第四話 付きまとうオークもどき
「ここが……王都……」
「確かに、自然に囲まれた集落とは縁が無い街並みだね」
おれはアマネに連れられて屋敷を出た。屋敷の外観に驚きもしたが、なにより王都の貴族街に驚いた。
イリカゼの屋敷は貴族街南の森の中に建っていて、数分歩かないと、貴族街中心にたどり着けない。
たどり着いた瞬間空気がガラッと変わった。
物語の中でしか見たことない貴族服に、アンクでは見ることが出来ない量の騎士。
貴族より騎士の方が多い。それほど警備に力を入れているのだろう。
「ここが貴族街の中心だね。貴族街のエリアは、爵位を持つ人達が住んでいる屋敷が多く立ち並んでいるのさ」
貴族街中心の広場にはおれの家より大きい噴水が建てられていて、その周りにベンチや観葉植物。イリカゼの屋敷とは一風変わって、お城のような外観の屋敷が多く立ち並んでいる。
一つ一つの修飾が派手で、光り輝いている。貴族の嗜好は良く分からない。
おれ的には静かで御淑やかなイメージの、イリカゼの屋敷の方が肌に合う。
そして、少し進んだ時、アマネが僕の肩の掴み、足を止める。
「いきなりで済まないね。ちょっとした注意喚起だ。あそこには絶対近づいちゃいけないよ」
アマネが指さすのは、他とは違い、広い敷地内に建てられた大豪邸だ。
確かに、その外観には庶民を近づかせない圧力を感じざるを得ない。
他の貴族もあの屋敷を避けて歩いているような気もする。
「あそこの家主は超危険人物とされていて、バルク=ゼイガ-っていうんだ。違法な奴隷を地方から手に入れて、売ってたらしいんだ。罪に問われたんだけど、当時この国は財政難に陥っていたみたいでね……金に物を言わせて罪を帳消しにしたんだってさ」
くそっ、やはりアンクの人間と同じで王都にも性格の悪い奴はいるんだな。
それに、金を出せば解決できるなんて世の中絶対に間違っている。
アマネの顔がどんどん険しくなっていく。やはり僕と同じことを思っているのだろう。
その表情を見ていると、あの家とイリカゼに何らかの因縁があると、気付かさせられる。
しかしその顔はすぐに和らいで、にっこりと笑みを見せる。
「それじゃあ行こうか」
おれは無言でうなずいて、アマネの背中を追った。
少し先に行くと、関所の様なものがあった。
騎士が二人立っていて、その奥に大きな扉がある。扉と聞くと頭が痛くなる。
アマネは胸元から、金色に輝くカードを取り出す。
それを騎士に見せると、慌てた様子で扉を開ける。
そのまま貴族街を抜けようとしたが、ある男の声でアマネは足を止めた。
「あっれぇ? アマネちゃんじゃぁ~ん」
声を掛けてきた男は、他の貴族の何倍も派手な格好をした、デブだった。
油が塗られたかのようにぎっとりしている顔からは、異臭が放たれている。
綺麗な宝石が施された修飾品をジャラジャラと身に着け、オークと見間違えてしまう顔……オーク……オークッ!?
やべぇ、気持ち悪い……吐きそう。トラウマを掘り返されたおれは、地面に蹲る。
「おい! 大丈夫かい!?」
おれが蹲って唸りだしたことによって、周りの貴族たちが集まりだしてきた。
おれも浴衣と呼ばれる貴族相応の恰好をしていたので、変に怪しまれる事は無い。
結果、よほど評判が悪いのだろう。その男が、悪者に仕立て上げられた。
「ク、ク、ク、クソがッ!? 覚えてろっ、そこの男っ!」
あの男は怯えた様子でそそくさと逃げて行った。
あの顔はおれに向けた怯えではない。周りの貴族たちに対しての怯えだった。
少し悪い事をしたかな? と思う反面、スッキリしたところもある。
あのアマネへの態度はムカついた。
「あいつはね……ベイク=ゼイガ-。バルク=ゼイガ-の一人息子さ。いつもボクに付きまとっているのさ。貴族街を出ようとすると、いつも偶々を装い話しかけて来る。ボクに求婚を申し込んで来ているんだけど、ずっと断っているのさ。顔も性格もタイプじゃないからね」
アイツが……バルク=ゼイガ-の息子。確かに、あの性格だと執拗に求婚を申し込んできそうだ。しかし、アマネは俺と同年代ぐらいだと思うのだが、あいつはまだ成人にも達していない少女が好みなのだろうか。
まだあったことは無いが、ゼイガ-家の評価が一段階下がった。
元々最底辺なので、下がる評価など無いのだが。いや、実際にあってみたらもっと下がるかもしれない。
「あ、ああ。少しトラウマを思い出した」
「ふふっ、あいつの顔かい?」
「ああ」
おれはアマネの差し出された手を掴み、起き上がる。
やっぱり力がおれと同い年の女の子とは思えない。その握力に驚きながらも、立ち上がった俺は笑いながらスキップして門を潜り抜けるアマネの後を追った。
それほどアイツの狼狽える姿が見れたのが嬉しいのだろう。
★
王都の大通りは予想の何倍も上を行った人の数だった。
今はお昼時。昼食を取ろうと歩き回る若者や、食材を買いに来た主婦、とても暑苦しいが、重量級の鎧を着た冒険者などで街はごった返していた。
