第14話ハゲとノッポとヘビとネズミ


 セルシオンの館を立ち去った俺は当初の目的どおりギルドに行くことにした。

 持ち金28金貨……。出来れば最高級の150金貨の魔法カバンが欲しい。一気に100金貨以上稼げるような高報酬の依頼があればいいが、なんせ冒険者になったばかりのぺーぺーだ。難易度や報酬の相場などもさっぱり分からない。とりあえずどんなものか見るだけ見て後で二人に聞いてみよう。


 そうしてギルドに着き中に入ると、午前中に来たときとは全く印象の違う雰囲気だった。なんせあんなに居た冒険者が今じゃ数組のグループがちらほら見えるだけだ。これは大多数の冒険者達がその日の午前中に依頼を見つけ仕事に行くというスタンスなんだと伺える。ということは、今居る奴らは仕事にあぶれたか何かしら理由があって残っているのだろう。もしかすると割りのいい依頼はもうないのかもしれないな。俺はそう思いながら依頼書が貼ってある掲示板の前まできた。

『討伐依頼。イヌンダションの湖の北側で目撃されたエンシャントスライムの調査及び討伐。30金貨』

『傭兵依頼。クリネリア商会の王都までの護送。条件ゴールド以上15金貨』

『採取依頼。ペリュトリアの角。1本50金貨で10本まで買取』

 ざっと目を通した中で比較的高額だと思われる依頼がこれだ。ふむ。思ったよりも安い。売れ残ってるのだからそれなりの理由もあるのだろう。ペリュトリアの角ってのだけは10本全部集まれば500金貨になるのか。でもなんのことかさっぱりだなー。これならポルタのジャングルで適当に魔物を狩って素材を売ったほうが楽に稼げるんじゃないのか。それをやるにしてもシルチーの魔法カバンが必須になるな……。

 よし。帰って相談しよう。


 俺が掲示板を離れて帰ろうとすると後ろの方でクスクスと笑い声がするのが聞こえた。


「おいおい。何も受けずに帰っちゃうのかよ。依頼が難しすぎて諦めたのか? がっはっは!」


 振り返ると柄の悪そうな奴らが数人、椅子に座ってこちらを見ている。ハゲの大柄の男、やせっぽちだが長身の細目の男、ドブネズミのような獣人の男、フードを被ったヘビのような女だ。


「あんたこの辺じゃ見ない顔だねぇ。よそ者はまずあたしらに挨拶するもんなんだよ!」


 そう言うと、ヘビ女が立ち上がりこっちに向かって歩いてくる。

 俺はその間に一瞬で計算する。まず、すれ違いざまにヘビ女の鳩尾みぞおちに一発、そのまま素早く移動し手前のハゲのあごを砕き、隣のノッポの膝を折る。そして最後にネズミの首に手刀。ざっと2秒ってとこか……よし。


「ちょっと聞いてんのかい! あんた……ぐっ!」

「あがっ!」

「ぎゃっ!

「ひぃ!くっ……」


 ノッポまでは計算通り……だったが、少し手加減し過ぎたかネズミの手刀が浅かった。


「ひぃぃぃ! な、なんだおめぇ! く、くそー!」


 ネズミは戦慄した顔でそう言うと、死に物狂いで外に逃げていった。


「あらあら。仲間を置いて逃げてっちゃったよ」


 俺は、追いかけるわけもなく残されたゴロツキ共を見る。三人とも理不尽な痛みに困惑しながら苦しい表情で悶絶している。


「おい。お前は膝だけだから話せるだろ。喧嘩売るのは良いけどな、相手を見てから売れよ。俺は優しいからこの程度で済んだけど、下手したらお前ら全員死んでたぞ?」


 膝を抱え崩れ落ちているノッポの顔を上げさせて軽く脅す。

 

「ひぃぃ! す、すいません! も、もう二度とあんな真似はしましぇん!」


 顎を砕かれ血反吐を吐いているハゲと、胃の中のモノをこれでもかというくらい吐き出しているヘビ女を見る。


「あ、あがが……」

「ひぅ!」


 満身創痍でガタガタ震えていてその目は後悔の色を浮かべている。

 ふむ、まぁこれくらいにしといてやるか。俺はそう思い、ゆっくりと右手に魔力を溜める。

 キィィィン……。


高度治癒装置メディケーションシステム!!」


 複数のナノレーザーが三人を目まぐるしく照らし出し、それぞれの怪我を治療していく。三人は驚きのあまり目を白黒とさせていた。


「分かったか? これに懲りたら」


 ん!?


