第五話 幻獣よりも高位な存在
無事屋敷に帰還することが出来たのだが、おれの髪の色や目の色全てを変えた。
酒場を出てから理髪店に良き髪を染めてもらい、特殊な魔法で目の色を変えてもらった。
髪の色は銀に、目の色は赤に。
まずは容姿から変えないといけないという。
「そうだね……まずそこに座ってくれるかな。大事な話があるから」
「分かった」
おれが寝ていた部屋は畳と呼ばれる床だったが、他の部屋は特別な差はなく、普通に木の板を並べた感じの床だった。
そこにぽつんと置かれた机と椅子二つ。
おれはその椅子に座った。丁寧にお茶と茶菓子を出してくれた。
「それで、大事な話って何なんだ?」
「そうだね……まずは、
イレギュラー……さっきから何度も会話に出てくる言葉だ。
アマネはお茶をすすりながら、お茶菓子に手を伸ばす。
そのお茶菓。子を食べ終わると、やっと話始めた。
「
どういうことだ?
無名と言うのは伝説を作ることが出来なかった幻獣の事を差すんじゃないかのか。
確かに、ポジティブに考えればアマネの言う通り、誰も知らない伝説を作った幻獣なのかもしれない。
無名……おれは本当に何を宿しているんだ。
「君の幻獣の名前を教えてもらってもいいかな?」
「おれの幻獣の名前は……ゴズヴェルド、そんな名前だった気がする」
ゴズヴェルド……それを聞いた途端、アマネの目がみるみる見開いていく。
確か夢の中でもゴズヴェルド……その名を聞いた気がする。
そうだ、そこで
「その様子だと、第一段階を解放したみたいだね。ごめん、さっきの説明は間違っていた。無名と言うのは、さっき言った通りの無名と、まだ成長段階の伝説を差す言葉でもあるんだ。君のは後者の形だったみたいだね」
「まだ……成長段階の伝説?」
少し引っ掛かることがある。
さっきから、アマネは幻獣と言う言葉を使っていない。伝説と言う言葉しか使っていない。
何故、幻獣と言わないで濁すんだ。
まるで、宿しているものが幻獣ではないかのように。
「何故……幻獣と言う言葉を使わないのか、気になるかい?」
「え? あっ、えぇ? あ、ああ、気になる」
心を見透かされたような気分になり少し慌てるが、冷静を取り戻す。
「君が宿しているのは……幻獣よりも高位な存在なんだ。確証はないが、絶対にそうだと断言できる」
幻獣よりも高位な存在などいる筈がない。
世界は幻獣と同時に生まれたと言われていて、幻獣が最高位の生物だと言われている。
いや、それだと可笑しくないか。世界を作ったのは誰なんだ。自然発生? ……ありえない。
全ての物は、生物の手によって作られたとされている。
それだと、生物を作ったのは誰になる。
あー分かんない。
「例えば……英雄王オーディンは、幻獣よりも高位な存在なのでは、と言われている」
「英雄王オーディンは……人間じゃないのか? そう伝説に残されているはずだ。それに……」
「迷宮には、人でならざる者は入れない。でしょ? でも考えてみなよ。人でならざる者が入れないのなら、どうやって幻獣たちは迷宮を作ったのさ。それに、人ならざる者が入れないのに、使い魔が迷宮の中に入れるのも辻褄が合わない」
「それは、冒険者ギルドが人血を使って契約を……」
「この世にそんな都合のいいものはないよ。最高位の生物が定めた規定を、人間が破れると思っているのかい?」
確かに、幻獣が定めた規定を人間が破るなんて出来るわけない。それじゃあ、冒険者ギルドが嘘の情報を流しているのか。
違う。国か? いや、それも違う。この国以外にも迷宮がある国は数多く存在している。
それじゃあ、世界の迷宮を管理するオディス教が事実を捻じ曲げているのか?
