第18話決闘
ひょんなことから俺と剣士カインは模擬試合をすることになった。
俺としては戦う理由もないのだが、最初からカインは俺達のことをあまりよく思っていなかったので、いずれにしろどこかのタイミングでこうなることは避けられなかっただろう。
身分の違いがそうさせるのか、それとも無礼なシルチーが気に入らないのか、はたまたそんなシルチーが英雄だということが許せないのか、まぁ全部含めて嫌なんだろうな。
さて、どうしたものか……見たところカインは卓越した剣士に見えるが、それでもこれといって脅威は感じない。瞬時に無力化させることもできるだろうが、それだと余計に納得いかなくなるだろう。もしかしたらシルチーの様な特殊な魔法を使うかもしれないので油断はできないが。
ま、戦いながらゆっくり考えるか……。
「ホッホッホ。それじゃ食事も済んだようなので城の訓練場のほうで戦って貰おうかのう。ラルクや、先に行って使用許可を取っておいてくれ」
「は、はい! 分かりました」
そう言うとラルクは走って館から出て行った。
う~ん。爺さんは結構乗り気だなぁ。
「サ、サトシ殿! うちの馬鹿カインが本当に申し訳ないでござる! あとでしっかり謝らせるので何卒――」
「いやいや、別に良いよ。セルシーが悪いわけじゃないしな。カインもどこかで発散させないと色々納得できないだろう」
「おうふ。セルシーと呼ばれたか! デュフデュフ、これで拙者達はマブダチって奴でござるな。シルチーちぁんのチームメンバーでもあるしこれからも仲良くして頂きたいなりぃ。ンコポゥ」
「い、いや、マブダチってのはそういうんじゃないだろ! まぁいいや、お前は悪い奴じゃなさそうだし……って、おい! 手を繋ごうとするな! それは気持ち悪すぎんだろ! こらー!」
変に懐いてくるセルシオンを追い払い、俺達はその訓練場とやらに移動した。
訓練場は思ったよりも大規模で、中では沢山の兵士達が訓練をしていた。
プルティア曰く、辺境伯とは、つまり他国に接する国境地帯を収める貴族のことで、他国からの侵略に備えるため大規模な軍事組織を保有している事が多いらしい。更にレトロスは三つの魔境にも隣接している為、ロマンシア王国の中でも特に重要拠点で、ここの現領主のアルベルト辺境伯も、有事の際は大将軍として数ある軍を指揮し混乱を収束させる、冒険者とはまた違った英雄なのだそうだ。
「おい、サトシとやら。まさかその格好で戦うのではあるまいな。あちらに訓練用の装備があるからしっかりと装備してこい。武器もあるから好きなものを選ぶといい」
ファーマルなタキシードのようなものを着せられていた俺は、険しい顔でジロジロ見ていたカインに促され、兵舎の備品倉庫にやってきた。
何故か一緒にシルチーもついて来る。
「サトシ大丈夫かぁ? あいつちょっと強そうだぞ? やっぱやめるって言うかぁ?」
どうやら自分のせいで戦うことになった俺のことがちょっと心配だったようだ。
「いや、あれくらいなら問題ない。でも、お前は本当トラブルメーカーだよなー。もっと普通の女の子っぽく大人しくできないのかよ」
俺はバツの悪そうな顔をしてこちらを見上げているシルチーを捕まえて脳天ぐりぐりの刑にする。
「痛い! 痛ーい! ギブ、ギブ!」
「心配すんな。ちょっと遊んでやるくらいだ。お前はお茶でも飲んで待ってろ!」
俺はそう言ってシルチーを開放して、丁度良いサイズの皮鎧とショートソードを手にした。
皮鎧の下には
カインは綺麗な銀色に輝く鎧を着てたけど、なんかかっこいいなあれ。俺もああいうのが着たいな。魔法具とかだったら高いだろうな――。
俺はそんなことを考えながら倉庫から外に出た。
「こっちは準備できたぞこのやろー! どこでやるんだー!!」
脳天ぐりぐりの刑に処したはずのシルチーがまた更に勢いを増して吼えている。
周りで訓練をしていた兵士達も騒ぎを聞きつけて集まってきた。
「ホォッホォ。では二人ともこちらに来るんじゃ。わしが審判をやろう。ルールは簡単、相手に参ったと言わせるか、わしが決定打と見なした時点で終了じゃ。あくまでも模擬試合じゃからな。相手に致命傷を与えたり殺したりしてはいかんぞ?」
爺さんはそう言って俺達に何か魔法のようなものをかけて下がった。
何なのか分からないが、特に影響はなさそうだ。
カインを見るとさっきまでの憤怒の形相は消え、恐ろしく冷めた静かな表情になっていた。
おっと、これは相手を甘くみすぎてたかな……。
「始めっ!!」
爺さんが号令をかけた途端、カインが剣も抜かずに素早く走りこんでくる。
柄に手を当てているところを見ると、間合いを詰めながらの抜刀、居合いか――。
「よっと」
俺はその剣撃が顔面スレスレを下から斜めに抜けて行くのをバックステップをしながら見る。すかさずカインは上に振り上げられた剣を切り替えし上段からの素早い切り落としで再度攻めてくる。
