第15話深淵の一端


 ペリュトリアの角を取りに行くということで、晩酌も早めに切り上げ明日の為に寝ることになった。


 俺は部屋に戻り、寝る前に一人である魔法のことについて考えていた。それは瞬間転送装置テレポートシステム空間歪曲移動ディストーションワープである。前者は転送装置同士を移動するシステムで、後者はそれこそ空間を捻じ曲げ任意の場所に瞬時に移動する技術だ。転送装置を設置しないと移動ができない瞬間転送装置テレポートシステムは今回は除外する。空間歪曲移動ディストーションワープは通常宇宙空間を高速移動するためのものだったが、これを俺の特殊魔法で応用させれば、任意の空間の入り口を作って人間サイズくらいなら移動させれるのではないかと考えたのだ。


 よし。最初は小さいワームホールを作ってみよう。


 まず、目を閉じて繋げたい空間(場所)を鮮明に思い浮かべる。今回の場合は今居るベッドから数メートル離れた部屋の入り口付近だ。目を開けてもう一度その場所を見て、目を閉じ同じ映像を思い浮かべる。その思い浮かべた空間をこちらにひきよせるように捻じ曲げる。それと同じくして魔力を集中させる。


空間歪曲移動ディストーションワープ!!」


 ヴゥンッと言う音と共にコブシ大の大きさのワームホールがこちらと入り口側に二つ出来た。


「おおお! よし! 成功だ!」


 そのワームホールに手を入れると入り口付近のワームホールから手が出た。穴は小さいが大成功だ!

 俺は喜んで手を出し入れしてると、魔力が物凄い勢いで吸い取られていくのを感じた。


「うぉ! ちょ、これはヤバ――」


 っと思った瞬間、意識が遠のいていきそのままベッドに倒れこんだ――。



 次の日――


 部屋のドアをドンドンとけたたましく叩く音が聞こえる。


「おーい! サトシ! 起きろー! 寝坊だぞー!」


 う……シルチーか……。

 ゆっくりと目を開けて体を起こす。魔力を一気に使いすぎたようで体がだるい。

 フラフラとおぼつかない足取りで部屋のドアを開ける。


「おぅ。おはよ……」


 力を振り絞って挨拶をした。

 シルチーは俺を見て一瞬びっくりしてその表情が固まったが、段々と小刻みにプルプルと震えていき表情が崩れていった。


「ぷっはははは! なんだその顔ー! プルティアちょっと来てー! あはははは!」


 シルチーが大爆笑してる最中、俺はまた力尽きそのまま倒れこんだ――。



神聖天慶魔法ホーリーグレイス!!」


 ん……。あ……プルティアの神聖魔法か……。

 俺はゆっくり目を開ける。


「あ! 起きた起きた!」

「だ、大丈夫ですか! サトシさん!?」


 ふぅ……魔力が戻ってくるのが分かる。以前よりも早く回復していくのは使いきる前に止めたからだろうか。


「んもう。朝からなにやってんだよ! あはははは」

「ど、どうして朝起きて魔力切れを起こしてるのですか!?」


 俺はゆっくりと上半身を起こして一息入れる。


「ふぅ……。いや、昨日の夜にちょっと新魔法の実験をしてたんだけど……。それが思いのほか魔力を使うもんで――」


 二人に昨日の夜のことを説明すると、シルチーの目がキラキラと輝いていき見たい見たいと騒ぎ出した。


「それ絶対凄いじゃん! あっというまに移動できるんでしょ!? ちょっとやってみてよー!」

「い、いやシルチィちゃんまだダメですよ! まだ完全に魔力が回復してないですって!」


 プルティアがシルチーを制してくれて、今日は暫く安静にしていることとなった。


 

 星の反対側――



 そこは、のろくさと拡がる巨大な山々が連なった異界と呼ばれ誰も近寄ることのない大地に存在する、深い深い複雑に入り組んだ洞窟の、更に奥に入ったところにあった。

 最深部は入り口からは想像もつかないほど理路整然とした造りになっており、魔力をエネルギー源とする発電システムにより、そこにある数多くの通路や部屋は明るく照らし出されていた。


