2章 才能の片鱗
第10話レトロスの街
次の日、眠れる森の美女亭で朝食を食べていると、外からドタドタと走ってくる足音が聞こえてきて、それは宿屋のドアをバーンと開けて入ってきた。
「あははは。おっはよーう! 来たよー!」
昨日の、深刻な表情からは想像も付かないほどのマヌケ顔のシルチーが来た。
「あらシルチー元気ねぇ。おはよう」
パーシさんがカウンターから俺のお茶を持ってきながら応えた。
「あぁ、おはよう」
俺はそのお茶を一口飲んでから応える。渋みが強いがこのお茶はなかなかクセになる。
「お、おはようございます」
シルチーの後ろから、もじもじした声が聞こえる。
「あれ? プルティアも一緒か。おはよう」
この子は、性格は違うが、どこかアキナに似ている気がした。
「そろそろレトロスの街に行こうよ! わたしはお買い物がしたいのー!」
シルチーが俺のテーブルにバンっと手を突いて言った。
「あぁそうだなぁ。色々あってすっかり忘れてた。魔法具のカバンも欲しいしな。それよりお前、昨日の<闇に生きるモノ>の件は、何か分かったのかよ?」
シルチーは、昨日はあれからずっと黙ったまま何かを考えていた。
「あはははは。全然分かんない! 考えるのはやめた!」
「なんだよそれー。本当はお前、なんか知ってんじゃないのか?」
俺は嘘つきの妖精を問い詰める。
「闇の深淵やそこに生きるモノは分かるよ」
「やっぱ知ってんじゃねぇか」
「そうだねぇ。わたしよりプルティアが詳しいから聞くといい」
そう言ってプルティアに話を振る。
「え? あ、そ、そうですか。こ、これは伝承ですが、遥か昔、まだ魔力がなかった時代、大いなる光によって魔力が誕生したそうです。人々は最初はその力にとまどい畏れましたが、それに順応して地上で繁栄した種族もいました。それが今の私達の祖先と言われています。それとは逆に、順応できなくて地下に逃げた者達も居ました。それが闇に生きるモノ達と言われています。彼らはそれはそれは大きくて深い穴をこの星に掘り、そこで暮らしていくことになったそうです。本当に掘ったのかは分かりませんが、物凄く大きくて深い洞窟は、今のところ世界に三箇所確認されています。そこには凶悪な生物が潜んでいるので、中に入って帰ってきたものは誰も居ないそうです」
「ふむ。と言うことは人間ってこと?」
「い、いえ。闇に生きるモノは生者でも死者でもないと言われています」
「生きても死んでもない? なんだそれ?」
俺は不思議に思い首をかしげる。
「それは、誰も会ったことがないから分からないのよぅ」
俺が食べた朝食を片付けながらパーシさんが言う。
「ただ、大昔に唯一、大英雄と呼ばれる人が闇の深淵に入って戻ってきたそうよ。その人が生者でも死者でもないって言ってたと伝えられてるわね」
大英雄……?。
「闇に生きるモノはバケモノなのだ」
シルチーが口を挟む。
「バケモノ? 人間じゃないってことか? そういや、マコウリュウみたいな凶悪な魔物が居るのになんでそいつらは無事なんだ?」
「それは、そのバケモノがバケモノを作ってるんだよ」
シルチーは、決め付けたかのように言う。
「そういう話もあるようねぇ。この世の魔物は全て彼らが作った、と神のように崇めている集団も居るそうよぅ」
「へぇ。カルト的な狂信者か。どこにでも居るよなそういう奴らは」
「わたしには、分かるんだ。闇に生きるモノ達は、魔力を食べる凶悪な魔物を作って、この地上を支配しようとしてるんだ!」
シルチーはぷんすか頬を膨らませながら言う。
「まぁ、どれも不確かな話で、本当に確かめるには、闇の深淵にでも潜らないと分からないってことだよなぁ」
俺がみんなにそう言うと急にシンと静かになった。
あれ? なんか変なこと言ったか。
「ま、まぁ、考えてもよく分からないな! 今は忘れちまおう」
俺は、取り繕った笑顔でそう言った。
「そう。今はわたしのお洋服の方が大事! 早くレトロスの街に行こう!」
服が欲しいのかよ……。やっぱガキだな。
「サトシも、そのヘンテコな服は目立つから、新しく服を買うんだ!」
「なんだとう。……でもまぁ、確かにこの