「誰だー!! 人のシマで暴れてる奴はー!!」


 なんだか外が騒がしい。ドタドタとした足音が聞こえ、扉がバーンっと開く。


「あ、姉御! あいつです!」

「お前かこのっ、ひぃぎゃー!! 痛ーーい! あ、あれ? ……サトシ?」


 俺は扉を開けて出てきた悪の親玉に正義の鉄拳を食らわした。


「あれぇ? なんでサトシが居るんだ? あれぇ? 痛ーい。」


 俺は溜息をついて、涙目で頭を抑えているシルチーを見る。


「まかさお前がゴロツキ共の親分だったとは……」


 とても残念そうな顔をしてもう一度深い溜息をつく。


「え? あれ? サトシが暴れてたのか? 簡易治癒魔法ケアリー!」


 シルチーは自分で殴られた頭を治し、状況が飲み込めないと言う表情でキョトンとしている。


「いや、暴れてたわけじゃないぞ。そいつらが絡んできたからお仕置きをしただけだ」


 俺がそう言うと、シルチーは理解をしたのか四人をキッと睨んで言った。


「バカかぁお前らはー! このサトシはわたしの仲間でプラチナ級の冒険者だぁ! 全員ここに座れぇー!」


「「えぇ~!」」


 四人は驚いて目を丸くし言われたとおりにシルチーの前に正座した。その後、シルチーは俺に殴られた腹いせなのか四人にそれぞれゲンコツをお見舞いして説教をした。そしてそれぞれが「兄貴すいませんでした」と謝罪し帰っていった。


「あははは。いやぁ、まさかサトシが居るとは驚いたなー。でもなんで一人でギルドなんかに居たんだ?」


 シルチーはちょっとバツが悪そうな顔をしてそれを誤魔化すように笑いながら聞いてきた。


「あぁ、魔法具のカバンを買いにいったんだけどな。思ったよりも高くてお金が全然足らなかったんだよ。それで何か良い仕事でもないかと思ってここに来たわけさ」

「なるほどなー。確かに魔法カバンは高いもんな。それで何か良い仕事は見つかった?」

「いや、掲示板は見たけどいまいちよく分からなくってな。見るだけ見て後でお前とプルティアに相談しようと思ってたんだよ」


 そこで、プルティアが居ないことに気付く。シルチーに聞くと、先に宿屋に戻っているというので俺達も帰ることにした。


 宿屋に着くとプルティアが困惑した表情で待っていた。最初はゴロツキに付き添ってギルドに行ったシルチーを心配してたのかと思ったがそうではないらしい。


「ただいまー。あれ? どうしたのプルティア?」

「少し前にセルシオン様の使いの者と仰る人がいらっしゃったのですが、これをシルチィちゃんに渡してもらえないかと言い置いていきました……」


 そう言ってプルティアは蝋で封をされた手紙をそうっと出した。


「えー! あのあでぶちゃんから!? なんだろ? 変なこと書いてありそう!」


 シルチーはそう言って手紙の封を開けて読んだ。読んでいるうちに、眉毛がへの字に下がっていきムスっとした表情になる。


「それでなんて書いてあったんだ? 食事にでも誘われたか?」

「え!? なんで分かったの? そうなんだよ。色々書いてあるけどまぁ食事会のお誘いだねこれは」


 そう言ってシルチーが俺達にも手紙を見せる。シルチーに対する好意がつらつらと書いてあるが、要約すると食事会への招待状だった。それも三人への。


「え? 俺達も招待されてるじゃん。三日後か」

「本当ですね……。シルチィちゃんだけかと思いました」


 俺とプルティアは顔を見合わせ、どうしたものかとシルチーを見る。


「う~ん。行きたくない……」


 まぁ、そうだろうな。あの勢いで迫られると思うとシルチーと言えど躊躇するのは分かる。「でも」とシルチーが言いかけたところで、プルティアがハッとなってシルチーに言う。


「こ、これ! シルチィちゃん! これ、ロマンシアの王宮料理って書いてありますよ!」

「そうなの。でも……王宮料理がでるんだよなー」


 王宮料理というものは淑女の憧れでありステータスになるものらしい。高級な食材を使った珍しい料理が出るみたいで、一般人はおろか貴族でさえも口に出来る者は少ないという。


「王宮料理ですよ! シルチィちゃん! 絶対行きましょう!」


 プルティアの熱意が凄い。俺も少し王宮料理というものに興味が出てきた。


「う~ん。確かに王宮料理は捨てがたいよねぇ……。サトシはどう思う?」


 シルチーにそう言われ、俺も料理には興味があることを告げると、悩みながらも出席することに決めたようだ。その後は、夕食まで湯浴みをするということで部屋に戻り、それぞれ簡易的なお風呂に入ってまた食堂に集まった。


