第1章 プロローグ (3)

『ウーッ、ウォンウォン』

牧の耳にマリの嬉しそうな声が響いた。はっと気がついて目を開くと、ごろごろと転がって行くボールを負けじと追うマリの姿が林の奥の茂みへと消えて行くのが見えた。

「マリッ」

牧は怒ったように叫んだが、マリが戻ってくる気配は一向になかった。ああ、なんてことだろう。これでは早く家に帰るどころか、とっぷりと日が暮れるまでの大仕事になってしまう。しかしここで、この事態を悲劇的にとらえている暇もないことも分かっていた。マリは、とてもすばしっこかったし、何よりも好奇心旺盛ときている。行きたいところにはどこであろうと行ってしまうに違いない。今すぐ捕まえなれば林の奥まで行ってしまうだろう。


その時、頭上から烏の鳴き声が聞こえてきた。うら寂しげなその声は、林の木陰を物憂いものへと変えていくような気がした。辺りでざわめく葉ずれの音は、少なからず牧の心にひんやりとした恐怖を与えた。牧は背の高い木々を見上げると、身震いした。できることなら、林の奥へは行きたくないと思ったが、ついにあきらめ、のろのろと繁みへと視線を戻すと、ゆっくりとした歩調で林の奥の繁みへと近づいて行った。

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