第29話港町チャイオ②


「アキヒトさん! 一人で行くなんて無茶苦茶だ!」


 セオドアは手漕ぎボートに乗って一人でシーサーパントのところに行こうとするアキヒトを止める。


「がっはっは! シーサーパントなんざぁ俺一人で十分だぜぇ! まぁおめぇらはここで見てろって」


 アキヒトは余裕綽綽といった態度で受け答え、さっさとボートを漕いで行ってしまった。 

 シーサーパントはアキヒトの小船を発見するやいなや、一飲みにしようと大きな口を開けて襲い掛かる。


「そんな……旦那ー!」


 ファルナがそう叫んだ瞬間、バリッと稲妻が走ったかのようにアキヒトの姿が消え、かま首を持ち上げていたシーサーパントの頭から上が一瞬で消滅した。

 あまりの光景にファルナ達はおろかそれを見ていたエストの民も何が起こったのか理解できていない。


「え!? だ、旦那!?」


 アキヒトは恐ろしい速度でシーサーパントの頭を首から焼き切っており、残った体は首から蒸気が発っせられているが血は吹き出ていない。あまりの高温で傷口が溶けているようだ。そのまま立ち尽くしていたかと思えば、気付いたかのようにゆっくりと崩れ落ちていった。


「ルーネス様見ましたか? あれは一体……」

「あぁ。見えてはいないけどな。これほどとは……」


 遠巻きに見ていたルーネスとスタイナー他エストの民達も驚いて目を見開いている。


「旦那! ありがとう! 凄すぎてあたしびっくりしちゃった!」

「がっはっは! ほんとはあんまり人間のいざこざに手を出しちゃいけねぇんだけどよ。まぁ魔物一匹くれぇなら別にかまわねぇよな? アール?」

「ファルナ死ヌ。サンドイッチ無イ。困ル」

「もう! アールはあたしを家政婦か何かだと思ってるでしょ!」

「がっはっは! 違ぇねぇ!」

「旦那まで! 否定しなさいよー!」

「がっはっは、おっと。お客さんだぜ――」


 アキヒト達が談笑しているところへ様子を伺っていたエストの民達がやってきた。


「いやはや、面白い見ものでしたよ。私はスタイナーと言います。こっちはエストの守護船の艦長でルーネス様です」

「あの戦い……あんた、もしかしてアニマの守人か?」


 ルーネスはアキヒトの戦闘を見てすぐ気付いたようだ。


「お! よく分かったじゃねぇか。流石はエストの守護船を任されてるだけあって情報に聡いな」

「あぁ実際にお目にかかるのは初めてだが、言い伝えと一緒だったのでな。それで何故こんな辺鄙なところに伝説の守人様がいらっしゃるんだ? 観光というわけでもあるまい?」

「そりゃおめぇ達こそなんでこんなところをうろついてんだよ。まぁ目的は一緒のような気がするがな。がっはっは!」


 アキヒトにそう言われ、ルーネスとスタイナーは少し驚いて顔を見合わせた。エストの守護船が世界の情勢を調査・監視していることを知る者はそんなに多く無い。


「流石は守人といったところですか。そうですね……ここではなんですからどこかでお話しませんか?」

「あぁいいぜ。おれもそうしたいと思ってたところだ。ファルナぁちょっとポートハウスを借りるぜぇ」

「え? あ、どうぞどうぞ」


 スタイナーに促され移動することになった一同は、港に設置されている大きめのポートハウスに移った。ここは普段コリエンテス商会が打ち合わせや人材派遣などで使用している事務所兼休憩所で、中には会議室のようなものもある。


「あ、じゃああたしはお茶でも持ってくるね!」


 ファルナはそう言ってお茶を用意しに会議室を出ていき、アキヒト達とエストの民はそこにある椅子にそれぞれ座った。


「ルーネスと言ったか? おらぁアキヒト、こっちは相棒のアールと言うんだがな。さっそくだがおめぇ達はここからどこに行こうとしてるんだ?」


 担当直入に目的を聞かれたルーネスだが、特に表情を変えることもなく少し間を置いてから口を開いた。


「アキ……ヒトか。なるほど。アールは……相棒と呼んでいるがそんな姿でもアニマの守護神なのだろう?」

「良く知ってんじゃねぇか。おめぇ達は昔っから謎の多い種族だが、よくもまぁおれらみてぇなモノのことまで詳しく調べあげてるもんだなぁ」

「調べたわけじゃないが、俺達にも太古より受け継いでいる高度な文明機器とそれについての伝承があってな。あの守護船も代々受け継いできているものだ。それで、俺達の目的と言うのは……あんたの察しの通りレムリア大陸の動乱についてだ」


