第二話 だから、嫌なんだ


 「ご、ごめんっ」


 俺は急いで後ろを振り向く。

 この水はとても澄んでいて、中が透けて見えるのだ。どんなに体を池に沈めたって、見えてしまう。

 まさか、シシュリーだとは思わなかった。

 何言われるか分からない。これから何が起きるのか分からない。


 だから、僕から喋りだしてやる。


「ね、ねえ。僕の事まだ許してくれてない?」


 何オドオドしてるんだ。

 数年間会話をしていないだけだ。

 別に何も変なことは無い。だけど、怖い。僕が持っていないものを全て持っているシシュリーが怖い。

 何をされるか分からないから。


「別に……」


 ここはちゃんと返答してほしかった。

 勝手に振り返ってみたが、とっくに着替え終えており、僕を強く睨んでいる。

 その目は憎悪に満ちていて、僕は呪いを掛けられたかのように動けない。


 やはり、あのことを謝らなければいけない。


「うっ……あっ、いぃぃぃ、くそっ……」


 僕は薄情だ。彼女との仲を取り戻したい。そんな事、一度も思ったことは無い。そう言い聞かせ、僕は逃げるようにシシュリーから視線を逸らす。

 こういう時に自覚させられる。だから……無能なんだ、と。


 シシュリーは冷静を取り戻した。その表情はまるで無。僕と言う存在が目の前にいないかのような表情をしている。

 シシュリーの目に僕の姿は移っているのだろうか。そんなことをつい疑ってしまう。


 僕はシシュリーの間横を通り過ぎ、池の水を手で掬う。

 少し雲行きが怪しいな。

 空は黒く染まった雲で覆われており、さっきまで晴れていたのが嘘の様だ。

 すると、ぽつぽつと雨が降って来る。

 冷たくて心地よい。もう何もかも忘れたい。父さんに全ての記憶を喰って貰おうかな。


 少し肌寒くなってきた。霧も濃くなってきている。

 僕は家に帰ることにした。


 ★


 結果は迷わず帰ってこれた。

 さっきまで霧が掛かっていたことが嘘のように、穏便に帰ってこれた。

 しかし、帰ってきてからが問題だった。


 村人達の僕を見る視線が痛い。

 まるで犯罪者を見るような眼をしている。

 僕はまた何かやられるのか。


 僕は視線を逸らし家に帰っていく。

 僕はやっとの事で家に辿り着いたが……これはひどい。

 強姦魔とか人殺しだとか、いろいろな事が書かれている。

 別に僕はそう呼ばれるような行いをした覚えはない。


 僕は周りを見渡すと、遠く同年代の少年少女達が笑っていることに気が付いた。

 あいつがまた何かやったのか? 

 奴らのせいで僕はこんな視線を浴びないといけないのか。

 僕は奴らの元へ行こうとする。


 しかし、それを村の男たちが塞ぐ。

 僕はそれでも行こうと進もうとするが、男たちは石で作られた槍を構えて、僕の動きを止めた。

 何だ。とうとう僕を殺すのか?


「お前、シシュリーに何をした?」


 村の体格の良い一人の男が僕に声を掛けて来る。

 その顔はまるで犯罪者を睨みつける顔だ。その顔に圧倒されて僕は手が震えて来る。

 そしてその隣の男が叫ぶ。


「やっぱりなっ! こんな無能早く殺しとけばよかったのに、あのクソ野郎のせいでッ! あいつも死ねばよかったんだ!」


 え? 何のことだ? 

