第八話 強いられる戦い
最後に見せた男の恐怖の表情。
俺を、まるで悪魔を見るような眼で見てきた。
冷静を取り戻した俺は、あの顔が脳裏に張り付いて離れない。始めに、俺があいつに向けていた表情もこんな顔だった。
死を怖がっていたのか? ……そうだ。俺は、あいつに恐怖していた。
馬鹿らしい。この刀が無ければ、俺は確実に諦めていた。アマネが来なければ、簡単に死を覚悟しただろう。
「終わったようだね。ロンド、人を殺した気分はどうだい?」
アマネは、分かって聞いてきている。
決まってるじゃないか。人を殺した気分に関しては意外にどうも思っていない。
そうじゃない。コイツ個人を殺した事に関しては最悪だ。
「喪失感……俺じゃない。俺じゃなかった。シシュリーが、決める事だった。生かすか殺すか、それを決めるのは俺ではないのだ。それに、あの顔は、俺に恐怖していた。人を簡単に殺すような男が、俺に恐怖した。スッキリした感じはなくて、逆に後悔……してる」
馬鹿だ。何言ってんだろうか俺は。
狂刀の綺麗な漆黒が、真っ赤でドロドロした血で、塗り替えられている。
鮮血が滴る狂刀を、アマネが差し出してきた鞘に入れる。
もう一度抜くと、綺麗な漆黒に戻っていた。
「まっ、大事なのは慣れだね」
「ひっ、人殺しに慣れるなんて……」
「人としては間違ってるかもしれないね。だけど、ボク達は無名イレギュラーだよ。常識に捕らわれる必要などないさ。君が思うままに、やってけばいいのさ。ボクはアドバイスをしてるだけ」
常識に、捕らわれない。
無名イレギュラーっていうのは、普通の人間とどう違うのだろうか。無名が、無名の幻獣を宿す人間と同義なら、俺は違うと思う。
それは、幻獣だけで人間の有無を決める。そんな世の中を肯定することになる。
それだけは違うと、俺は言い続けたい。
「そう……か。何かが吹っ切れたよ。ありがとう、だけど、俺は言い続けるよ。幻獣が無名だから、普通の人間とは違う扱いを受ける。そんな世の中、間違っているッ!」
「そうかい。まっ、君の捉え方がどうであろうと、ボクと君はもう離れられない。ボクは君を強くする。今ここに誓おう。だから、君は本気で強くなれ」
「……なんで、俺のためにここまでしてくれるんだ?」
「まあ、気まぐれだと思ってくれればいいさ」
気まぐれ、それだけで人に手を貸そうとする人間は絶対にいない。……そうか。そういうことか。
アマネは、常識に捕らわれないんだったな。
ここから、俺の英雄譚が始まる事になる。
心の高まりが収まらない。強くなって、強くなって、英雄王になる。
絶対に、だ。俺は今、ここに誓った。
★
俺の夢見た英雄王はどういう風に強くなったのだろう。俺のように死を乗り越えて強くなったのだろうか。それとも、俺のように運命と巡り合って強くなったのだろうか。
俺は、英雄王が歩んだ道を全て辿りたい。
だから、俺は明日に迫る冒険者ギルドへの訪問に半分緊張半分興奮で眠ることにした。正直言って、疲れて早く眠りたかっただけなのだが。
そして次の日、俺たち二人は、昨日酒場で交わしたジジイとの約束を果たすために、狂刀『阿修羅』を自室に置いて、鍛錬用の木刀を所持して、冒険者ギルドへとやって来た。
生地の薄い袴を纏い、刀の形をした木を持った俺は場違いにもほどがあった。
しかし、木と言って侮ってはいけない。真剣と同等の重量を誇っている。
鈍器としてなら、殺傷能力は存在する。
ジジイは歳を重ねても、実力は確かなようで、助っ人として冒険者ギルド直々に呼び出される事が多々ある様だ。
今日はアルガミナ学園の実技の入学試験を担当することになった冒険者ギルド『英雄の鉄槌』で、事前打ち合わせがあったようだ。
その業界のお偉いさん方がぞろぞろギルド長室から退室してくる。
……ッ!? 馬鹿な。俺のすぐ横を通り過ぎたのは、母さんだった。
手元の書類に釘付けになっているためと、俺の容姿が大きく違う事によって、気付かれることは無かった。
まさか、入学試験に母さんも関わっているなんて、想像してなかった。
「どうしたんだい?」
「い、いや、何でもない」
簡単に考えれば予想の付く事だったが、数多くの出来事が起きて、頭がそちらまで回らなかった。
自分のこと考えてばかりだな、最近。
お偉いさん方が立ち去った後、注目されるのはもちろん俺たちだった。
しかし、奇異の視線は数少なく、尊敬や嫉妬の視線の方が多い。
何故だろう、そう感じるのも束の間、ギルド長室から出てきた大柄の男がこちらに近づいてくる。
