第七話 狂気と勢いと喪失感


 俺はその剣の柄に手を伸ばす。

 その剣に触れた瞬間、黒くてドロドロとした物が体内に流れ込んでくる。

 黒くドロドロした狂気に体を支配される感覚に襲われる。

 手がブルブルと震えて、力が入らない。


 俺の目には襲い掛かって来る男の姿。

 アマネは未だ棒立ちをしていて、俺を助ける気が無い事を証明している。

 このまま動けなかったら、ナイフで心臓を貫かれて死ぬだろう。


 今日一日。いや、今までの人生、数多くの災いが俺を襲った。

 目の前の男に幼馴染の父親をが殺されたり、故郷の人間に裏切られたり。

 悔しくて、苦しくて、だけど、何も出来なかった自分を今捨てる。今までの自分を、ここに置いていく。

 だから、抜かなくちゃいけないんだ。


 柄を握る右手の震えを左手で押さえる。

 体全体を覆う狂気に抗い、いや……それをも飲み込む覚悟で、剣を引き抜く。

 さっきまでとは比べ物にならない力が体を飲み込もうとする。


――狂え


 中に入り込んでくるものが俺の頭に語り掛けて来る。


――受け入れろ


 嫌だ。受け入れるのは、お前の方だ。

 俺はお前をも飲み込んで、自分の糧にする。


――なら、飲み込め


 狂刀『阿修羅』、もうお前は俺の物だ。

 体内に流れ込んでくる狂気を取り込もうと、グッと腕に力を籠める。

 抜けろ、絶対に取り込んでやる。


「ああああああああああああああああああああああああッ」


 悠然と俺は引っこ抜いた刀を構える。

 その黒い刀身は今の俺の心を表しているようだった。

 アマネの試すような笑み。目の前の男の焦りと怒りを滲ませた笑み。

 俺をこんなに楽しませないで。

 最高に楽しいな……でも、やっぱり楽しくない。

 正々堂々の勝負をしてやろうと思ったけど、人殺しに誠意を見せる必要は無い。

 過去の因縁、ここで晴らす。


「おっらああああああああああああああッ」


 狂え、狂え狂え狂え。

 胸元に突き立てられるナイフを阿修羅で弾く――つもりだったが、阿修羅が予想の斜め上を行く切れ味で、ナイフを綺麗に両断

した。

 その衝撃で隙が生まれた男の胸元に、阿修羅を振り下ろす。


 しかし、隙が生まれたのは俺の方だった。


「うぐっ……」


 忘れていた。男は無名イレギュラーではないんだった。何らかの幻獣を発動した男の拳を腹に貰ってしまい、大きく後方に吹き飛ばされる。

 内臓を抉られたような痛みに、血反吐を吐き捨てる。

 だが、男の猛攻は止まらない。


「おらぁよッ! ひひっ、その片刃剣にビビっちまったが、お前の実力じゃあその剣を扱えねえってこっちゃな。ビビッてた俺が馬鹿みたいだぜ」

「はっはっはッ! いいねェ、いいよォッ!」」


 やはり、その実力は俺の何倍も越していた。

 一つ一つの素早く重い拳撃を剣で流すのが精いっぱいで、反撃の隙など与えてくれない。

 だが、その素早い拳撃に目が慣れて来て、左拳の一瞬の揺れに俺は気が付いた。

 俺はそこを狙い、猛攻の波から逃げ出す。


 突き出された左手は隙だらけ。

 阿修羅を使い切り落とす――しかし、男は素早くそれを回避し、いったん退避した。


 あー、あー、楽しいなぁ。

 今からコイツを殺せると思うと、鼓動が高まり、収まらなくなる。その恐怖に満ちた顔を、ぐちゃぐちゃにしたくなる。


「何でそんなに笑ってんだよォッ! 舐めんじゃねえぞ!!」

「ははっ、ほらほら、頑張らないと死んじゃうぞぉ?」


 男は右手を強く握りしめ、殴り掛かって来る。

 素人の俺でもわかる。こんな無謀な攻撃は反撃されて終わるだけ。だけど、俺は反撃せずに後退する。

 よくあるんだ。敵意剥き出しの相手が、いきなり無謀な構えを取る展開。

 何処の英雄譚でも書かれている。

 何か策があって殴り掛かって来る奴の攻撃を、まともに受けたら相手の思う壺だ。


「何ッ!?」

「ひっひっ! ほらほら、それだけかい?」


 楽しい。楽しすぎる。

 今度は俺から襲い掛かる。

 膝が震えて動きが鈍る男の右腕を執拗に狙って、剣を振り下ろす。

 避ける、素早く避ける。

 振るう、素早く振るう。

