのは、阿修羅の力が大きかった。いや、阿修羅が無ければ今死んでいるのは俺だった。狂う、と言う絶対に必要な条件が満たされていない中、俺は恐怖……というより、不安で仕方なかった。


 ――先手必勝。初手を決めた方がが戦況を有利に決める。

 俺は手に握る木刀を、前に構える。足を滑らせないように、しっかりと踏み込み、相手の懐に走りこむ。

 木刀を振りぬいた先には、。むなしく空を切った俺の懐には、青年シザの姿が。

 俺は歯を食いしばり、シザの一撃を待った。


「ぐはぁっ……」


 ザイと言った男と同等な威力を誇る一撃。内臓を抉る様な痛みは、昨日今日で忘れられるはずがない。

 あの時の様子が脳裏をよぎり、体を腹+に刺さるシザの木刀に支えられながら嘔吐く。

 気持ち悪い。シザに与えられて痛み――それ以上に、頭を支配する殺人の瞬間の感触。それが、気持ち悪い。


 俺は木刀を杖代わりにして、何とか立ち上がった。

 全然シザの動きについていけなかった。悔しい、やはり無能は常人には勝てないのか。


 ――いや、諦めるにはまだ早い。

 シザはまだ幻獣を発動していない。例えば、幻獣が炎属性の技を使う異能であれば、勝ち筋はきっちりと見えて来る。

 しかし、今のままでは幻獣を使わせることが出来ずに負けてしまう。

 少しでも、追い詰める方法があれば。


 まあ、これしかない。


 俺は木刀の先をシザの脳天に定める。

 シザはやはり、目にも止まらぬ速度で俺の懐へと飛び込んでくる。俺は気が付くと、全身がマヒするような猛烈な痛みが全身に走っていた。

 だけど、我慢だ。そのまま倒れるところを、左足を強く踏み込んで、木刀を振るい隙が生まれていたシザの頭に、木刀を振り下ろす。

 しかし、その一撃はシザに当たることなく地面を叩く。


「チィィィィッ!」


 あぁ、痛い。

 意志を強く持たないと、意識が吹っ飛びそうだ。

 シザの姿がぼやけて、霞んで、捕らえられない。そうか、滅茶苦茶な速度で動いたのか。

 やはり、懐に飛び込んでくる。そして同じように、俺の腹に木刀を突き刺す。

 痛い。内臓に直に攻撃された。そう勘違いするほどの痛みが全身を巡る。

 剣を手放しそうになる所を寸前で留まり、剣で薙ぎ払う。


 ――ここで決めるしか無い。


 俺は避けられることを察し、剣を寸前で止めた。

 その動きに少し驚き避けた先でよろめいた所を、俺は走り込み木刀を突き出す。

 確かに、シザが何もしなければただ終わるだろう。


 シザは俺が突き出した木刀を、自身が持っていた木刀を放り投げて素手で掴む。


「ひっ、舐めんなよ少年……!」

「それはこっちのセリフだッ」


 やはり力の差は激しい。押し通すことも引き離すことも出来ない。シザは俺の握る木刀を奪い取ろうとする。だから、わざと手放した。


「んなっ」


 子供がやる定番のいたずらだ。しかし、不意にやられると反応できない。

 シザはその勢いに持っていかれ、後ろによろめいた。

 俺は隙だらけの腹を、全身全霊の拳撃を与える。


「ぐはっ……!」


 俺に殴られた影響で力が緩んだシザの右手を抓り、空中へ放り投げられた。

 それを跳躍して上手く手に取る。そこで、もうシザの手元に得物は無くなっていた。

 そして、元々シザの物である、地面に放り投げられた木刀二も俺は手を伸ばす。しっかりと左手で掴むと、無防備になっているシザを睨む。

 もう、幻獣を使う以外の道はないだろう。


「チッ! でも、幻獣があるんだよ……」


 シザが両手の前に構えると、両手の内側に真っ赤な火が生まれる。俺の狙い通りだ。完璧に勝ち筋が見えてきた。

 その握り拳サイズの小さな火は、徐々に膨らんでいき人の頭部と同じサイズへと大きくなった。

 ここがチャンス、そう思い左手の剣を放り投げ、残した木刀を両手で構える。


 ――幻想を纏いし必殺の一撃アブソリュートヴィジョン


 俺は、自分が真っ先に浮かんだ自分では成りえない最強であり、手を伸ばしても届かない幻想でもある存在を想像する。