「どうだ魔力の充満率は?」

「思ったよりも早い、もう2~3匹マコウリュウを放って回収したほうがよいかもしれん」

「ここ最近、人間達の中に大きく魔力を消費する存在も生まれ出してきて、魔力の調和は正常になりつつあると思ったのだが――」


 闇の深淵と呼ばれる異界の住人達、闇に生きるモノ。

 そこで行われている数々の調査や実験は、外の世界の誰に知られることもなく、1万年という長い年月の間に粛静と行われていた。

 中でも最重要と言われる星の魔力量の調整は、この星に住む全ての生命に関る彼らの大事な使命の一つと考えられていた。


「魔力が増えすぎると生命の維持が難しくなる――」

「しかし順応してきている生命体があるのも事実――」

「それよりも流離う者ヴァガボンドをなんとかしないと――」


 黒ずくめのローブ纏ったそのモノ達は、見たこともないような機器を操作し、星全体の映像をホログラフのように映し出している。


「そういえば人型の流離う者ヴァガボンドとやらはどうなったのだ」

「あれは……まだ詳しくは分からん――」

「最近ではあれが一番魔力の消費が大きいかもしれぬ」

「魔力を消費するのなら流離う者ヴァガボンドではないのではないか?」

「だからまだはっきりと分からんのだ――」



 森の夕映え亭――


 俺は一人で用意してもらった遅めの朝飯を食べていた。

 手を開けたり閉じたりして力の感覚を確かめる……。体はもう何ともない様だ。

 少し魔力を集中させて身体強化の要領で体全体に漂わせてたりしてみる……なぜか以前より力強くなっているようだ。

 魔力を使い切ると容量が増えるのか? しかし、魔力の質そのものが向上しているようにも感じる。新しく魔法を習得したことも何か関係しているのかもしれないな。

 そう考えているうちにシルチーとプルティアが外から帰ってきた。


「あー! サトシが起きてご飯食べてる!」

「だ、大丈夫なのですか? まだ魔力は回復してないですよね!?」


 二人は何か果物のようなものを買ってきたようだ。


「あぁ。少し休んだらもう魔力も回復したようなんだ。何故か以前より力強くなってる気がするんだけど……」


 シルチーが顔を近づけてきて瞳をジッと見てくる。


「あ~! ほんとだ! 前より魔力の流れが強くなってる~」

「そういえば、稀に魔力が強くなる人もいるみたいですね。そういう方は大体英雄と呼ばれる人達ですが」

「そうなのか。ははっ、俺にも英雄の素質があるのかもなー」


 このまま毎日魔力を使い切ってたらとんでもない大英雄になったりして……。

 そんなことを考えていると、シルチーがテーブルをバンバン叩いてくる。


「英雄も良いけどさ! 魔力回復したならまだ昼前だしペリュトリアの角取りに行こうよ! ギルドから依頼はもう受けてきたよ」

「あ、シルチィちゃん。チームのことは言わなくていいのですか?」

「ん? チーム?」


 俺が疑問に思い首をかしげていると、シルチーが正面の椅子によじ登って胸を張った。


「えっへん! サトシはわたし達の冒険者チーム<フェアリーハピネス>の一員になりましたー!」

「あ、す、すいません。私とシルチィちゃんで作ったチームなのですけど、依頼を受けるときチームとして受けたほうが良かったのでサトシさんも一時的にメンバーにと……」

「ん? あぁ、それは別にいいけど、何かルールとかあるの? シルチーとプルティアだけなら今までとあまり変わらないよな」


 俺がそう言うと、プルティアは目をそらした。


「ちっちっち。わたしがリーダーなの! だからわたしの言うことは絶対なのー!」


 シルチーがずずずいっとにじり寄ってきて指を振る。

 どうせリーダーって言っても大してやること変わらないんだろうが、なんかその妙に偉ぶった顔がイラっとする。


「はいはい。分かりましたよリーダーさんよ。それでペリュトリアについて何か気をつける事とかあるのか? 確か傷つけちゃいけないんだったよな? どうやって角を取るんだ?」


