第20話異変


 翌日、俺達は森の夕映え亭で朝食を食べながら、今後の予定について話し合っていた。


「今後の予定か~。俺は魔法カバンも手に入ったし、今は特にしたいことはないかなぁ。と言うか、何をすべきかも分からない状態だしな。まぁ、この世界の事をもっと知りたいという漠然とした気持ちはある」


 俺は、殺伐とした元居た世界よりも、文明は遅れているが人間味溢れるこの世界のことが好きになり始めていた。

 触れるもの全てが新鮮で心地良い刺激となるこの世界では、ただ街中を眺めているだけでも気持ちが高揚しワクワクしてくる。

 なんだかんだ言ってシルチーという予測不能で奇天烈な存在も、俺の中のそういう気持ちを後押しさせる起因の一つとなっている。


「私は、一度ポルタ・ゴ村に戻っておばあちゃんに言われていたおつかいの物を渡したいですね。それが済めば特にやりたいことはありません。で、でも、しいて言えば、みんなと一緒に居たいかなと……」


 あぁ、そう言えばプルティアはカミラばあさんに小道具を買ってくるように言われてたんだっけ。


「ふむふむ。サトシとプルティアは特に予定無しね」


 シルチーは、みんなの細かい気持ちは無視し、一括して予定無しと認識したようだ。


「それでは、今後のフェアリーハピネスの活動内容を発表します!」


 なぜか冒険者チームとしての会議になっていたようで、シルチーはかしこまった口調でそう言い、自分の座っていた椅子によじ登って胸を張った。

 

「わたしが考える最終的な目標は……。誰もが尊敬する王国一のダイヤモンド級冒険者チームになることです!」


 腰に手を当ててババーンと指を突き出して宣言する。


「その為には、まずわたしとプルティアの実力をプラチナ以上にすること! サトシの強さは既にダイヤモンド級を超えているので、わたし達のサポートをするように! そして強きをくじき弱きを助ける正義の味方となり、王国中の人々がひれ伏す存在になるのです!」


 ポーズを決めてかっこいい事を言っているように聞こえるが、正義の味方なのに人々がひれ伏すとはこれ如何に。みんなにチヤホヤされたいという下心が丸見えなのである。

 するとプルティアがオドオドしながら手を上げる。


「あ、あの、私達がプラチナ以上の実力になるためにはどうしたら良いのでしょう?」


 プルティアがそう言うと、シルチーはポケっとした顔をした後、指を口に当てて暫く考え込む。


「う~ん。……分かった! もっと上位の魔法を使えるようにする!」


 さも名案かと言うように手をポンっと打って答えた。


「そ、それはどうやったら使えるようになるのでしょう?」


 プルティアの疑問は当然のことだ。いきなり強くなれと言われても具体的にどうすればいいかなんて分からない。

 腕を組みながら暫く考え込んでいたシルチーはふと諦めたような表情でこちらを見る。


「それはわたしも分かんないよ~。サトシがサポートするんだからサトシが考えてよ!」


 おおう。なんという無茶振り。


「お前なぁ。最近魔法のことを知ったばかりの俺にそれを言うか? そもそも上位の魔法どころかどんな魔法があるのかも知らないのに、それを使えるようにするなんて無理にもほどがあるだろ」

「だって、サトシは難しいことわりを色々知ってるじゃん! それを私達に教えてくれれば難しい魔法も使えるようになるでしょ! 魔法なんて理解力とそれを実現させる魔力量が全てなんだから!」


 シルチーは椅子に座りなおして机をバンバン叩きながら駄々をこねる子供のように言う。


「あぁ、そういうことか。確かにお腹の中の悪い虫に出てけ~という理解力では難しい治癒魔法は使えないだろうな」


 俺がそう言うとシルチーはプクっと頬を膨らませた。


「とにかく、ことわりを教えるだけなら簡単だけど、どんな魔法があるのか確認するにはどうするんだ? 魔法の本とかあれば分かりやすいんだけどな」

「あ、それなら私は基本魔法ならどんなものがあるのか大体分かります。それに家に帰ればおばあちゃんが持っている魔法の書にも詳しく書いてあると思います」

「そうなのか。プルティアは誰かさんと違って優秀だなぁ」

「むっきー! わたしだって優秀なんだからー! 魔力量だけだったらぶっちぎりなんだからー!」

「シ、シルチィちゃんの魔力量は本当に凄いんですよ! シルチィちゃんがいつも疲れないで元気なのはその無尽蔵の魔力によるものだと思います」


 なるほど、言われてみれば確かにこいつの元気の良さは目を見張るものがある。何かあるごとにポンポンと治癒魔法を使ったり、たわいもないことでズンドコ魔法を長時間発動していたりするけど、魔力を切らしているところは見たことが無い。魔力消費が少ない魔法なのだからかと思っていたが、元々の魔力量が多いことが原因だったのか。


 そうして俺達は、一旦レトロスの街を離れてポルタ・ゴ村に帰ることになった。

 転移魔法ですぐ帰れるのでソーリーには一人で先に帰ってもらい、俺達は最後に少し買い物をして、夕方にはポルタ・ゴ村に戻った。


「レトロスに行ってたのは数日だったけど、なんか久しぶりに帰ってきた気がするねー! わたしはとりあえずじいちゃんちに行って来るー!」


 村に着くと、シルチーはそう言って村長の家に走って行き、プルティアは何か言いたげそうな雰囲気でモジモジしていたが、また明日集まって話そうということで自分の家に帰っていった。