 アヒキトは、やはりと言った顔でニヤリと笑った。


「ちょうどいい。おれもそこに行きてぇんだ」

「船。我々乗ル」


 ちょうどそこへお茶を用意したファルナが戻ってきた。


「はいお待たせ~。みんなメリタジャのお茶でいいよね?」

「あぁ、ファルナの茶ぁはうめぇからな! さんきゅー」


 皆にお茶を配ったファルナは同じように席に着く。


「あれ? なんだおめぇ内緒話を聞きてぇってのか?」

「いいじゃーん! あたしだって冒険のひとつやふたつしてみたいし!」

「こりゃあ冒険ってわけでもねぇんだがなぁ……」

「だって旦那がいつも正義の大冒険って言ってたじゃないか!」

「う~ん。おらぁ別に言ってもだいじょうぶだけどルーネス達はどうなんだ?」


 好奇心丸出しで目をキラキラとさせているファルナを見て溜息をついたスタイナーが口を開く。


「どうせレムリア大陸に行くための船の手配をそちらに頼んでいたのでしょう? 私は隠す意味もないと思いますがね」

「そうだな。俺達はレムリア大陸での動乱を調べる為にここに寄ったんだ。それで守人様も乗せてって欲しいという話だ」

「さっきも言ってたけどその守人様って何なのぉ? 旦那のこと?」


 ファルナに聞かれたルーネスはチラッとアキヒトの方を見る。


「ん? あぁ、おれのことだ。なんつーの? 正義の味方ってやつ? がっはっは!」

「また笑って誤魔化すー! なんでエストの民まで旦那のこと知ってるのよー! 何か隠してるでしょ!」


 ファルナははぐらかされてることに拗ねてアキヒトを睨みつける。


「がっはっは! 別に隠してるわけじゃねぇんだがな。人間におれらのこと説明すんのはちょっとめんどくせぇんだよ」

「アニマの守人というのは世界の秩序を守る番人と言われています。秩序というのは人間同士の争いというわけではなく、もっと大きな……そう、星全体の安息と安寧を謳う女神の意思を汲んで行動していると言われていますね。その守人が今回のレムリア大陸の動乱に興味を示していることは私も不思議なのですが……」


 アキヒトに代わってスタイナーが補足をする。


「え!? 旦那ってそんなに凄い人なの!? 只者じゃないと思ってたけど……アニマの女神ってあの伝説の空飛ぶ神殿のでしょ!? なんでそんな人があたしんとこに船の手配を依頼してるのよ!」


 ファルナに詰め寄られて少し及び腰のアキヒトはアールのほうを見た。


「裁定者ノ使命」


 アールはドヤ顔で一言いう。


「もうっ! アールはそれと「ご飯まだか」しか言わないじゃない! もういいわよ」

「がっはっは! まぁそう拗ねんな。レムリア大陸の動乱なんだがな。おめぇ達エストの民も気になってると思うから言うけどよ。簡単に言うと……ありゃ人間の仕業じゃねぇ」


 アキヒトがそう言った瞬間、ピリッとした空気が辺りを覆った。


「ど、どういうことだ!? 守人は何か掴んでいるのか!?」


 常に平然としていたルーネスが思わず戸惑い問いかける。


「あぁ。間違いねぇ。あれは人ならざるモノの影が見える。だからおれ達が出向いてきたってわけよ」

「人ならざるモノですか!? それは一体……!?」


 スタイナーもアキヒトの発言に驚きを隠せない。

 すると突然外が騒がしくなって、こちらに走ってくる足音が聞こえた。


「お嬢大変だ! 海から! 海から大量の船が来たー!」


 セオドアが確認もせずドアを開けて飛び込んでくる。


「え? どういうこと? 大量の船って?」


 セオドアは良く分からないといった顔のファルナを引っ張りだすようにポートハウスの屋上にある監視所に連れて行く。

 アキヒト達もそれに伴ってついていく。


「あれは何? 船!? ……旦那?」


 ファルナはうろたえながらアキヒトを見る。


「来たか。まさか……もうレムリア大陸を制圧したのか?」


 水平線に並んだそれは100艘を超える戦船いくさぶねの集団であった。

 まだ遠くに見えていることが幸いした。


「ファルナ! 急いで港町の人達を避難させろ! ありゃベルキニアの亜人軍団だ! 戦える奴は武器をもって備えろ! おいルーネス! おめぇらも戦えるんだろ? まさか見捨てて逃げるってこたぁねぇよな!?」


 水平線を凝視していたルーネスは、エストの民に素早く戦艦へ戻るよう指示していた。


「あぁ、いつもなら戦闘に参加することはないのだがな。アニマの守人にそう言われたらやるしかあるまい。ただし、我々は海上で各個撃破するくらいしか出来んぞ?」


 ベルキニアの船はどれも大型のガレオン船で、普段ならば太古の兵器であるエストの守護船の敵ではない。しかし今回はあまりにも数が多すぎる上に、港に接近してきているため上陸前に全てを撃沈させるのは不可能だ。


「上陸してきた奴らはおれ達に任せろ! けど、ありゃちょっと数が多すぎるなぁ! アールどうだ!?」


 アキヒトはアールを抱えて見えやすい高さまで持ち上げた。


「現高21……a²+63712=(6371+0.021)²……距離17.35キロ」

「全帆船。速度6……到達時間2~3時間」

「生体反応識別……ゴブリン8000オーク2000トロル100識別不能3」


 アールは瞬時に敵の情報を割り出す。


「ちょっと数が多すぎんなぁ! おらぁタイマン特化みてぇなもんだからああいう雑魚盛り沢山ってのは苦手なんだよな。これじゃあこっちにかなりの被害が出ちまう……。アール! こっちの大陸なら転送が使えるだろ! あいつらを連れてこれねぇか?」


 アキヒトはハッと閃いたようでアールに問いかける。


「可能。検索……居タ。レトロス」

「よっしゃ! ちょっと急いで行ってきてくれ! 早くても上陸は2時間だったな? それまでに戻ってこいよ!」

「ラジャ」


 アールはそう言い、ザザザと揺れ動くようにボヤけて姿が消え、レトロスの街へ転移していった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る