第11話勇鷲の勲章
城門まで来ると、軽装備をした門番達が、並んでいる人々を忙しく検閲して、次から次へと街に入れている。ときおり、何か不備があったのか追い返され街に入れない人も居た。そんなことはおかまいなしに、列を無視してどんどん近づいてくるシルチーに気付いた門番の一人が走ってきた。シルチーは臆せず何かをカバンから取り出して門番に見せている。それを見た門番は一瞬驚愕し慌てて上司を呼びに行った。その後俺達は、何の調べもなしに恭しく街の中に通された。
「レトロスは久しぶりだなー! まずは今日泊まる宿屋に行こう!」
シルチーは門番の態度に気を良くしたのかニコニコ顔で歩いている。
「お、おい。何したんだお前。門番が尋常じゃないほど緊張してたぞ」
俺はさっきのやり取りを問い詰める。列に並んでいた人達も唖然とした態度でこっちを見ていたので、普通では有り得ないでき事だったんだろう。
「えっへん。わたしは偉いんだ! うはははは」
アホの妖精はこれでもかっていうほど胸を張って高笑いをする。
「シルチィちゃんは、かつてパーシさんがリーダーだった冒険者チームに所属していた事があるんです。パーシさんのチームはダイヤモンド級と言われ、王国でも数えるくらいしか居ない凄腕のパーティだったんです。数年前に王都にマコウリュウが出たときも討伐隊を率先して倒したと聞きました。その時に、国王から栄誉を称え頂いた勲章みたいなものを持っているのですよね?」
プルティアがそう言うと、シルチーは頷いてカバンから何かを取り出す。
「これ! この
まさか、こんなちんちくりんが本物のマコウリュウと戦って倒していたとは。しかし、何か腑に落ちない……。
「そういえば前に冒険者ランクはシルバーって言ってなかったか? それお前が凄いんじゃなくてパーシさん達が強かったんだろ!」
「うるさいっ! わたしは幸せの妖精と呼ばれてて、チームのアイドルだったの!」
やっぱりな。こいつは逃げ隠れするのは得意だからおこぼれに預かっていたんだろう。それにしても勇鷲の勲章か……。どっぷり人間の
そんなこんなで、宿屋を探して歩く。
「う~ん。どこの宿屋が良いかな。色々買い物もしたいし予算を抑えて安めの宿でもいいかなー?」
「そうですね。私もそんなに沢山お金を持っていないので安い方が良いです」
シルチーとプルティアが相談している。
「でも、新しくできた宿屋も気になるんだよねー。ほら、あそこの武器屋の隣って暫く空いてたじゃん? そこに最近新しくできたみたいなんだよね」
「あぁ! あの工房があったとこですか? 次はどんな店になるのかと思ったら宿屋ができたんですね」
俺は最悪野宿でもいけるが、女子達はそのへんうるさそうだ。
「でも、お金も節約しないとなー。今期の流行のアクセサリーとかも欲しいし」
「今期の流行の色は瑠璃色らしいですよ。王都の女騎士長のアクエリアス様が着けていた髪飾りが瑠璃色だったみたいです」
「へぇ~。瑠璃色かぁ。わたしの髪の色はピンクだから濃い青は合わせ易そうだな~」
「あ! ホルスさんの<森の夕映え亭>はどうですか? あそこなら宿代も比較的安いですし、なにより料理が美味しいですよね?」
「あー! <森の夕映え亭>は良いねー! ホルスのおっちゃんにも久しぶりに会いたいからそこにしよう!」
どうやら決まった様で、俺たちは宿屋に移動する。ふと、女子達の会話を聞き、今後の買い物で彼女達と一緒に行動するのは、とても危険なことのような気がした。
繁華街からは少し離れた落ち着いた場所にその宿屋はあった。
「あはははは! ひさしぶりー! おっちゃん来たよー!」
相変わらずバーンっと思いっきり扉を開け、ずかずかと奥に入って行く。
「おお!? シルチーじゃねぇか! 相変わらず元気だなおい。お、プルティアもいるじゃねぇか。ん? そっちの兄ちゃんは初めてだな? プルティアの彼氏か?」
