第2章 白い洋館(3)

居間を小走りに横切ると、少しだけ開いている茶褐色の重そうなドアを押し開いてみた。出てみるとそこは玄関ホールへと続いている廊下で、目の前には二階へ上っていく階段が見えた。右に行けば玄関ホールで、左へ行くと幾つかの部屋があるようだった。さっとホールを見渡したが、マリの姿は見当たらなかった。代わりにホールの側に、背の高い振り子時計がすっと立っていた。牧は廊下の左側の部屋をのぞき込みながら歩いた。


まず最初の部屋は階段の裏手にある部屋で、そこは浴室になっていた。白いタイルが壁に貼られ、西洋風の浴槽と銀色の蛇口があるだけの質素なものだった。その隣にはトイレがあり、更に次の部屋に行くとそこはキッチンだった。磨きあげられた鉄製の大きな鍋や、古めかしい石で造られたオーブン。棚のところどころには様々な調味料の小瓶が置いてある。窓際の棚からは何かの薬草なのか、蔓状の草が何本もつりさがっていた。大きなお玉などを眺めながら牧は呟いた。


「まるで魔法使いの部屋みたいね。その大きな鍋でいったい何を煮るのかしら」

牧はひょいと肩をすくめると、次の部屋へと歩いて行った。


キッチンを出ると、今度は廊下の左右に一つずつ部屋があって、一つの部屋は青色を基調とした部屋で、もう一つの部屋は淡いピンク色でまとめあげられていた。どちらの部屋にも天蓋つきの豪華なベッドがあったが、青の部屋の天蓋の柱にはドラゴンや騎士といった伝承や神話にみられる図柄の彫刻が施されていた。その他にも部屋の中には中世の世界地図や、銀製の双眼鏡に高そうなコンパス。壁の上にはサーベルなども飾られていた。机の上には、何かの資料なのか、本という本が乱雑に積み重なっている。


さっきの物音の正体は、この本かと思ったが、落ちている本もないところをみると、ここではないようだった。部屋はまるで冒険家の部屋のようで、発見した財宝のかけらぐらい落ちていてもよさそうな雰囲気だった。牧はベッドの下ものぞいてみた。もしや、ベッドの下にマリが隠れているのではないかと思ったのだが、そこにあったのは手で抱えられるくらいの木製の宝箱だった。


牧は一瞬胸が躍った。牧の脳裏にマリの姿が浮かんだが、この中に金銀財宝がつまっているんだわと思うと思わず手を伸ばし、箱の蓋を開けようとした。だが、箱は開かなかった。よく見ると、蓋のところに鍵穴があり、しっかりと鍵がかかっているようだった。牧はとてもがっかりしたが、ここでぐずぐずしているわけにもいかないので、そのままピンク色の部屋へと移動した。


この部屋は壁紙もピンクなら、天蓋から垂れ下がっているカーテンもピンク色だった。部屋の真ん中には白い丸テーブルがあり、その上には淡いピンクのバラが白い花瓶に生けられていた。青の部屋とは対照的に明らかに女性の部屋のようだった。


部屋の隅には物書き用の木製の机が置いてあって、そこだけが別世界のように質素な佇まいとなっていた。机の上には何冊かの本がきちんと並べてあったが、その並びの隅に黒い布が置いてあった。その黒い布の下には何があるのだろうか。牧の好奇心が頭をもたげ、ちょっと見るくらいならいいかと、そっとその布をとってみた。するとその下からは大きな水晶玉が姿を現した。まったく曇りのない透き通った水晶玉に、牧は息を呑んだ。


試しに水晶玉の中をのぞき込んでみたが、下の机の木目がくっきりと見えるだけで他には何も見えなかった。牧は何かもっと不思議なものが見えるのではないかと期待したが、結局そんなものは見えないと分かると、つまらなそうな表情をうかべて黒い布を元のようにかぶせて机から離れた。


この部屋でも牧はベッドの下を念のためのぞいてみた。見るとそこには木でできたほうきが一本置いてあった。牧は目をぱちくりさせた。

「ここの部屋の人は、魔法使いにでもなろうとしていたのかしら」

牧はそんな言葉を呟くと、さっき見たキッチンを思い出して、本当にそうかもしれないと妙に納得してしまった。

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