 その怒りと憎しみを含めた声は村全体に響き渡る。


 まず話を整理しよう。


 村人たちは僕がシシュリーに何かをしたと勘違いをしている。

 それに、クソ野郎と呼ばれてる人のおかげで僕は生きてこられた。

 たぶん、両親かバンカーさんだ。

 しかし、バンカーさんはこの村の英雄。たぶん両親の事だろう。


「僕は……何もしてない」


「うるせぇっ! 無能は失せろっ! 弱いから、弱みを握って無理矢理犯すしかないんだもんな。自分で惚れさせろよ。それにバンカーさんまでも……バンカーさんを何で殺したんだよッ! シシュリーだってっ、お前は本当に最低だな!」


 おいおい何のことだよ。

 シシュリーを無理矢理犯した? バンカーさんを殺した?

 とんだ濡れ衣だ。僕はシシュリーを無理矢理犯していないし、バンカーさんを殺していない。


 そもそも動機が無い。


 しかし、こいつらは絶対に僕の言葉に耳を傾けない。

 それに、僕を今ここで殺せば、真実が雲隠れしてしまう。

 僕は今……殺されるのか。


「僕は……やっていないっ!」


「うるせぇんだよ無能が。バンカーさんはなぁ、命からがらお前から逃げてきたって言ってたんだよ。殺されるとこだったって言って息を引き取ったよ。お前、最低だな。死ね」


 ようやく分かった。

 バンカーさんは村に近づいてきた魔獣と戦っていて、死んでしまったんだ。

 こびり付いていた血は、魔獣かバンカーさんの血。

 何故魔獣が近づいてきたか、だが、それは分からない。


「お、おいっ、池にオークの群れがいるぞッ!」


 一人の男が、命からがら逃げてきたか07のような形相で叫ぶ。

 あー、全て仕込まれていたのか。

 村人たちは慌てふためくフリをして、最後は餌を与えればどこかに行ってくれるだろう。そんな結論を出した。

 くそっ、今すぐ逃げ出したいが、男に首を掴まれて逃げ出しようがない。


「餌はお前だ無能っ! 最後に役に立てて良かったなっ!」


「止めてくれッ! 離せよ!」


 俺は最後まで抵抗する。

 首を掴んでいる男の腹に肘うちをしたり、今までため込んできた思いをぶちまけた。

 だけど、僕の言葉に誰も耳を貸さない。


 今でも奴らの笑みが忘れられない。

 いつか奴らを見返してやる。英雄王になって、またここに戻って来るんだ。


「ほらオークどもっ! 餌だぞ」


 僕は池の中に投げ飛ばされる。


「いぎゃあああああああああああああああああああああああっ」


 痛い。右足を喰え温ふぃおfふぃじょkf「p、d「@も。


「ぎゃああああああああああああああああああああ」


 痛い。左足を引きちぎらys@そdjんどjfにおjfのj。


「いやああああああああああああああああああああああああっ」


 痛い。左手を木に叩きつlkjhgvmきうyhgvbんmjh。


 だから、嫌なんだ。

 こんな人生が、こんな世界が、こんな僕が、嫌だ。

 痛い。痛い。痛い痛い。痛い。臓器がぶちまけられ、それでも死なない僕を恨む。

 股間が食いちぎられ、僕は叫び散らす。痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいたい。

 もう死にたい死にたい死にたい死にたい。


「ねえ、それボクも混ぜてくれないかなぁ」


 何か声が聞こえてくる。

 耳に入ってくる音が、僕を食い散らす音から、オークの肉が断つ音に変化する。

 綺麗な女の子が見える。


「はっはっは……君、死んでないのかな? ……流石に死なれると後味が悪い結果になるね」


 駄目だ。意識が朦朧として聞き取れない。


「君は自分を無能だと勘違いしていないかい? 昔同じようなをしていた人を知っている。あの人も自分を無能だと勘違いしていた。だけど、それは違うよ。君は、少し人と違うだけ。そうだと思わないかい?」


 あーそうだ。

 僕は無能なんかじゃない。少し人と違うだけなのだ。

 それだけ聞ければ、もう十分だ。

 僕はそこで死んだ。綺麗な女の子に助けられたが、結局死んだのだ。

 もう十分? ばかばかしい。


 英雄王になりたかった。

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