うん、なかなか良い二連撃だ。
俺はその切り落としをショートソードで軽く外側に流し、反対の手でがら空きのわき腹にボディブローをぶちこむ。
「ぐふっ!」
そのままカインは5メートルほど吹っ飛んだが、鎧の上からだとさほどのダメージも無いようだ。
今度は、切っ先をこちらに真っ直ぐ向け、さっきよりも早いスピードで突っ込んでくる。
だが、俺には止まって見えるくらいだ。
その剣の先を見上げながら
「がはっ!」
鎧の上からとはいえ、今のは効いただろう。おまけに落ちるときの衝撃もある。
落ちてバランスを崩したところを追撃しようと身構えると、カインが空中で力を溜めて突きの姿勢を取っている。
「
「な、なにぃ!」
空中から繰り出されたその突きは、目に見えない速さで俺の胸を押し貫いた。
「うぉ!」
皮の鎧は弾け飛び、中に着込んだ
しかし、衝撃は大きかったがダメージはない。
「お、おい、今のはやばかったぞ! 皮の鎧だけだったら死んでるだろ!」
無傷の俺に驚いたカインは着地と同時に距離を取った。
「な、なんだお前は! あれをくらって無傷とは! ほんとに人間か!」
そう言ってカインはまた突きの姿勢になる。
「あ、やべっ!」
俺は素早く
「
また物凄い衝撃波が俺の顔面付近を貫いてゆく。着ていた皮鎧は全部弾け飛んでしまった。
「くそっ!」
魔力で強化している目でも捉えられない攻撃とは――。
ここいらでお遊びモードはヤメにして、体中に魔力を充満させ全神経を研ぎ澄ませる。
人間離れした反応速度を生み出すため、脳の伝達シナプスを最大級に加速させる。
ィィィィンっと耳鳴りがするくらい魔力を高めたその瞬間、脳内に雷が落ちたような閃光が走った。
「
閃光と同時に体を翻し、三度目のそれはギリギリのところでかわすことが出来た。
な、なんだ今の感覚は……。
もう一度魔力を高めて待ち構える。3.2.1――来る。
「
今度はさっきよりもすんなりと避けれた。
……分かる! 分かるぞ! 少しの時間だけだが攻撃の来る瞬間が分かる。
まるで前に見たアキナとの夢のような、現実に起こることが予め分かっているかのような感覚だ。
いや、いるかのようなじゃない。これは完全に予知できている。
「な、何なんだお前は! これを避けれる人間なんて存在しないはずだ! 一体何をしているぅぅ!?」
カインは想定外の状況に思考が追いついていないようで、最初の冷静な表情とはうって変わってかなり取り乱している。
……よし、これくらいにしておこう。今回は良い収穫があった。
「
俺は青いエネルギーシールドを展開しゆっくりカインに向かって歩いていく。
「
「
「
カインは必死の形相で衝撃波を飛ばしているがシールドの前に全て掻き消されている。
「きぇあああああ! なんだおまえはぁぁあ! ヴゥォォトアタァァックゥゥゥゥ!!」
俺は腰を落とし一瞬で地面を蹴って間合いを詰め、すれ違いざまにカインの首に手刀を入れた。
「う……がっ……」
そのままカインはゆっくりと意識を手放し、糸の切れた人形のように崩れ落ちていった――。
「そこまでじゃ! 勝者サトシ!」
「うわあああああ! やったー! さすがサトシだー! ひゃっほーいい!」
「強すぎる! カイン様が手も足もでなかったぞ! 誰だあいつは!?」
「あの衝撃波をよけるのも異常だが、最後のあの防御魔法は何なんだ!?」
「最後カイン様は何で倒れたんだ!? 誰か分からないか!?」
「おぃぃ! そんなことより早く医務室に連れていくんだー!」
シルチーは大はしゃぎで走り回り、次々と周りの兵士達を捕まえて俺のことを自慢している。
プルティアは、胸の前で指の関節が白くなるほどきつく両手を握りしめ、その目には今にも零れ落ちそうなくらい涙を蓄えていた。
「うわっはっは! 良い見世物だったなぁ! これは次世代の英雄の誕生ではないか! うわっはっはっは!」
突然、頭上の見張り台のようなところから一際大きな笑い声が聞こえた。
同時に兵士達が一斉に整列し敬礼をしている。
「あ! アルベルトのおっちゃーん!」
シルチーが笑顔でその声に向かって短い腕を精一杯振っている。
「あ、アルベルト辺境伯様!」
プルティアは上を向いてびっくりしオロオロしながら頭を下げた。
「うわっはっは! なんかちっこいピンク色が居るなと思ったらやっぱりシルチーナ達だったか! おーい! 誰か部屋にお茶を用意してくれー!」
その馬鹿でかい声のアルベルト辺境伯が部屋の準備を指示し、俺達は――セルシオンと爺さんも一緒に――お茶会の部屋に移動することになった。
***
■
・カインの特殊攻撃。卓越した剣技と中級風魔法を合わせて繰り出す強力な突き。真空の衝撃波が音速で対象を襲う。魔法自体は普通の中級風魔法なので特殊魔法というわけではない。
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