第28話港町チャイオ

 

 港町チャイオ。

 小さいながらも船による交易で発展したロマンシア王国の南東端に位置する町。

 レトロスの街から東に行ったウェルデネス山脈を抜けた先にあり、今であれ交易路として確立されたネーヴェ渓谷を通れば、人の足で2日ほどで到着する。

 人口はおおよそ500人ほどで、人々は海での漁や海路を使った交易で糧を得て、贅沢ではないが不自由のない生活をしている。


 ファルナ・コリエンテスはそんな港町で生まれ16年間暮らしてきていた。


 朝は早く、太陽が昇る前にまず港を見に行く。ファルナの仕事は港に来た船への補給物資の買い付けや人員の仲介などをする何でも屋だ。

 両親は幼い頃に亡くしていて、父方の祖父によって男勝りに育てられ、コリエンテス商会の二代目として港町の仕事のイロハを徹底的に教え込まれていた。

 小さな港町だが船の出入りは比較的多い。なぜならここは海を挟んだレムリア大陸の国々との交易の玄関口となっており、外国からの貿易船が多いのだ。

 しかし、隣国であるベルキニア公国が周辺諸国を巻き込んで戦争を始めたと言うので、レムリア大陸からの船が全くこなくなり、最近のチャイオでは閑古鳥が鳴いている。

 

「旦那ー! 朝ごはんですよー!」


 ファルナは今、変わった格好をした中年の男とその相棒の白い毛むくじゃらの幻獣の世話をしている。 


「おう……? 分かった。すぐ行くぜぇ~」


 コリエンテス商会では宿屋も営んでいるが、今は宿泊客はこの二人しかいない。


「我、魚嫌イ」

「アールはそう言うだろうと思って野菜のサンドイッチにしたよ! アキヒトの旦那は魚が好きだからそのサンドイッチね」


 アキヒトとアールは、ここからレムリア大陸へ向かう船の手配をファルナのところに依頼している。

 しかし、少し前ベルキニア公国で動乱が起こったせいで、チャイオから出港する船を見つけることは難しいようだ。


「おい、アール。まだ転送は使えないのか?」

「無理。妨害サレテイル。船デ行ク」


 この二人はたまによく分からない会話をするが、アキヒトの冒険話を聞くのがファルナは好きだった。港町に生まれ育ったわりにはこの町から外に出たことがないファルナは、そういった外の世界に憧れを抱いており、いつかは自分の目でその世界を冒険したいと心の内に秘めていた。

 

「やっぱり、船は無理みたいです。貿易船は北や南には行くのに東のレムリア大陸に行くっていう船は全然ないんです。知り合いの漁師を当たれば何とかなるかと思ったんだけど、みんな嫌がって話も聞いてくれないんです」

「あぁ。まぁそりゃしょうがねぇよなぁ。向こうは戦争やってんだから、それを分かって行こうとする物好きは居ねぇわな」


 ファルナはそんな大陸に行こうとしているこの二人が気になってしょうがない。聞けば「裁定者ノ使命」とアールは言うが、アキヒトの正義の味方の大冒険と言う言葉に強く惹かれる。


 ふと入り江を見ると見たこともない船がこちらに向かってきていた。


「あれ? なんだろうあの灰色の船? 帆が無い……? この辺りじゃ見たことない」

「おっ! 珍しいぜ! ありゃエストの民の戦艦だ! こりゃ運が巡ってきたかもな!」

「エストの民ならたまに来ることもあるけど、あんな立派な船は初めて見るよ?」

「あぁ、あれは奴らの守護船だ。おれも見るのは初めてだ。……こりゃ何かあるな」


 エストの民とは、いにしえより海に生きる一族で、領土を持っていない代わりに、その卓越した航海技術により世界の海を自由に行き来し、色々な国と交易をしている。それだけで一つの国としての力を持っている種族だ。元々は人間であり見た目も変わらないが、その耳の裏にはエラがあり、水中でも呼吸が出来るという。


「最近は貿易船もパッタリ来なくなってたからこれは商売のチャンスだね! ちょっと行って来る!」


 エストの民の戦艦という灰色のそれは、こちらの世界のどの船にも似ても似つかない異形の姿をしている。まず船の要ともいえる帆が付いていない。推進力は魔力をエネルギーとしたジェット噴射式のエンジンを使っており、その船体は石とも金属とも言えない未知の物質で構成されている。