今にも貧血を引き起こしそうだ。
「じゃあ……まずはお昼ご飯にしようか。私が行きつけの、と言っても、そこで昼間っから飲んだくれているジジイに用があるんだけど。お昼ご飯はついでだね」
「お、おいっ」
アマネはおれの手を引っ張って、人の大軍へと乗り込んでいく。人々に押されて辿り着いた先は、小汚い酒場だった。
昼から飲んだくれている老人や、老人や……爺しかいねえじゃねえか。
大通りから一つ外れた場所にあったので、隠れた名店かと思いきや、爺の溜まり場じゃねえか。
こんなところで昼食をとるのか。
「いらっしゃい。お嬢ちゃん」
「いつもの二つで」
酒場のマスターと短く会話を交わして、アマネは席に着く。俺もつられて席に着いたが、本当にここで飯を食うのだろうか。
酒臭くて、飯なんて食えたもんじゃないんだが。
少し時間が経つと、料理が運ばれてくる。
「これは……美味そうだ」
「でしょでしょ。ここのご飯は本当に美味しいんだ」
前言撤回。ここの飯は酒臭さなど忘れさせてしまうほどの飯だ。香り、見た目、食べなくても分かる。
これは美味いと。
出てきた料理は、分厚いステーキ肉を焼いて、味を付けた簡易な料理だ。
しかし、ステーキ肉は簡易な方が美味いに決まっている。
おれはフォークとナイフを器用に使って、肉を一口サイズに切り分ける。
「へぇ~、ナイフの使い方、知ってるんだね」
「親に基本的な礼儀作法は教わったから」
「ふーん」
そっちから聞いてきたんじゃないか。そう文句を言ってやりたいほど興味なさげな返事だ。
しかし、今は目の前の肉に目が奪われている。
ナイフを入れると、その柔らかさに「あっ」と声を漏らしてしまう。
フォークを入れると、ジワリと肉汁が出て来る。
ゆっくりと口に入れる。
パッと目を見開いてしまった。この肉は上質なものを使っているのか、それとも店主の腕によるものなのか。
口の中で肉を噛むと、とろけるように肉汁が溢れ出て来る。味はシンプルイズベスト。塩と胡椒の香りと味が爆発したかのように広がっていく。
「どう? 美味しいでしょ」
「あ、ああ。美味いよ」
しかし、ここまでうまいと他の料理に手を伸ばしたくなってしまう。
まだ空腹感は残っているのだが、ご馳走してもらってる側だ。過度な欲は失礼だ。肉を平らげてしまい、酒臭さが戻って来る。
「酒くっさ」
異様に酒が臭いと思ったら、近くに座っていたジジイが近づいて来ていた。
「おいおい失礼だな小僧。アマネと一緒に居るって事は、まさかアマネのボーイフレ……」
「黙れジジイ」
アマネは思い切りのチョップを酒臭いジジイの脳天にぶつける。……驚いた。オークを軽々と倒すアマネのチョップを喰らって平然としているとは、このジジイの体は並大抵の物じゃない。
ジジイはそのまま空席の椅子を持ってきて、おれの隣に座った。
「冗談だ。アマネがそう言うの作る質じゃねえことは昔から知っている」
「そうかい。私に冗談は通じないことは昔から知っているよね。なのにそういう事するのかい、ジジイ」
おれには生憎この爺さんを口で直接ジジイと呼ぶ勇気はない。
アマネに冗談が通じない何て事実は、存在しないはずだ。今までにも冗談ぐらい言っている。
もしかしたら、このジジイの前では冗談を言わない性格なのかもしれない。それに、この会話から上下関係がひしひしと伝わって来る。
「そして、この小僧はアマネの何なんだ? ボーイフレンドではないのなら、どういう関係で知り合った? こんな平民臭い奴アマネと知り合えるわけないだろう」
平民臭いとはどういうことだジジイ。平民臭いかは知らないが、平民であることに違いは無いから反論する気はない。
「いや、おれは――」
「
おれ、別に平民臭くはないと思うんだけどな……。
「勘違いじゃないのか。見て分かる訳じゃないだろうし。骨を見ることが出来れば別だろうが……」
「体内を見せられたのさ。確かに骨が青白かった。出会いが少し不幸だったんだよ」
不幸……か。オークに食い千切られることは不幸なのか。それで、無名の幻獣を宿したことも不幸なのだろう。よく考えてみると、おれは結構不幸なのかもしれない。
「それで、ボクがここに来たのは、ジジイにロンドの実力を見てほしいんだ。僕よりジジイの方が適任だと思ったのさ。今から少し用事があるから、明日時間取れる?」
「…………よし、おれも朝少し用事があるが、それ以降なら明日時間が空いているぞ。冒険者ギルドに来てくれ」
「うん、わかった」
「おいおい勝手に――」
「ほら、ロンドの今の姿はさすがに不味いから、着いて来てよ。髪とか目の色を変えなくちゃね」
何故俺の言葉を遮るのだろうか。
それに、おれの今の姿のどこが危ないというのだ。
おれは何もわからぬまま、アマネに手を引かれて店内を出た。お金はジジイに払わせた。
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