狂瀾怒濤の無名剣士《イレギュラー》
不知火洋輔
伝説の始まり
第一話 ロンド=リファース
ここはある辺境の小さな集落、アンク。
しかし、ここには無名の幻獣を宿した人間がいる。それが僕、ロンド=リファース、現在十二歳だ。
この世界には伝説の生物『幻獣』の力を宿した人間が住んでいる。最初に宿した幻獣以外の幻獣を宿すことは絶対に無い。王都には、その力で迷宮に渦巻く魔獣の討伐などの、異能を使い仕事をしたりして、金を集めている人が多いと聞く。
中には、戦闘能力を有していない幻獣を宿した人もいる。
例えば僕の父、ロード=リファースは真実を体現すると謳われる竜、ヴァ―ルハイトの力を宿している。僕の母、レイシア=リファースは記憶を司る鹿、ヴァースハイトの力を宿している。
幻獣の異能にも名前があり、父の異能は
それに対し、母の異能は
これらは、戦闘能力が低い幻獣の異能であり、この幻獣たちは比較的マイナーな幻獣だ。
しかし、現在集団での犯罪が多発しており、犯人を拷問することなく、真実を知ることが出来る父の異能は、重宝されている。
母も同じで、その莫大な知識を手に、王都の貴族の家庭教師を長年務めている。
その為、両親には何年も会っておらず、集落での僕の扱いは最底辺だ。
僕の宿す幻獣は、どの伝記にも記されていないゴズヴェルドと言う幻獣だ。出産に立ち会った鑑定士が、その名を言ったそうだ。鑑定士とは、幻獣の名前を鑑定することを仕事としている人間の事だ。鑑定士は、古代に存在していた幻獣の伝説の大半を頭に入れているはずなのに、ゴズヴェルドという幻獣は聞いたこと無かったらしい。母の記憶にも存在していない。
そんな幻獣の世間の評価は、準々伝説級に達することも出来ない力無き幻獣。その幻獣を宿した僕の評価は、力無き人間……無能だ。
幻獣至上主義のこの世界にとって、人が宿す幻獣の力は絶対なのだ。こんな世界、間違っている。
★
現在の僕は日課になっていた素振りを止めて、家に引きこもっていた。剣術を教えてくれる人はいない。だから、自分で出来る事をやっていた。しかし、何時になっても結果が出ない。筋力の増強も体力の増加が無いのだ。外に出る理由が無くなったせいで、気が付いたら引きこもっていたのだ。
集落の住民は、罵声を浴びせられるのが怖くなったから、と勝手に解釈している。それが面白いのか、外から罵声を浴びせられることがある。
今も外から聞こえてくる。とうとう引きこもったか無能、と一人が言うと、そいつの取り巻きはゲラゲラと笑う。
と、この様に、集落に僕の居場所はない。だから、王都にある学園の試験を受けようと思っている。
あと一か月で王都にある英雄養成学園アルガミナの入学試験がある。採点基準は迷宮の知識と、戦闘能力だ。僕は迷宮の知識だけならば、誰にも負けぬ自信がある。
しかし、戦闘能力が圧倒的に足りない。剣術にも魔法にも幻獣の異能にも頼れない僕は、この試験に受かる可能性はゼロに近い。
だから、一週間後に集落を出て、王都で保険として働き口を探すつもりだ。知識はあるので、冒険者ギルドの役員として、雇ってもらえるかもしれない。保険という事だ。
学園内では貴族や平民など一切関係なく平等に扱う。幻獣の位が高ければ高いほど、良いクラスに入ることが出来る。
Sクラスは学費が免除され、教材も全て無料になる。
しかし、幻獣が全ての学園に僕が入学する方法。それは、試験官を実力で倒し、Sクラスに入るという方法だ。
そうすれば、僕が英雄の中の英雄、英雄王となる日が来ることも夢ではない。
英雄というのは、多大な貢献を収めた人間に送られる勲章だ。
英雄王というのは、全てのランクの迷宮を踏破した際に受け取る称号だ。
迷宮には、地下迷宮、地上迷宮、空中迷宮の三種類がある。
それぞれ出現する魔獣の強さは決まっている。 地下迷宮に出現する魔獣の強さはDランク~Cランク。地上迷宮に出現する魔獣の強さはBランク~Aランク。空中迷宮に出現する魔獣の強さは、Sランク~SSランク。 出現する魔獣のランクは、一つの迷宮につき一ランク。 要するに、ランクDの魔獣が出現する地下迷宮には、迷宮の最下層までDランクの魔獣しか出現しないという事だ。出現する魔獣のランクで迷宮のランクも決まる。