 船から桟橋に伸びてきた可動橋の上を、上等な戦服を着た浅黒い肌をした銀髪の青年と船員と思われる男達が降りてくる。


「こんにちは!」


 ファルナは一番乗りでその桟橋までやってきた。


「なんだお前は? 出迎えは頼んでないぞ?」


 銀髪の青年は、桟橋に降りてきた集団を待ち構えていたファルナを見てそう言った。


「補給ですか!? それとも何か買い付け!? うちに任せて下さいよ! この港で誠心誠意安くて良い品を揃える事を出来るのはコリエンテス商会しか居ません!」


「ルーネス様、チャイオでは人手不足なのでしょうか。こんな子供が補給の仲介をしているなんて」


 ルーネスの隣に付き従っていた男はファルナのことを子供のおつかいかのように思ったのかそう言った。


「まぁいいスタイナー。チャイオは小さな港町だ。ここくらいしか仲介はしてないんだろう。話を聞いてやれ」


 エストの民の戦艦長ルーネスは、会計係のスタイナーにそう告げた。


「そうですね。コリエンテスといえば一応この町随一の商会ですからね。では細かい物資の詳細は――」

「後は私が承ります。補給ということで良いのですよね?」


 コリエンテス商会の番頭であるセオドアがそう言いスタイナーと一緒に倉庫のほうに歩いていく。


「それで、ルーネスさんはここに補給だけしに来たんですか? これからどこに行くんですか?」


 ファルナはどこか掴みどころが無い銀髪の青年にそう尋ねた。


「それはまだ決まっていない」

「え? だってどこか行くから補給しにきたんですよね? それにあの船はエストの民の守護船ですよね? 凄い珍しいものって聞きましたよ!」


 ルーネスはこんな田舎の港町の少女から守護船という言葉が出てくるとは思わなかったのか少し驚いたような顔をした。


「お前、よく知ってるな? どこでそれを?」

「えっへへ~。どこに行くのか言わないならあたしも教えない!」

「ふむ。ま、いいか」


 ルーネスはそこまで興味もないかのようにファルナを軽くあしらう。ちょっと面白くないファルナは下からジッと睨みつけた。


 暫くするとセオドアとスタイナーが戻ってきた。


「ファルナ、でしたっけ? 貴方のところはファルロスという男がかしらだったと思うのですが、彼はどうしたのですか?」

「あぁ! じいちゃんを知ってるんだ!? 引退したわけじゃないんだけど、今はあたしがほとんど仕切ってるんだよ」

「その若さでそれは大したものですね」

「それよりスタイナーさん! エストの民の守護船はこれからどこに行こうとしてるの? 商売をしにこんな田舎まで来たわけじゃないよね?」


 スタイナーは少し面食らったような表情をし、ちらっとルーネスのほうを見たが、どこに行ったのかルーネスの姿はもうそこにはなかった。


「そうですね……。私達は海を生きる民というのはご存知ですよね? 守護船はその中でも特殊な立場にあるのです。簡単に言うと監視や調査が主な任務です。なので、どこに行くというよりも、どこに何があってどんな状況なのかを調べることが私達の使命ですね」

「ふ~ん? まぁそれならどこに行くかも決まってないと言えば決まってないのかな~?」


 すると港の方から慌しく走ってくる男が見える。


「エミリオ! どうしたの? その血は!?」


 エミリオと呼ばれたその男は腕から血を流しており、息も絶え絶えでなんとかたどり着いたといった感じであった。


「お嬢! シーサーペントが出た! 漁師の船が一艘沈められた!」


「セオドア! 武器を用意して皆を集めて!」

 

 ファルナは大きな声で指示をし、急いで宿場に走っていき数人の若い衆を連れて現場に直行した。

 シーサーペントとは海の魔物で、大きな海蛇のような姿をしている。主に遠洋に出没するもので、貿易船や猟師達がもっとも恐れる怪物であった。


「何故こんな近海にシーサーペントが? ルーネス様、どうしますか?」


 スタイナーはいつのまにか隣に居たルーネスに問い掛ける。


「ふむ。貿易船が減って獲物が居なくなったからか、猟師達が多いこの近海にきたのかもしれんな」

「助けますか?」

「まぁ大丈夫だ。俺達が手を貸すまでもない。それよりも面白いものが見れるかも知れんぞ」


 ルーネスは何かに気づいたのかスタイナー他船員達に手を出すなと指示をしている。


「でかい! シーサーペントってあんなに大きな魔物なの!?」

「お嬢! あれは無茶だ! 近づくだけで船を沈められちまう!」

「でも、猟師達を見捨てるわけにはいかないだろ!? そうこうしているうちにみんな食べられちゃう!」


 すると突然、双方の間にテンガロンハットを被って妙な格好をした男がどこからともなく舞い降りてきた。


「ファルナだいじょうぶかぁ? どうやら港のピンチみてぇじゃねぇか」

「だ、旦那!?」


 アキヒトは朝ご飯を食べてから、何をするでもなく港でのやり取りを傍観していたのであった。


 

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