「おっちゃん! エール三つ! 早くー! え、手が離せない? わたしが入れていい?」


そう言うとシルチーは手馴れた様子でエールを三杯ジョッキに注いで器用にテーブルまで持ってきた。


「やっぱりお風呂上りはこれよね! かんぱーい!」


 俺とプルティアも一緒に乾杯しゴクゴクとエールを飲む。プルティアは確か18歳と言ってた気がするが、また飲みっぷりが良い。こっちの世界の住人はみんなお酒に強いのだろうか。そのうち料理も運ばれてきた。


「そうそう! それでギルドに行ったらね。サトシが居たの! あはははは」


 シルチーがプルティアにギルドでの出来事を話している。そこで俺はある違和感を感じた。何かシルチーの雰囲気がいつもと違う。風呂上りだからか? いや、そうじゃない……。


「シルチー? お前……耳とシッポは?」


 そう、いつもある耳とシッポが付いていないのだ。よくよく見回したが髪の毛に隠れているわけでもお尻で隠してるわけでもなさそうだ。


「あ、これ? 外したんだよ! アクセサリーだからね。今度は今日買ったこの髪飾りとベルトを付けたんだー!」


 そう言ってシルチーは、俺が良く見えるように椅子に上がり、モデルのようにくるりと一回転し見せびらかした。


「自前の耳とシッポじゃなかったのかよー!」

「そりゃそうだよ。わたしは獣人じゃないもの。あれはちょっと前に流行ってた誰でも獣人になりきりセットだよ」


 そんなものがあるのか……。そう言われると耳とシッポを取ったシルチーは獣人の欠片もないただの人間の幼女だ。というか妖精ってのも疑わしい。まぁシルチー以外の妖精を見たことないから何ともいえないが。


「それよりサトシがギルドで言ってた依頼ってどんなのだったの? わたしもお買い物でお金使っちゃったから仕事したーい」

「私も簡単な仕事があればお手伝いしたいですね。一応、私もゴールド級なので……」

「プルティアもゴールド級だったのかよ!」


 二人とも乗り気なので、ギルドで見たある程度高額だった三つの依頼を二人に話した。


「エンシャントスライムはパスー! あんなの絶対ダメ!」

「そ、そうですね。あれは魔法が利きにくい上に分裂して増えますし、なにより体中がスライムの体液でベトベトになってしまいます」


 あぁ、それは嫌だな。俺の魔法で一瞬で蒸発させれれば良いのだろうが、まだそんな広範囲を消し去る魔法はない。範囲指定型の電粒子爆弾プラズマボムか極大範囲の究極量子爆弾クワンタムボンバーでも今度練習してみようかな。


「あと、クリネリア商会の護送もちょっと微妙かなー」

「これは楽な依頼ですけどね。ただ時間がかかりすぎちゃいますよね」


 確かに、王都までどれくらいなのか知らんが一日やそこらで達成できるとは思えない。


「ペリュトリアの角は見つかれば美味しいけどなー」

「そうですね……。というかペリュトリアって見たことある人居るのですか?」

「そのペリュトリアってのは何なんだ? 珍しいのか?」


 シルチーが美味しいというからには本当に美味しい依頼なんだろう。


「ペリュトリアっていうのはトリアって言う動物に似た幻獣で、それこそ幻と言われる生き物なんだよ」

「トリアというのは、サトシさんも街に入るときや街中でも見たと思いますよ。あの馬車を引いているのがトリアです」

「あぁ、あの鹿みたいなのがトリアか。それでペリュトリアってのはそれとどこが違うんだ?」

「ペリュトリアはトリアに翼が生えた奴なんだー」

「正確に言うとトリアとペリュトリアは全く違う生物なのですが、シルチィちゃんの言うとおり翼が生えたトリアと言っても間違いないです。ただペリュトリアは幻獣なので捕獲はおろか少しでも傷つけたら厳罰に処されます。ただ角は生え変わるのでそこだけ採取できれば問題はありませんし、運が良ければ角だけ拾えることもあります。」


 うん……? 翼の生えた鹿?


「あれ……? 俺それ見たことあるぞ? 白っぽいやつだよな?」

「えぇ~!!」


 二人は同時に驚いた。


「あぁ、多分あれはペリュトリアって奴だ。前にジャングルに居たとき見かけたな。何匹も居たと思う」

「ほんとにー!? ペリュトリアって、どこに居るとか情報も全く無いし、本当に幻の生き物なんだよ!?」

「そ、それが本当なら……これは凄いですよ。ど、どこに居たのですか?」


 俺は、驚き目を輝かせる二人に、ジャングルで岩塩を見つけたときのことを話した。そこで間違いないと確信した二人は、明日ギルドで依頼を受けてその場所に行ってみようということになった。


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