 汗が滲み出て気を張らなければスルッと抜け落ちてしまいそうだ。想像するだけで恐怖、安堵、悲嘆、緊張が入り混じった感情が心を支配する。

 シシュリー、何を思ってか俺を裏切ったその幼馴染の、幻獣の力を木刀に宿す姿を思い描く。


――限界を突破する炎の魔人エンプレスリバーファ


 炎を纏い身体能力を向上させる異能。

 木刀に宿すことでどのような力を得るのか見当もつかないが、今思い描く幻想はこれしかない。


 シザの手元に生まれた大火球が、俺に向かって放たれる。

 流石に不審に思われないように、止めようと近づきはしたが、シザがこちらを見ていないことに気付き、足を止めて木刀を構える。大火球は俺の手元を狙って来た。当たり所が悪いと致命傷になる可能性があるからだ。模擬戦でそれをやってしまうと、冒険者資格を強制的に取り上げられる。


 しかし、そっちの方が都合が良い。

 向かってくる大火球を目でしっかりと捉え狙いを定める。

 速度と位置を計算し、木刀を大火球に向けて叩き付ける。

 しかし、一刀両断されることは無く、衝突した際に起きた衝撃によって大爆発が起きる。

 爆風に巻き込まれるかと思い、木刀を地面に突き刺す。

 やがて煙幕は晴れて来て、シザの表情に驚愕の色が見えていることに気が付いた。

 俺は俺自身が持つ木刀に目を向ける。


「木製なのに……焦げていない……」

「それは……お前の幻獣か? お前は幻獣が使えないって……ッ!? 不味いッ!」


 幻獣が使えない? 知っていたのか。

 何故、いつその情報を手に入れたんだ。この決闘は元々仕組まれていたものだったとかか?

 あのジジイがこうなることを察知して? いや、シザもグルか。


「そういうことか……そういうことかよ」


 木刀は激しい炎を纏っているが、黒く焦げることも燃え尽きる様子も見えない。

 そして、炎を素手で掴んでいるはずなのに熱を感じられない。

 俺は仕組まれていた戦いを強制されていたわけだ。少しイライラしてくる。

 俺は木刀……いや、よく見てみると真剣のように鋭くなっている。……ように見える。


「ああ、何なんだよお前ぇぇぇッ!」


 先程と同じサイズの大火球が何発も放たれる。

 しかし、焦っているためか大火球のほとんどが壁や観客の方へと曲がり、訓練場は混乱へと陥った。

 しかし、俺にまっすぐと向かってくる大火球も数発はあった。


 一発目。綺麗な曲線を描き俺の顔面へと迫ってくる大火球。飛び交う大火球に紛れて迫るその大火球に、気付くことが出来なかったが、勝手に手が動いていた。

 勝手に動いた腕に驚きながらも、その行く末を見守る。先程と同じように爆発しないだろうか。

 そんな心配も無駄になる。大火球と木刀が衝突する瞬間、大爆発は起きず一刀両断。二つに分かれた大火球は、やはりそのまま爆発した。しかし、爆発で起きた突風も、煙幕も、邪魔ではあるが、痛みや傷は一切ない。

 異常な木刀はやはり炎を纏った事で生まれたのだろう。


 二発目。三発目。一方は先程と同じように綺麗な曲線に沿って迫って来る。もう一方は、ぶれる事無く直線に沿って迫って来る。速度も辿る道も違う。一回振りかざすだけでは、二つを両断することは出来ない。しかし、二回も振り翳す時間も無い。

 だったら、その時間のズレを補うように俺が動けばいい。走りながら薙ぎ払えば、同時に大火球を両断することが出来る。

 俺は足を踏み込み、大火球が散乱する中に飛び込む。


「おらぁああああああああああああああァッッッ!」


 まず、放たれて来た二つの大火球を同時に薙ぎ払う。

 成功し、俺の背中で爆発音が訓練場に轟く。

 大火球が乱れ飛ぶ中、四方八方から俺へと向かってくる大火球を、一球一球両断していく。

 どんどん怖気付いて、へたり込んでいるシザの元へと近づいていく。

 そして、シザの目の前へと辿り着く。


「ひっ、ひぃぃっ」

「情けないな……お前」


 俺は木刀を振り下ろした。

  

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