 俺がシルチーにそう聞くと、シルチーはプルティアの方へピッと手を差し出して説明を促した。


「え? あ、はい! えとですね。ペリュトリアの角は折れたら自然と生えてくるので、体は傷つけないように素早く切り取るのが一番のようです。そして気をつけないといけないのはその過程でペリュトリアに気付かれてはいけないそうです」


 プルティアが詳しく説明しだす。もうプルティアがリーダーで良いんじゃないかとも思う。


「何故気付かれては駄目かというのはですね。ペリュトリアは自衛手段として外敵に幻覚を見せて逃げるというものがあるそうなのですが、その幻覚の対処法というのが現状ほとんどなく、気付かれてしまった時点で失敗すると言われています」

「へぇ~。そんなに強い魔法なのか。あれ? 催眠とかみたいに目に魔力を集中させて防御とかじゃ駄目なの?」


 ソーリーに催眠をかけられたときにシルチーがそう言ってたが――。

 そう思ってシルチーを見ると首を横に振っている。


「ダメらしいよ! 目から幻覚を見せるんじゃなくて、精神に直接働きかけてくるみたいで、これといった対処法もないんだってさ」

「そんなことも出来るのか。対処法が無いってある意味一番怖いな」

「でも、その幻覚自体には命を奪ったりとか怪我をさせたりとかいう実害はないそうです。ただペリュトリアが逃げてしまうってだけだそうです」

「ふ~ん。なるほどな。でも見つからずに角を切り取るってのは結構難しいよな。シルチーのズンドコ魔法でいけるか?」


 シルチーを見ると、そこに得意げな顔はなく意外にも神妙な面持ちで考えているリーダーがいた。


「う~ん。わたしだけなら見つからずに近づけると思う……。でも、一瞬でペリュトリアの角を切って落とすっていうのは無理かも。幻の高級素材がわたしの力で簡単に切り落とせるとは思えないな」

「あぁ、そういうことか。それなら大丈夫だ。これを貸してやるよ」


 そう言って俺は背中に収納されていた高周波振動小剣ヴァイブブレードを出した。


「これはな。普段はただの硬質の剣なんだけど、ここを握って力を入れると物凄い切れるようになるんだよ。細かい原理は説明しても分からないだろうが――。あ、駄目だっつの! 刀身は触るな! 今はまだ切れないから良かったけど、振動してたら手なんかバラバラになるぞ!」


 俺は、目をキラキラと輝かせて手をワキワキとさせているシルチーを落ち着かせて、高周波振動小剣ヴァイブブレードの細かい説明をじっくりとした。


「――ってことだ。くれぐれも振動中は刀身を触るなよ。んじゃちょっと持ってみろ」


 そう言って高周波振動小剣ヴァイブブレードをシルチーに貸した。

 シルチーはもの珍しそうに剣を眺めて軽く素振りをしている。


「なにこれ! なにこれ! めちゃくちゃ軽いね! ちょっと切ってみていい?」


 そう言ってシルチーは目の前の椅子の背を軽く剣で撫でた。当たり前だがそれはすうっと何の抵抗もなしに斜めに切断された。


「うっわ! す、すごい! これヤバイ! 木の椅子がふわふわカモミーみたいだ!」


 新しいおもちゃを買い与えられた子供のようにシルチーははしゃいで目の前の椅子とテーブルを次々に切り刻んだ。


「お、おい! 馬鹿! ちょっとまてお前! こらー!」



 俺が止める頃にはテーブルと机は粉々になっており、あとでホルスさんにめちゃめちゃ怒られたのは言うまでもない。


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