カウンターには、それまたごっつい体の口ひげを生やした鍛冶屋みたいなおっさんが居た。
「な! ホ、ホルスさん違いますっ! わ、わ、私なんか……」
からかわれてプルティアは耳まで真っ赤になる。
「初めまして。サトシって言います。ひょんなことから一緒に行動している村人Aです」
「おぉ。同じポルタ・ゴ村の出身者かぁ。まぁゆっくりしていってくれや」
まぁ違うが、説明がめんどうなのでそうしておく。
「おっちゃん! 二部屋を三泊、もちろん朝と夜の食事は付けて!」
「あいよ! 一泊5銀貨で15銀貨ずつだ」
そうして、二部屋分の鍵を貰って二階にある部屋に行く。
「サトシはそっちで一人。わたしとプルティアはこっち。準備できたらギルドに行こう!」
そう言って、シルチー達は隣の部屋に入って行った。俺は特に荷物も準備もないので、ベッドに座ってぼーっとする。無意識に、周辺の地形や建物の作りを頭に入れて、突発的な戦闘に備えている自分に気付き一人苦笑いをする。
「サトシー! 準備できたから行くよー!」
シルチーに言われ、俺達はギルドがあるという街の中心地に向かった。
シルチーとプルティアは、来たときのような普段着ではなくフリルのついたちょっとお洒落な格好をしている。そんな格好で突然戦闘にでも巻き込まれたら動きにくいだろうと考えながら歩く。中心に行くに連れて賑やかな町並みになっていった。露天で色鮮やかな装飾品を売る者。見たことも無い未知の食材が並ぶ店。大きな声で客寄せをしている男。派手な服を着て歩いている貴婦人。ここには俺が経験したことの無い、活気ある生の人間の営みがあった。
「ここ! ここが冒険者ギルド。とりあえずサトシも登録をしとくといいよ」
シルチーに連れられて一際大きなレンガの建物に入って行く。中はかなり込み合っていたが、シルチー達を見た他の冒険者達は自然と道を開けていく。シルチーの知名度もなかなか捨てたもんじゃないらしい。
「あ、ここ空いてる! サトシ! 早く早く!」
シルチーはそう言って、受付の一つに走っていった。
「今日はどういったご用件でしょう?」
耳のとがった色白金髪のお姉さんが聞いてくる。
「まずは、わたしの冒険者証の更新。そろそろランクアップする頃なんだけどなー」
そう言って、シルチーは首にかけているシルバーのプレートをそのお姉さんに渡す。
「あ! シルチーナさんですね! ポルタ・ゴ村から連絡を受けています。ポルタのジャングルの異変調査、村に出現した魔物の討伐、及びハグレ集団の捕縛、それら諸々を含めましてゴールドにランクアップとなります」
そう言って、お姉さんはプレートを石版のようなものにかざすと、どういった仕組みなのか分からないが、シルバーのプレートはゴールドのプレートに変化していった。
「よしゴールドだ! やったー! じゃ次は、サトシの登録。名前と種族と出身地を言うんだ」
シルチーがそう言うと、お姉さんは受付の横にある用紙とペンを取って準備した。
「ええと。名前はサトシ・クロノ、種族は人間、出身はポルタ・ゴ村……と、これでいいのかな?」
「あ! ポルタ・ゴ村のサトシさんですね! ちょっと待っていてください」
お姉さんはそう言うと急いで裏に走っていった。
「なんだ? なんか不備でもあったか?」
俺は首をかしげてシルチーに聞くと、シルチーも首をかしげる。振り返ってプルティアを見ると、同じくかしげる。
暫くするとお姉さんが帰ってきた。
「ええとですね。ちょっとここではなんですので、応接室までお越しいただいても宜しいでしょうか」
そう言って、俺達はギルドの奥にある応接室に案内された。中に入ると、ちょっと渋めの壮年のおっさんが座っている。
「あ、ギルド長! 久しぶりだねぇ」
ここのギルドの責任者か。シルチーは知ってるようだ。
「あぁ、シルチーナ、久しぶりだね。まぁ座ってくれ」
俺達は、ギルド長の対面にあるゆったりとしたソファに座った。さっきのお姉さんが、飲み物のリクエストを聞いてくる。
