第三話 諦めたくない
視界が霞んで、前が良く見えない。
それにこの浮遊感、僕は死んだのか。オークに食い千切られて、村人に裏切られ、僕の人生は、幕を閉じた。
僕の視界に移るのは、無限に続く階段だった。
周りを見渡しても、黒黒黒黒。漆黒で覆われていた。
行先も目的も失ったので、この階段を上ることにした。
上を見上げても光はおろか、終わりも見えない。地獄にも落とされず、ここを永遠に上り続けるのだろうか。
いや、これこそまさに地獄だ。
僕は最後まで無能だった。
才能が無い人生だった。何をしても報われない人生だった。
本当に、それだけだった。
何分、何時間、何日……何年上り続けただろう。腹も減らない喉もか分からない、体力が尽きない。
光はまだまだ先の様だが、一先ず階段は終わりを迎えた。
最初の様に漆黒に包まれた空間。しかし、その奥には黒寄りの灰色をした扉があった。
ここから出れるかもしれない。
僕はやっとの思いでその扉に触れることに成功する。
押しても引いてもその扉が開くことは無い。もう策が尽きたかと思った時、そのまま扉は消滅した。
涙が流れて来る。
僕は今まで無能で、何も出来なかった。
しかし、この扉が消滅したとき、確かに誰かが僕の耳元でささやいた。
この声が信用に値するのか、本当は僕の幻覚なんではないか。そう思っては消し、そう思っては消しを繰り返す。
結局、結論は何も分からない。
さっきの扉は、僕が昇る道は無いと言いたげに消滅した。
勿論それは僕自身が一番理解している。夢を見過ぎだと言われても何も言い返せない。
だけど、ここで立ち止まってどうする。
今まで前に進めなかった道を、もう一度辿るのか。
絶対に、ありえない。
「目を背けず現実を見ろ」「無駄な努力して何が楽しいの」 そう何度も問われた。
確かにそいつらは僕に幾度となく正論をぶつけてきた。
僕は目を背けて夢を見てた。無駄な努力だってした。
僕はそこで諦めてしまった。本当に馬鹿だった今日までの自分は。
こんなとこで諦めたらあいつらの言う通りにしたことになる。
それだけは、絶対に嫌だ。
僕は世界最強になって英雄王になるんだ。
その道のりがどれだけ長いのか分からない。本当に生きている間に成功するのかも分からない。
無駄だったって分かるのは、死んでからだ。
僕は絶対に、強くなる。
★
良い香りが僕の鼻をくすぐる。
僕はその香りに顔を緩め、目を覚ました。
瞼をゆっくりと開ける。視界が霞んでよく見えないが、綺麗で白い肌が、僕の視界に入り込む。
僕はこの香りの原因がこの女の子という事に気が付いた。
しかし、全身の激痛で、驚く気にもなれない。
それに、生きていた。その喜びを噛み締めるのに精一杯だ。
「おー起きたかい。痛いところはないかい?」
「痛い、とこ、ろ……だ、らけ、だ、よ」
僕は喉に走る激痛に耐えながら、必死に声を絞りだす。
無理をしたせいか、喉の痛みが一層と強くなる。たぶん、オークに頭を食いちぎられた時の後遺症だろう。
まさか、本当に生きて帰ってこれるとは。
喜びで頬を緩めてしまう。
「そっかぁ……傷は治せても、痛みまでは消えないか」
僕は激痛に耐えながら腕を目線上に動かす。
本当だ。あるはずの傷が綺麗さっぱりなくなっている。元より綺麗な肌になっている気がしてくる。
これは、腕を再生させたのか。吹っ飛んだ腕をくっ付ける魔法も存在するらしいのだが、後が残ってしまうらしい。
僕の腕にそれらしきものが無い事から、再生したとしか考えようがない。
「でも、本当に生きててよかったよ。オークにむしゃむしゃ食べられていた時は本当にびっくりしたよ。キミ、以外に頑丈みたいだね」
僕も正直、驚いていた。
確かに、僕の記憶の最後には、この黒髪の美少女がいた。そして、残っているイメージは恐怖だ。
笑いながらオークを蹂躙していく姿。まさに狂人。そのものだった。
今のその笑みからは想像できない狂気に満ちた笑みは、一体何だったんだろうか。
「その、僕は……」
僕はあなたに助けてもらったのでしょうか。
そう聞こうとしたところ、彼女に口を押さえつけられてしまった。
吃驚したどころではない。顔の骨格が歪んで顎に痛みが走る。この子……力が強すぎる。
「駄目だよ。「僕」っていうのは、弱々しいイメージを定着させてしまうんだ」
いきなり文句をつけて来るとは、流石に厳しすぎやしないか。
生まれてから「俺」と自分を呼んだことが無い。確かにこれが弱々しく見えた原因の一部かも知れない。しかも、俺なんて恥ずかしい。僕が言うと強がっているようにしか見えない
「どう……して」
「どうして、そうキミは言ったかな? キミが眠っている時言ったんじゃないか。「強くなりたい」「諦めたくない」そうね。強くなりたいのなら普段の自分も改善しないと、弱いままの自分でいることになるよ」
僕は、このままだと弱いままの自分で妥協することになるのか。
「そうで……そうだ。そうだよね……そうだよ、な。おれは、おれは強くなるんだっ!」
おれ……そうだ、少し慣れないが、弱々しいイメージは取り払えているだろう。
「うんうん。でもね、その前に服を着よっか」
おれは恐る恐る下半身を見る。
全裸じゃねえか。
全裸……全裸、全裸ッ!?
「きゃあああああああああああああああああああああああッ」
この屋敷におれの絶叫が響き渡った。
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