第27話レムリア大陸の動乱

 

 結局、カインはシルチーを捉えることが出来ず、一方的にからかわれているようだ。

 タイマンの殴り合いという限定的な状況の中であれば、シルチーのズンドコ魔法はなんだかんだ無敵だと思う。おまけに無駄に体力もあるので魔力切れを狙ったりもできず、永遠とおちょくられなければならないという地獄をみる。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。し、師匠…あいつを、あのクソガキを倒す方法を教えてください!」


 せっかく新しい格闘術を見につけたカインであったが、当たらなければどうということはない。ついに観念したようで俺に助けを求めてきた。


「あれなぁ。俺もあの謎の魔法はどうしたらいいかわからないんだよなぁ。俺があいつの居場所が分かるのは、詳しくは言えないが、生まれつきの特性みたいなものがあるんだよ」


 特殊戦闘強化服バトルスーツのことは何となく隠しておく。


「そ、そうなんですか!? く、くそー!せっかく強くなったと思ったが、これじゃ意味がないっ!」


 カインはそれはもう悔しそうに地面を殴った。

 それにしてもこいつの鬼気迫るような必死さは何なんだろう。


「なんでまたそこまで必死に強くならないといけないんだ? カインは一般レベルで見たら十分強いと思うぞ」


 まるで早く強くならないと明日には世界が終わってしまうかのような追い詰められ様だ。


「ふぅむ。サトシ君達には言ってもいいかのう。どのみちそのうち明るみになってくることじゃしな」


 爺さんが何やら含むような言い方でこちらに語りかけてきた。カインは何か悲痛な思いを噛み締めるかのように視線を落とす。


「えー!? セルシーって王子様だったのー! ブタなのにー!」

「ぶひ。拙者はブタでもあり王子でもありシルチーちゃんの下僕でもあるでござる!コプゥ」


 シルチー達も話に混ざってきた。

 どうやらこの三人は隣のレムリア大陸のベルキニア公国というところから退避してきたらしい。

 爺さんは魔法省とかいう組織のトップだったのか。どうりで色々物知りなわけだ。物知りといえばアキヒトとアールのことを聞くのを忘れていた、


「え! ベルキニア公国が周辺諸国を属国にしてベルキニア帝国になったのですか!? 平和な大陸だったのに何でまた?」


 プルティアもレムリア大陸での動乱には驚いているようだ。


「豹変したセルシオンの父親と亜人の軍?」

「そうじゃ。あの方は以前の優しいセルシオン様の父親とは似ても似つかない全くの別物になってしまわれた」


 セルシオンの父であるゼンダーは以前は仁君として高名であり、それはもう沢山の人々から好かれていたということだった。


「そ、それは、ゼンダー様が何者かに操られているということですか?」

「うむ。その線が濃厚じゃと思うんだがのう。しかし、証拠もないし調べるすべもないから何とも言えんのじゃ」

「いきなり別人のようになったのなら確実にそういうことなんだろうな。でも、亜人の軍というのはどういうことなんだ? そんな魔物みたいな奴らを軍のように動かすことは可能なのか?」


 ごぶりんやおーくとか言う好戦的で野蛮な種族を束ねて軍にしているというが、そいつらも全員操っているのであろうか。


「その亜人の軍というのはあちらの連絡係からの情報で、わしも実際に見てはいないから正確には分からんのじゃが、しかし普通に考えれば不可能じゃ。わしも随分と長いこと生きておるが、そんな大人数を操って動かすといった術は聞いたことがない」


 謎の軍隊も気になるが、それよりこの爺さんは何歳なんだろう。人間なんだろうか。そういうのって普通に聞いていいものなのだろうか。こっちの世界のことはさっぱりだからへんな地雷とか踏みたくはない。


「ふ~ん。それより、じいちゃんって何歳なの? 人間?」


 この無神経娘がたまに羨ましく感じることがある。


「ホッホッホ。人間じゃよ。歳はそうじゃなぁ。正確には覚えてないが、千年は生きとるかのう」

「「千年!?」」


 三人同時に驚いて顔を見合わせる。


「なんだよそれ!? こっちの人間ってそんなに長生きするのか?」


 まぁエルフとか長寿の種族もいるから不思議ではないが。


「い、いえ、人間の寿命は60~80年ほどと言われています。もしかするとジルベスター様は仙人なのでは?」

「せんにん? なんだそれ?」

「ホッホ。プルティアさんはよく知っておる。いかにも、わしは仙人化した人間じゃ。幾多の修行を乗り越えて精霊界と契約を結んでいてのう。身も心も悠久の時の中にあるんじゃよ。どちらかといえばそちらのシルチーナさんと近い存在かもしれぬ」

「へぇ~。わたしと一緒なのかー! どうせなら若い姿で仙人になればよかったのにねー!」


 失礼なことを言っているが、自分の存在に近いと言われてシルチーは少し嬉しそうだ。


「ホッホッホ。わしが悟りを開いたのは爺さんになってからじゃからな。これ以上年をとることもないが若くなることも出来ないのじゃよ」


 なんとも不思議な世界だが、最初に出会ったのが変な妖精なのでそういうこともあるのだと納得してしまう。


「こ、こうしてるあいだにもベルキニアの人民達は……」


 悲痛な面持ちだったカインが口を開く。


「カインが焦ってた訳はこういうことだったのか。でも一応そのベルキニアって国は帝国になっただけで、その国民は無事なんだろう? まぁ周辺諸国は大変だと思うけどな」


 亜人の軍を使って侵略したのなら、どちらかといえば国民には被害はないような気もする。


「い、いや師匠違うのです! 人民達は皆、酷な労働を虐げられているんです! それは魔力を限界まで搾取され更に無理やり回復させて死ぬまで搾り取られていると聞きました」

「魔力を? なんでまた魔力を? というか魔力を搾取とかできるのか?」

「うむ。魔力は動植物や魔物も作り出しているんじゃがのう。やはり人間……それも魔道師などに特化した者に比べると少ないんじゃ。帝国ではそういったものに人間を無理やり仕立てあげて魔力を搾り取っているようなんじゃ。わしも魔力を貯蔵するといったすべはあまり知らないのじゃが、太古の技術にはそれがあるという。そういった技術を持った者が裏で糸を引いていると考えられるな」


 魔力を欲してる者が居るということか。

 ん……?

 何か同じようなことを言っていた奴が居たような……。


「プルティア? そういえばアキヒトが何か言ってなかったっけ?」


 俺が問いかけるとプルティアもハッと思い出したかのようにこちらを見る。


「言ってました! 世界にもっと魔力を充満させたい奴らが居るって! そういう奴らが流離う者ヴァガボンドを送り込んできてるんだって言ってました!」

「な、なんと!? それはどういうことなんじゃ!?」


 俺は爺さんにアキヒトとアールに会ったことを詳しく話した。

 

流離う者ヴァガボンドを滅ぼす者じゃと!? そ、それは本当か!?」

「あぁ、確かにそう言ってたな。それにあいつは得体の知れない力を持っていた。流離う者ヴァガボンドてのがどれほどの強さなのか知らないが、少なくとも俺と同等以上の強さはあっただろうな」

「ううむ。なるほど……。もしかするとそれはアニマの守人もりびとかもしれぬ……」

「あ、アニマと言うとあのアニマの翼ですか!?」

「あぁそうじゃ。間違いない。流離う者ヴァガボンドを倒すことのできる者はアニマの守人もりびとしかおらぬ……」


 アニマの翼と言うと、あの天空に浮かんでいるという神殿か。


「なるほど……。アニマの守人もりびとが言っていたということなら間違いない。と言うならば、闇に生きるモノとの関係は……。今回のレムリアで起こった事には流離う者ヴァガボンドを遣わす者の影が……?」


 爺さんは何か分かったのか一人でぶつぶつ言いながら考え込みだした。


「お、おい? 爺さん大丈夫か? 何か分かったのか?」


 爺さんは周りが目に入らないほど真剣な表情で考え込んでいる。


「あ、あぁ。これは……。わしが長年考えていた世界の謎というか闇というか……。今まで曖昧でよく分からなかった事が色々とつじつまが合ってきたような気がするんじゃ」


 それから一呼吸を置いて爺さんはゆっくりと語りだした。


「まず、この世界には太古から人知が及ばぬ力を持ったものが三つある。一つは闇の深淵に住むと言われる闇に生きるモノじゃ。これはそのアニマの守人もりびとの話を聞いて確信したのじゃが、マコウリュウや他の強力な厄災のモンスターを使って地上の魔力濃度を調整しているモノ達じゃ。やつらは遥か昔魔力が生まれたときに順応できなかったモノの成れ果てと言われている。魔力の濃い地上に再び戻るためなのか分からんが、長い年月をかけてその魔力を調整しているように思う。ただ、完全に魔力を吸い尽くすのではなく、あくまで調整するだけのようじゃ。二つ目はそれと対立する流離う者ヴァガボンドを遣わす者。これはただ厄災のモンスターを駆逐するだけなのかと思われていたが、守人もりびとの話を考えると、この世界に魔力が満ち溢れることを望んでいるのだと思う。その魔力が何の為に必要なのかは分からんのじゃが、この者達が一番魔力に対して固執しているようにも感じる。三つ目は、アニマの女神とその守人もりびとじゃ。アニマの翼は遥か昔から存在し、何者も近づくことさえできないと言われている。星の安寧を謳う女神は平和の象徴とされているが、その実態は誰にも分からん。ただ昔から、流離う者ヴァガボンドが出現したところにその守人もりびとも現れ、激しい戦いの末に打ち滅ぼしていったと聞く。それぞれの存在理由や目的は未だに分からんのじゃが、今回のレムリア大陸での異変もこの勢力のどれかが、いや全てかもしれぬが、関っているような気がするんじゃ……」


 太古の力を持った三つ巴。それらの謎を解き明かすことでこの世界の真実に近づいていくのは間違いないだろう。


 俺はなぜか、自分はその為にこの世界に来たのではないかとふと感じるようになったのであった。


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