「わたしは、メコンの実のジュース!」
「あ、わ、私も同じので……」
プルティアは少し緊張しているようだ。
「じゃあ俺も同じも……」
「サトシは、甘いジュースよりさっぱりとしたメリタジャのお茶が良いと思う!」
「え!?」
「メタリジャのお茶が良いと思う!」
「あ、あぁ、じゃそれで……」
シルチーが勧めてくるものは怪しさ満点だが、確かに甘ったるいものよりは渋くてもお茶の方が好きだ。まぁここで用意できるものなら変なものではないだろう。
「さて……。ここに来て貰ったのは他でもない。最近、ポルタ・ゴ村で発生したマコウリュウの幼体の出現についてだ」
あぁ、しっかりと伝わっていたか。情報の伝達が早いが、この世界の連絡手段とかはどういったものなんだろう。
「それでそのマコウリュウの幼体は、そちらのサトシ君が一人で倒したと聞いているが本当かね?」
「本当だよ。サトシはわたしが教えた魔法でマコウリュウをふっとばしたんだ!」
あ、また嘘つきの妖精がなんか言ってる。まぁ魔法の基礎は教わったから間違いではないか。
「そうか……。シルチーナが言うのならば本当なのであろう。それはどういった魔法なのか教えて貰えるのかね?」
ギルド長からの問いには特に猜疑心等は感じられない。単に興味で聞いているのだろう。
「あ、えと、特殊魔法と言うやつで、俺にしか使えない魔法なんです。無数の光弾を発射する魔法なんですけど、
「あぁ、特殊魔法の
そう言ったところで、さっきのお姉さんが飲み物を持ってきた。
「きたー! メコンの実のジュースは甘くって美味しいんだよねぇ!」
シルチーはそう言って一気にごくごくと飲む。俺もなんちゃらのお茶を手に持ち匂いを嗅いでみる。無臭に近いがほんのり爽やかな花のような香りがする。慎重にごくりと一口飲んでみる。
「ああああ! すっぺぇ! なんだこれ! すっぱぁー!」
こう来たか! すっぱいお茶とは思わなかった。
「あははははは! ひっかかったー! その顔! あははははは!」
またしても、俺はクソガキの妖精にしてやられた。
「で、でも、メタリジャのお茶は凄く体に良いんです。滋養強壮に長けていて、それを1日一杯飲むだけで病気にならないと言われています」
プルティナがフォローしてくれる。薬剤師の孫が言うのだから本当なのだろう。レモンを皮ごとミキサーして凝縮した様な感じだが、まぁ慣れるとそんなに苦手な味でもない。
「い、いいかね? ……それで、そのマコウリュウの幼体を一人で倒したサトシ君についてだが、はっきり言って強さだけで言ったら、他に類を見ない規格外の存在だ。今回はそれで冒険者になるということで、中央のギルドとも相談した結果、プラチナのランクに格付けすることになった」
えっと、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、だったっけ?
「ひぃぎゃー! サトシがプラチナー! 冒険者なりたてに一気に抜かれたー!」
アホの子が騒いでいるがとりあえず無視だ。
「これはポルタ・ゴ村の村長殿と、かつての英雄パーシ殿の推薦があっての異例の決定なのだ。能力的には歴代のダイヤモンドをも遥かに凌駕するほどとパーシ殿が言っていたらしいが、ダイヤモンドの冒険者というものは強さだけではなく、ギルドへの貢献度や業績なども併せ持たなければならない。それで今回はプラチナと言うことになったのだ。良かったらこれからも冒険者として、我々に力を貸して貰えないだろうか」
ギルド長が膝に手を置き軽く頭を下げる。
「あ、えぇ、勿論ですよ。俺もまだまだですが、これからも微力ながら尽力に努めたいと思います」
こうして俺は、ギルド登録したその日にプラチナ級の冒険者となった。
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