幻獣の時代が終わり、人間の時代が始まった以来、最初で最後の英雄王のオーディンは幻獣をその身に宿していなかったと言う。
それでも迷宮を全て踏破したオーディンは、僕の憧れで、目標で、いずれ越す存在だ。
カーテンの隙間から外を見てみると、天には空中迷宮が静かに佇んでいる。地を見てみると、僕と同年代の少年少女が罵声を浴びせて来る。
その中には幼馴染のシシュリーがいる。昔から神童と呼ばれ、宿した幻獣の名はエングロード。異能名は限界突破する炎の
数年前、ある出来事をきっかけに口も聞いてくれなくなった。当初は寂しさを感じていたが、今は慣れてどうも思わない。
「おーい! 井戸の水が枯れてんだが、何か知ってる奴いるか?」
俺に罵声を浴びせて来ていた奴らも声のした方へと向かう。
井戸が枯れることなんて珍しい、最近大雨が降ったばっかだし、何があったのだろうか。
僕は村の中心にある井戸の方を遠目で見る。村の人たちが集まりだしている。
これは一斉に僕を疑うって策だな。
いいだろう。僕も行ってやろう。そろそろ喉が渇いたことだし。池の方に行くついでにな。
僕は数日ぶりに外への扉を開いた。
★
外は眩しい。久し振りに日光を浴びて、俺は目を眇める。
井戸の方を見てみるが、少しぼやけてよく見えない。
やはり、外に出る習慣は付けた方がいいな。
俺は井戸の方へと足を進める。
いち早く僕に気が付いたのは、先程まで家の前に居た奴らだった。何か気に入らない事があったのか、顔を顰める。
僕はそれに合わせて目を細める。
僕が近付くにつれ、僕に気が付く人が増えていく。顔を顰める人間や、無表情の人間。無能と蔑む笑い声も聞こえてくる。
村長の息子が村人の全員が揃ったことを確認すると、やっと口を開く。
「そうだな……ここまで集まってもらったのにすまんな。今の俺たちじゃどうにもできねえ。バンカーさんが返ってくるまで少し待ってよう。帰りたい奴は帰っていいぞ」
まあこうなるわな。
バンカーさんは親を覗いてただ一人、僕の味方をしてくれる人だ。30代の男性で、元英養成学園の卒業生。
卒業後はAランク冒険者として活動し、Bランクの地上迷宮を、たった二人で踏破した人だ。
今は故郷であるこの村に戻って、静かに暮らしている。
僕が来なければバンカーさんが来る前に僕を犯人だと決めつけ、村の外に追い出したりするつもりだったのだろう。
僕は口元がもっと緩んでしまう。
村長の息子が、僕の顔をじっと睨んでくる。
僕を追い出したい理由はよく知らないが、僕は家に帰ることにした。
しかし、喉が渇いたので、森に入ったばかりのところにある池に行くことにした。
★
この森には魔獣がいない。
まあもっと深い場所になるとCランクの地下迷宮が存在するらしいのだが、この森にはEランクの魔獣もいない。
因みにEランクの魔獣と言うのは、迷宮ではなく地上に出現する魔獣だ。
よって、安全なのでよくここの澄んだ水を飲みに来ていた。
素振りも森の中でしていたので、終わしたら、日課としてここに水を汲みに来ていた。飲む用と、昼食に使う用だ。
それより、先程から池の方から、ぴちゃあっ、って水音が聞こえてくる。
村人は井戸の周りでバンカーさん帰りを待っているだろうし、まさかバンカーさんが水浴びをしているのか。
俺は草木をかき分け、池に辿り着く。
木々が影となって遮られてきた日光が目に入り、俺は目を眇める。
池には少しぼやけているが人影が見えている。
徐々に慣れていき、その人影の正体が分かった。
「……シシュリー、だったのか」
さっきまで僕の家の前に……というか、村長の息子が全員集まったことを確認したはずだ。
僕はいち早くあそこの輪から抜け出したので、シシュリーがいる筈がない。要するに、村長の息子は適当に確認していたのか。
僕が立っている事に気が付いているはずなのに、口を開かない。僕は数分間、その場で動けずにいた。
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