 俺は、そのままパーシさんの眠れる森の美女亭に向かった。


「こんばんは。パーシさんただいま~。またやっかいになるよー」

「あらぁサトシくんじゃない、おかえりなさい。レトロスの街はどうだった? 楽しめたかしら?」

「あぁ、色んなことがあって面白かったよ。あ、今晩の夕食からお願い。宿泊期間は……とりあえずまだ決めてないから2金貨ほど渡しとくね」

「あら、そんなに? 一泊2銀貨だから100日分くらいあるわね。まぁいいわ。好きなだけ泊まっていってね」


 そうして二階の部屋の鍵を貰った俺は、夕食まで時間があったので古木の温泉に入りに行った。

 一際大きなその古木に登ると、夕日によって赤くなっている地平線が見える。徐々に薄いベールの向こうから星空がちらほら見えるようになっていき、下を見ると村中にポツポツと辺りを照らす松明が点けられていくのが分かった。


 宿屋に戻るとすでにシルチーが居て、エールを片手に村人達にレトロスの街での出来事を語っている。俺も一緒に混ざりながら夕食を食べ酒を飲んだ。



 その頃、アルベルト辺境伯の城――


「それで、ジルベスター殿。こちらに来て一ヶ月ほど経つが、レムリア大陸の情勢は何か進展でもあったかね? 海を隔てているとはいえ、ロマンシア王国とベルキニア公国の国境を守るワシとしては何をもってしても隣国の状況は最優先で知らねばならぬ」


 アルベルト辺境伯とジルベスター、セルシオンの三人は城の大広間で食事をしながら話をしているようだった。カインはまだ療養中なのか近くには見当たらない。

 三人の周りはジルベスターの魔法により薄い光のベールなものが囲っており、外界には何を話しているのか分からないようになっていた。


「そうじゃな。まだ向こうの連絡係が生きていることを考慮すると、良く言えば状況は変わっていないと言える。ただ、我がベルキニア公国がレムリア大陸にあった全ての国を属国としベルキニア帝国となったのは、圧倒的な武力のほかに現ベルキニア皇帝の恐ろしい変貌が原因なのじゃ」


 レムリア大陸には、元々そこの大貴族が公国と称し治めていた国が5つあった。

 ベルキニア公国もその内の一つで、セルシオンの父親が元首として人民を思いやった仁政をしくことで豊かな発展を遂げた国だった。


「拙者の父上も、以前は優しくて寛大なお方だったでござる。それがある時を境に人が変わった様に圧制をしくようになり、軍を拡大し、周辺国家を次々と属国化させていったでござる。挙句の果てに第一子である拙者をも暗殺しようと……」


 セルシオンは、目に涙を浮かべ遠くを見るように語った。


「あぁ、ワシもベルキニア公とは隣国ということもあり旧知の仲だったからな。おかしくなってからは会ってないが、あの方がそのような凶行をするとは想像もつかぬ。何かの間違いではないかと思ったわ……」


 アルベルト辺境伯はセルシオンを哀れむように肩を叩いた。


「わしも近くで見ていたから分かるが、あれはセルシオン様の父君ではない、違う何かじゃ。それを察知してからすぐに諸国巡遊と称し、ロマンシア王国に避難してきたから良いものを、あのまま残っていたらわしらの命はなかったじゃろう。レムリア大陸の魔法省の長であったわしとベルキニア公国近衛隊長のカイン、そして王子であるセルシオン様、この三人だけしか事前に脱出できなかったことは悔やまれるが、あの時は時間の余裕もなかったからのう」


 ジルベスターはそう言って、その長い白ヒゲをさすりながら思いにふける。


「うぅむ。そのベルキニア公が変貌したという原因は置いといて、そうもすぐに軍を拡大し周辺諸国を制圧するということは可能なのか? まぁ実際そうなっておるのだから可能なのであろうが一体どうやって……」


 ロマンシア王国の大将軍として軍を率いるアルベルト辺境伯だからこそ、この短期間に諸国を制圧するという難しさに疑問が残る。


「それなんじゃがな。わしらはその前にこちらに避難したので詳しくは分からんのじゃが、さきほど入った連絡係りの情報によると、どうやらベルキニア帝国はゴブリンやオークといった亜人を束ねた軍隊を率いているらしい。元々レムリア大陸の国々はそれほど大きくはない。身体能力の高い亜人達が統率されたとなればあっという間に制圧されるだろう」

「ば、馬鹿な! 亜人だと!? あいつらは多少群れることはあっても軍隊というような規律を重んじる組織には向かないはず! どうやって!?」

「それがわしも分からんのじゃ。中にはトロールも数体見たという報告じゃったが」

「ト、トロールだと!? それが本当なら由々しき事態だぞ! 王には随時報告しておるが、こっちも国境の警備を厳しくするように言っておこう――」



 レムリア大陸で起こった異変は、この世界の大きさからみるとまだ小さな事柄であったが、星全体で今後起こるであろう事変のはじまりであったことは、まだ誰も予想出来なかったのである。


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