第2章 白い洋館(2)

屋根だけが青色で、つんとすました三角屋根が三つ並んでいる。屋根の上にはすらりと伸びた煙突が家の左右に一つずつのっかっていて、それはまるで城の塔のようにも見えた。アーチ型の窓が小さく並び、家の中央の一階には、テラスに出るための、ガラス張りの大きな両開きの扉があり、今は外に向かって開け放たれていた。

 

牧は思わず感嘆のため息をもらした。林の先にこんな素敵な洋館があるなんて。きっと誰も知らないに違いない。彼女はまじまじと、その白い洋館を見つめながら、そう思った。何しろあんな繁みを誰が突っ切って来ようなんて思うだろうか、よほどの用がない限りそんなことはしないだろう。

 

そこまで考えた時、彼女は自分の用を思い出した。ふと見渡すと、家の側に紛れもないマリの姿があった。マリは熱心にくんくん匂いを嗅ぎまわっているようだったが、途中で顔をあげ、牧の姿を見つけると、一目散に逃げ出した。捕まってなるものかと、マリは嬉しそうに、駆けずり回ると、牧は躍起になって、追い駆け回した。そして、あともうひと息といったところで、牧はマリのリードをつかみ損ね、マリはまだまだ捕まりたくないと思ったのか、開いているガラス張りの扉の奥へと逃げ込んでしまった。マリを追いかけまわして赤く上気した牧の顔は、たちまちにして青くなった。


なんとことをしてくれたのだろう。牧は怒鳴りたい気持ちでいっぱいだったが、その感情を必死にこらえると、自分がこの後どう振る舞ったらよいかを冷静に考えようとした。他人の庭先に勝手に入り込み、その上家の中まで上がり込んでしまうなんて、しかもこんな素敵な洋館にと、そこまで考えると、いても立ってもいられない心境で、良い考えなどとても浮かんできそうもなかった。牧は、とにかくこの家の人に謝らなければならないと思い、意を決してテラスにあるガラス張りの扉まで行くと、大きな声で「すみません」と、叫んだ。家の中は、しーんと静まり返ったままで、何の返事も返ってはこなかった。おやっと思った牧は、部屋の中をのぞき込んでみた。


その部屋は居間のようだった。天井からは豪華なシャンデリアがつり下がり、部屋の真ん中には優美な丸テーブルとゆったりとくつろげそうなバラ模様のソファが置いてあった。今しがたまで誰かいたのか、テーブルの上には飲みかけの紅茶とかわいらしいポットがのっかっていた。更に部屋の奥には、古めかしい暖炉が置かれ、その上にはよく磨きあげられた丸い鏡が飾られていた。どっしりとした調度品や家具を見るにつけ、牧はますます声をあげるのがはばかられた。それでも勇気を奮い起こして、もう一度だけ声をかけてみた。

「すみません!」

さっきよりも大きな声だったが、家の中は静まり返ったままだった。牧はもう少しだけ頭を部屋の中へと入れると、耳をそばだてた。すると遠くの方で、

「カツカツ、カツカツ」

と、何かが床に当たる音がしてきた。その音は牧にとっては、よく聞きなれた音だった。あれはきっと、マリの足の爪が床にぶつかって鳴っている音に違いない。彼女が思った次の瞬間、

「ガラガラッ、バタッバタッ」

どこかで何かが崩れ落ちるような、そんな音が聞こえてきた。マリがいろんな物を口にくわえ、それをそのまま引きずっていくうちに、関係ない物まで落としていってしまう様はすぐに想像できた。こんなところで、物を落としたら、それはきっととてつもなく高価な花瓶だったり、グラスだったりするかもしれない。その考えがよぎると、牧はとっさに部屋の中へと駆け込んだ。今この家が本当に留守だとするなら、マリの行動を止められるのは、自分しかいない。

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