ジジイだ。昨日は酔っていたせいか、弱々しいイメージが強かったが、ちゃんと背筋を伸ばした状態で見ると、歴戦の戦士の貫禄がある。
「よお、もう来てやがったのかアマネと……小僧」
「ロンドだ」
「おう、ロンドだな。覚えた覚えた。よし、それじゃあ早速、行くか」
しかし、ジジイはあまり乗り気が無いようすだ。後悔とかそう言う表情ではなく、この場所から離れたくないかのような……気のせいか。
すると、後ろからバタバタと足音を立てながら近づいてくる人影が見えた。
「待ってくださいッ!」
爺さんの言葉を遮り、声を掛けてきたのは爽やかな青年と言った感じの男だった。
ロングソードを背負い、革製の鎧で身を固めている。
爺さんの手を掴み、その動きを止める。
「少しその少年との関係に疑問を感じたのですが、一つ宜しいのですが」
少年という見下した呼び方が少し気に食わないが、俺とジジイの関係のどこが可笑しいのだろうか。
すると、アマネが耳元でそっと手を添えて疑問点の説明をしてくれた。
「ジジイは冒険者ギルドの教官を務めてるんだけどね、ジジイは冒険者との一対一の教授を行わない堂々と宣言してるんだ。だから、孫の私は良いとして、ジジイの教授をもらおうとするロンドに嫉妬してるんだ」
「孫だったのか……」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
嫉妬、か。俺も嫉妬したことは幾度もある。しかし、嫉妬される側に回ることは人生で一度も無かった。その為か、嬉しさもあり、罪悪感もある。
だからこそ、口を噤むわけにはいかない。
「だったら、冒険者は決闘をして優劣を決めるんだろ? 今もそうすればいいじゃないか。俺は冒険者は力で物事を決める仕事だと思っていたのだが……嫉妬して、文句言って、何もすることが出来ない。それが、冒険者なんだな」
俺は嫉妬するだけで、嫉妬する存在……シシュリーに目を背けてばかりだった。しかし、この青年は言葉で自分の嫉妬を表現することが出来る。尊敬に値すると思った。
尊敬するからこそ、俺は挑発する。俺が出来ないことをやってのけた青年に、俺は今嫉妬している。だからこそ、俺は剣を握り真正面から打ち倒す。
そうすれば、もっと強くなれる気がする。
俺の言葉に反応して冒険者ギルドの空気が張り付く。冒険者でも無いただの子供になめられた態度を取られたことに対して怒っているのだろう。
それでも、俺は青年から目を逸らさない。しかし、意外だった。青年はさほど怒りを面に出していない。
「いいよ。分かった、僕はこれでも冒険者の端くれ。その挑発に乗ってあげよう。いいですよね、教官」
「お、おう。やっぱりこうなるよな……」
なんだ、ジジイは決闘が起きることを予想していたのか。
最初、渋い顔をしていたのはそれが理由か。
「よし、それじゃあ付いて来い。一番端の扉の奥が訓練場になっているから」
俺は無言でうなずきジジイの背中を追いかけて行った。
★
ウォォォォォッ! と、冒険者たちの叫びが訓練場に響き渡る。やはり、さっきの挑発のせいで俺は冒険者を舐めている若造というイメージが定着している様だ。本心からの言葉ではなかったんですと、今更弁解しても耳を貸してもらえるはずがない。そう心に言い聞かせて、飛び交う罵声に耐える。
敵意剥き出しのシザのその双眸に睨まれる。俺はその場で身震いをした。その睨みで人を殺せるほどの威圧を放っている。
「それじゃあ両者構えろ!」
シザは両刃の木刀で綺麗な構えを取った。今、飛び掛かって来られたら、木刀で撃たれて気絶してしまうかもしれない。
俺もシザの構えを見様見真似で構える。
「舐めているのか少年。そんなヘンテコな構えで、僕を倒せると思っているのかッ!」
「そんな事は……ない」
シザを倒せると一度も思ったことは無い。
しかし、そこで諦めては格好がつかない。それに、これで俺の実力が明らかになる。昨日の戦いは狂刀『阿修羅』のおかげで勝利を収めることが出来た。あそこまで後味の悪い勝利は無かった……と、そんな事は今は関係ない。
俺自身の実力を見せつけたいんだ。
「始めッ」
ジジイの声が合図に決闘の火蓋が切られた。それと同時に、冒険者たちのざわつきも徐々に消えていく。俺の集中力は向上中だ。
俺は負けると分かっていても、本気でやるつもりだ。
英雄王になると、決心したから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます