第26話ある晴れた昼さがり

 

「ぶひっ! ぶひっ! ぶひいいい!」

「あははは! いけー! もっと速くだー!」

「ぶごっぶごっぶごっぶごごごーー!」


 今日は、セルシオンに招待され城の離宮まで来ていた。

 カインの体調もすっかり良くなったようで、ジルベスター爺さんも合わせて6人でお茶会をしている。


「サ、サトシ殿! いや、サトシ様! ど、どうか私を弟子にして頂きたい! 私はどうしても強くならなければならぬ!」


 来て早々カインはずっとこの調子である。


「だから無理だっつーの! 弟子とかそんなものは取らないし、俺のは人に教えられるようなものじゃないんだってば!」


 そもそも俺の戦闘スタイルは特殊戦闘強化服バトルスーツありきの動きだし、魔法もこちらの常識とはかけ離れたことわりだから教えようにも伝えられない。


「そ、そこをなんとか! どうしても、どうしても強くなりたいのだ! どうか、どうか」


 カインは必死の形相でまったくもって引き下がらない。


「おい~。見てないで爺さんからも何か言ってやってくれよ~」


 俺が爺さんの方を見ると、こっちは逆にプルティアが魔法を教授してほしいと頼み込んでいる。


「ホッホッホ。わしは全然構わないがのう。サトシ君もそう固く拒まず、軽い戦闘のコツみたいなことを教えてやってくれんか。カインは良くも悪くも真面目すぎるところが玉にきずでのう。もう少し柔軟な考えになったほうが伸びると思うんじゃ」


 まぁそれはなんか分かる。カインはバカ正直だから戦闘での駆け引きや騙し合いに弱い。


「ったく、爺さんまでそう言うんじゃしょうがねぇな~。んじゃ少しだけだぞ!」

「おぉ! まことか! かたじけない!」


 まったく……美味しいお茶とお菓子を食べに来たのに、なんでまた暑苦しい男を鍛えないといけないんだ。

 俺はしぶしぶカインの訓練に付き合うことになった。


「じゃあまず、カインは身体強化の魔法とかは出来るのか?」

「身体強化とは……魔力を体中に巡らせて身体能力を向上させる技のことか?」

「あ、そうそう。分かってるみたいだな」


 まぁこの間の模擬試合で普通の人間とは思えない動きをしていたから、それくらいは出来ているだろうとは思っていた。


「簡単に言うとな。それを極めると相手の動きが読めるようになる」

「な、なんと!? そんなことが!?」

「詳しく言うと、頭の中に魔力を集中させるんだけどな。脳の神経伝達速度を限りなく上げて、神経を研ぎ澄ますんだ。自分が認識するよりも速く相手の姿を捉えれるようになれば完璧だ。まぁ俺も何言ってるのか分からないんだけどな。感覚的に言うと、起きているのに夢を見ている感じで、相手が次に行う動作が見えるんだよ。分かる?」


 口で説明するのは難しい。

 俺もしゃべっていて何を言っているかよく分からない。


「頭に魔力を集中というのは分かるのだが。まず『脳』って言うのは何だ? 神経が伝達とは一体?」


 え?


「あっちゃー! そこからかよ! これはちょっと厳しいなぁ」


 さすがに今から人体の構造について説明するのは難しい。


「う~ん。そうだなぁ。違うのにするか。基本的な宇宙空間での戦闘格闘術にしよう。無重力での戦闘技術を知っていると地上でも大きな効果を発揮するからな」


 無重力戦闘格闘術とは――。

 例えば、広大な宇宙船内で、周りには何もなく、自分も相手も両側の壁からのスタートとなった場合、単純に地上のように殴ったり蹴ったりしても、体に重心がないのでただ向きを変えてしまうだけになる。相手に当たっても相手を後ろに押し出すだけでダメージは与えられない。逆に質量が小さければ押し返されてしまう。合気道のような逆関節もだめだ。関節をとった方向にそのまま回るだけになる。むろん締め技や関節技は効果的だが、これはそういったものではなく無重力での打撃を極めた格闘術のことである。

 これは気功の発勁を究極的に昇華させたようなもので、支点・作用点・力点といった基本構造を、技術によって無視した格闘スキルのことだ。これをマスターすれば打撃は勿論のこと剣術にも応用はできる。


 俺はまず無重力とは何かというところから説明し、徐々にそれを会得するコツなどを教えていった。



「それでじゃが、まずプルティアさんの魔力属性はどういったものなのか教えてくれんかの」

「わ、私は神聖属性という特殊な属性を持っています。で、でも他に属性は無くて……これだけです」

「ほう。神聖属性とは珍しい」

「は、はい。でも今は魔力を集めたり防護膜を張ったりするくらいしかできません。もし他にこの属性のことわりを知っていたら教えて欲しいのです」

「ふぅむ。なるほどじゃな。知っている……と言いたいところじゃが、教えることはできん――」

「え!? なぜですか?」

「――と言うのも。神聖魔法というものは、術者が神に祈りを捧げてそれを具現化する魔法なのじゃ。プルティアさんも今まで神聖魔法を発動する前に準備段階の祈りの言葉を唱えていたじゃろう?」

「は、はい! 私は安息と安寧の神ラディウスに祈りを捧げていました!」

「そうじゃろうそうじゃろう。人によってその対象となる神は違うのじゃがな。例えばラディウスだったら安息と安寧の魔法が得意になるんじゃ。生きる者が安息を得る為には魔力が必要で、同じく安寧を齎すには保護をしなければなるまい。逆を言えば、それに関るものだったら何でも魔法にできると言う事じゃ」

「え、え? と言いますと?」

「そうじゃな。安息と安寧じゃから、例えば……呪詛や呪縛といった特殊な攻撃を防いだり、精神操作をされている者などを開放させたりもできるじゃろう。ただ、単純な攻撃魔法としては少し難しいような気もするな。まぁアンデッドのようなものには絶大な威力を発揮するのは間違いないじゃろう。今言ったモノのことわりを自分なりに考えて試してみるのが良かろう」

「わ、分かりました! 有難うございます! 練習してみます!」



「あははは! このブタめ! まてー!」

「ぶひぶひぶひぶひ! ぶひぃぃぃ!」

「あははは! ほらほら! 追いついちゃうぞー!」

「ぷぎぃぃ! ぷぎぃぃ! ンゴポゥ!」



 ふむ、カインはなかなか筋が良い。

 元々センスがあるのか、実践向きなのか、組み手をしながら教えているが上達が早い。


「良い感じだ! そうだ! もっと腰を落とせ! いくぞ」

「はい! 師匠! ぁぐっふ! まだまだー!」


 これなら始めたときよりも数倍攻撃力が上がったんじゃないか?


「どうだカイン? 基本的な動きはもう教えることはないが以前と違いを感じるか?」

「は、はい! 全然手ごたえが違います! これをもっと練習すれば更なる高みに行けそうです!」

「うむ! そうか、じゃあもう教えることはない! 卒業だ!」

「え? い、いや、師匠、それはちょっと。脳がどうとか、神経が伝達とか、その相手の動きを読むとかいうやつも教えて欲しいのですが」


 あ~。覚えていたか。ぶっちゃけ何も知らない現地人に基礎から説明するのはめんどくさいんだよなぁ。


「う~ん。そうだなぁ……」


 脳の神経細胞にシナプスを通して神経伝達物質――ドーパミン、アドレナリン、エンドルフィン、オキシトシン……etc――が巡ることによって情報が伝達し……、いや無理だな。これはぶ厚い教科書でも読ませてからとかじゃないと理解させるのはしんどい。


「あ、良いこと考えた!」


 俺が会得した予知能力とは違うが、まぁ何か得るかもしれん。


「あそこにアホの子がブタを追いかけてるだろう?」

「え? アホ? ブタ?」


 カインは俺との訓練に夢中で気付いてなかったみたいだ。


「え?! は!? あれは……? こ、このクソガキー! セルシオン様になんてことをー!」


 シルチーはお茶を飲んでお菓子を食べて満足したら、俺達の真面目な話に飽きてセルシオンをブタにしたてて乗り回したり追い回したりして遊んでいた。


「あははは! お前は私の下僕だー! このブタめー!」

「ぶ、ぶひぃぃい! せ、拙者はブタなりー! もっと、もっと叩いて下さいでござるぅゴフッポォ!」


 二人とも楽しんでいるようで何よりだ。


「あのアホの子の動きを読んでだな――あ、おい! カイン! ちょ、まて!」

「くぉのクソガキーー! なんてことしてやがるー! 成敗してやるー!」


 怒ったカインは練習用の木剣を握り締め、セルシオンのケツをひっぱたいているシルチーに向かって突進していった。

 木剣といえどカインの力で殴ったらシルチーは致命傷を負うだろう。

 ……ま、いっか。


「あ! 馬鹿インが走ってきた! あははは! 逃っげろー!」 


 シルチーはそう言うとすぐさまズンドコ魔法で隠れる。

 いつもより消えるのが早くなっているような気がした。


「くっ、くそっ! どこ行きやがった!」


 カインは突然消えたシルチーの行方が分からずキョロキョロしている。


「隙ありー! てぃやっ!」

「ぅごっふぉ!?」


 シルチーは消えたまま何かでカインの頭を殴ったようだ。


「く、クソガキ! 卑怯だぞ出てこい!」


 俺がやろうとしていたことが意図せず始まったのでゆっくり見物する。

 あのシルチーを捉えることができれば、それはもう何段か階段を昇ったことになるであろう。


「あははは! こっちだよーん! あははは!」


 今度は遠くから石か何かをカインにぶつけている様だ。


「くぉのやろぉぉぉ! ただじゃ済まさんぞぉぉぉ!」


 頭に血がのぼったカインは、闇雲に木剣を振り回しているが、あれじゃいくらやっても捉えられない。

 と言うか、俺ですら周辺探索装置アラウンドサーチシステムが無ければ隠れたシルチーを見つけることは不可能だ。


 透き通るような青みを帯びた空、その遠くには散り散りとなった絹の様な雲が見える。

 それは近づいてきているのか遠のいているのかも分からない、まるでシルチーのように捉えることのできない存在だった。


 あぁ今日も良い天気だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る