 ただただ、それの繰り返しだ。俺に反撃するチャンス何て幾つもあった。しかし、男は反撃してこない。

 何故か、俺に恐怖しているからだ。

 その恐怖で汗がにじみ出ている顔を、苦しめるのが楽しくて楽しくてしょうがない。

 早く、反撃してきてよ。


「ほっらぁ……反撃しないと死んじゃうよォ?」

「何なんだよお前っ、うぁぁクッソがぁ」


 狂え、狂え狂え狂え。

 笑え、笑え笑え笑え。

 ずっと阿修羅が語り掛けて来る。

 もう、狂ってる。もう、笑ってる。

 言われなくてもな。


 男は拳を握り締めて、俺の猛攻から抜け出す。

 そして、俺の脇に蹴りを入れて来る。骨が砕けたような感覚。

 痛い、気持ち良い、痛い、気持ち良い、痛い、気持ち良い。

 俺はそのまま抵抗できずに吹っ飛ばされる。

 壁に俺の体が減り込み、欠片がポロポロと床に落ちる。


 男は俺に向かって走り出す。

 その勢いに任せて拳を前に突き出してきた。

 その拳が俺の腹を抉る。内臓が破裂したんじゃないか。そう疑いたくなるほどの激痛が、全身を駆け巡る。

 この快感、忘れられなくなりそうだ。


「なあなあ、もっとくれよその痛みィッ! ほら、ほらぁ、どうしたんだぁ?」

「ああああああああああああああああああああああああああっ」


 怖くて怖くてしょうがないのだろう。

 その鈍りきった動きの隙を俺は見逃さない。

 俺はまた、右手を執拗に狙う。

 しかし、その男の動きは鈍りきっていたとしても俺と同等、いやそれ以上の動きを保っていた。


 あー、俺って弱いな。


 剣を突いて、振って、突いて、振って、突いて、振って、繰り返して、繰り返して、だけど一度も当たらない。

 しかし、男の攻撃を躱すことが出来ている。

 一つ一つの拳撃に体が対応していたのだ。


 そこで、一つの転機が訪れる。

 俺の剣が男の右手首に掠った。

 そこで、男の動きが止まる。俺も少し驚いて不覚にも止まってしまった。

 切り口から黒い瘴気が噴き出して、真っ赤な液体が大量に吹き出してきた。


「いやぁあああああああああああああああああああああッ!?」


 これは、驚いた。

 この刀には、このような能力がついていたのか。

 出血、それも大量に出血させる能力。痛みではなく大量出血で殺しににかかる刀だ。


 正に外道。剣とは、一番自分の実力を発揮できる武器だ。しかしこれは、掠りさえすれば殺害できる外道の剣。

 だからこそ、狂刀と呼ばれるのだろう。


 人とは、どんな風に死んでいくのだろうか。

 俺はこの前、オークに食われて死にかけたが、俺と同年代の少女に助けられ生き延びた。

 運命だ。都合が良いとはこの事を言うのだろう。

 しかし、助ける奴などどこにもいない、コイツはどう死んでいくのだろう。

 呆気なく死んでいくのか、それこそ正義のヒーローが颯爽と現れて、悪人である男の方を助けるのか。

 まあ、どっちでもいいか。


 噴水の様に噴き出る鮮血は、俺の体に飛び散る。

 汚い、臭い、汚い、臭い。男はこんな夜中だと言うのに叫び散らして、近所迷惑だとは思わないのだろうか。

 やっぱり悪は最後まで悪だ。

 醜い、醜いよこの男は。


「ぎゃぁああああああああああああああっ! 止めろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 あっ……死んだ。

 ピクピクッと震えて、血が全身の穴と言う穴から飛び出てくる。人って、簡単に死んでしまうんだ。そう、自覚せざるを得なかった。

 自分が自分の手に持つ刀でコイツを切り刻んだというのに、何だろう。この喪失感。

 もっと切り刻みたかったからか、生きて罪を償ってほしかったから。

 違う、もっと単純な事だ。


「コイツは……俺じゃ駄目なんだ。シシュリーが決めるべきだった。一番コイツを憎んで、恨んでいるのは、俺じゃなくてシシュリーだ。シシュリーが……シシュリーが殺さないと意味が無じゃないか。何やってんだろ……俺」

 


 

 

 

 

 


 

 

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