「それに、オーディンは幻獣を宿していなかったらしいしね。それが、人ならざる者と言われる所以だよ」
「いや……ただ宿らなかった「だけとでも言うのかい? それこそ可笑しいじゃないか。世界の理を、人間が破れる訳がない。そう思わないかい?」
それじゃあ、本当にオーディンは幻獣よりも高位な存在という事になるのか。
しかも、それをおれは宿しているのか。
それなら……おれの今までの人生は何なんだったんだ。努力は人一倍してきた。それを、こいつが成熟すれば、その努力は無駄になるのかよ。
そんなの、あんまりだ。
「話がそれちゃったけど、君が解放した力はどんなのだったか覚えてる?」
「幻想を纏いし必殺の一撃、アブソリュートヴィジョン。そんな名前だった気がする。どういう力なのか、それは一切分からない」
それを聞いたアマネは、うんうんと頷きながら、椅子を立ち上がり退室する。
いきなりで驚いたのだが、すぐ戻って来たので口を噤む。
アマネの手に握られていたのは、一般的な両刃の剣と違い片刃の剣だった。
禍々しい黒いオーラを纏うその剣を見て一瞬で分かる。危険だ。あの剣はまともな剣ではない。
アマネはそのまま着席し、剣をそっと机に置いた。
「まずは、君の異能はエンチャント型……なんだけど、
「異常性……何でおれの異能が何か分かったんだ?」
おれ的にはエンチャント型なのは現送を纏いしという文面から分かったが、異常性と言うのが何かは分からない。
「幻想を纏いし必殺の一撃、その文面から分かる通り、幻想を纏うんだ。個人的な見解だが、幻想と言うのは幻獣の事を差しているんだと思う。幻獣の力を纏って必殺の一撃を放つ。ざっくりいえばそれが君の異能だと思う」
だけど、おれの体には幻獣は宿っていないから、この異能を使うことは出来ない。
それに、おれに今更力があったと言われても、それを簡単に信じて無様な姿を晒すぐらいなら、別に今更力など要らない。
何故おれは力を欲していたんだ。それでいざ、力を手に入れたら怖気付くのか。
情けない。やはり、おれには力など要らなかった。
「どうしたんだい? そんな情けない顔をして」
僕の顔を覗きこんでくるアマネと、目を合わせるのが怖い。
こんな無様な顔を、晒すのが怖い。
「……おれは、怖いんだ。いつもおれは力を欲していた。そして今、手に入れたかもしれないと言われた途端、恐ろしく感じてしまう。知り得ない情報を手に入れて、それがおれ自身に宿っている。そして、その力を扱う器が僕に備わっているのか。例え、備わっていたとしても、僕には……とても」。
「そう……かい。分かったよ。少し君は夜風に当たって来た方がいい」
よく見るともう外は太陽が姿を隠し、月光が大地を照らしている時間帯だ。
僕はアマネに返す言葉が思いつかなくて、そのまま外に出る。靴を履いて、中庭に出る。
後ろに振り向けば、アマネが席に座り茶をすすっている。
僕は情けない。物語に出てくる勇者は、こういう時どうするのだろう。
いや、勇者は生まれつき強い力を持っていて、生きてくうちに力を得る場面に遭遇することは無いだろう。
ただ、勇者は今すぐにでも前を向いて、力を求めるだろう。
だけど、僕には勇者の様な正義感は持っていないし、この人生欲望にまみれた生き方しかしていない。
だから、僕は無能なんだよ。
日々、同年代の人間から罵詈雑言を掛けられ、惨めに生きていくのが僕の人生なんだ。
少し人生の分岐点に場面にぶち当たっても、ずっと同じ道を辿るのが僕なんだ。
冷たく湿った夜風が、僕の肌に触れる。
僕は異常性を持っている。この世に有る弱さを寄せ集めにした人間が僕なのでは。
そう疑いたくなってくる。
今日、朝に出会ったあの男はどうしているのだろうか。
大罪人の息子として生まれて、どんな人生を送って来たのだろう。僕より辛い人生を送って来たのかもしれない。
僕は、この世界の中に生まれた何億人中の一人だ。
特別でも異常でもない。僕より特別な人間はいる。
主人公になり得る存在が。多く、存在している。
僕はふと周りを見てみる。中庭を抜け出して、屋敷の敷地内に出ていたようだ。
この闇夜に消え去りたい。
この闇夜なら、誰に気付かれることなく、消え去ることが出来るだろう。
そんな時、僕の腕を掴む影が現れる。
しかし、その掴む手を振り払うことが出来ず、影の中に引きずり込まれる。
ここで抵抗しても、意味が無いのは分かっている。
だけど、口は開いている。
「やめろッ! 離せよクソがッ!」
惨めだ。
無能だ。
異常だ。
特殊だ。
そんなこと分かってる。抵抗出来ていないのに、必死に抵抗しているのが物語っている。
さっきまで人生を諦めかけていたのに、いざとなると怖くて必死にもがく。
「助……け、て」
僕と言う存在は、闇夜に紛れるように陰に吸い込まれた。
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