俺は自分の格好を見て悩んだ。真っ黒な全身スーツは明らかにこの世界には合っていない。
「あ、あの、よ、よかったら、私のお父さんの服があるので、差し上げましょうか?」
プルティアが遠慮がちに声をかけてきた。
「た、多分、丁度いいサイズのものがあると思います」
良かった。街に行く前になにか着るものが欲しかったところだ。
「本当? ありがとう! 助かるけど、お父さんは……」
服をあげても大丈夫なのか、と聞こうとすると、シルチーが俺のわき腹を小突いて、首を振りながら小声で言った。
「プルティアの父ちゃんはもう……」
「え!? あ、そうなのか。ごめん」
プルティアはそのやり取りには気付かなかったようだ。
「よ、よし! それじゃ服を貰いに行こう! プルティアの家はどっちだ?」
俺は誤魔化して宿屋から外に出た。
プルティアとシルチーが先導して歩いていく。不安定な釣り橋を渡り別の木の枝に移って、更に暫く枝道を歩いて行くと、前方から恰幅のいい太った男が歩いてきた。
「あ、お父さん!」
プルティアがそう言って駆け寄っていく。
「へ? お父さん!? あれ」
俺は疑問に思いシルチーの方を見ると、ピュイピュイピュイっと下手な口笛を吹いている。
「お父さん。昔やせてたときに着てた服をサトシ君にあげてもいい?」
父ちゃんはもう……って、太っちゃったってことか! あのやろう。
「はっはっは! キミがサトシ君か。噂は聞いているよ」
「あ、初めまして。プルティアには以前助けてもらったことがありまして、その節はお世話になりました」
「いやいや。こちらは、村全体を助けてもらったんだ、みんなが無事なのはキミのおかげだよ。本当にありがとう。私のお古で良ければいくらでも持って言ってくれ。はっはっは」
そう言って、プルティアのお父さんは笑いながら去って行った。
俺は即座にクソガキの妖精を探す。姿が見えない……が、居た。プルティアの隣に反応がある。俺は正義の鉄拳をそれの脳天にぶち込む。
「ひぃぎゃー! 痛ーい! 隠れてたのに何で分かったんだー!?」
シルチーが姿を現して、悶絶している。
「全くお前は! ああいう不謹慎なネタはやめろ!」
プルティアは不思議そうな顔で見ている。そうしてる間にプルティアの家に着き、一通りの服を貰って上から着込んだ俺は、誰が見ても疑いようのない、れっきとした村人Aになった。
「そういえば、どうやってソーリーに連れてってもらうんだ? 背中に乗るのか?」
まさかとは思うが、ずっと鷲掴みにされて飛んでいくのはしんどい。
「今回はプルティアも一緒に行くから、安全な方法で行くつもり」
「あ、プルティアも行くのか。それで朝から一緒に居たわけね」
三人なら尚更どうやって行くのやら。
「サトシ、ちょっと手伝って」
そう言って、シルチーはプルティアの家の裏に回った。そこには倉庫があり、中に入ると大人が四人は入れる大きなバスケットの様なものがあった。
「なるほど、これならある程度風も防げるし楽な体勢で乗れるな」
バスケットを外に出すとシルチーがソーリーを呼ぶ。
「うぉおおおおい! うぉおおおおい! ソーリーやぁぁぁい!」
今回は最初から叫んでいる。いつも思うが、シルチーは、この小さな体のどこから出てるんだと思うくらい声が大きい。
暫くすると、ソーリーがやってきたので、3人でバスケットに乗り込む。
「じゃあソーリー。レトロスの街までお願い」
シルチーが普通に話しかけてお願いする。
「そんなんで通じるのか?」
するとソーリーが「クァア」と返事をしてバスケットをがっちり掴んで飛び上がった。バサッバサッと木々の間を上昇していく。少し不安だったが思いのほか安定感があって居心地は良い。300メートルを超える木々を飛び越え、なお上昇する。1000メートルくらい上昇したところで、流れの早い気流に入り、翼を広げ風に乗った。
すると、プルティアがなにやらブツブツ言っている。
「
フォンっと薄い光の膜が拡がって、ソーリーごと包み込む。
「おぉ? なんだこれ?」
なにか温かみがある魔法だ。
「こ、これは、簡単な防御魔法なんです。本来は物理的・精神的な攻撃を和らげる魔法なのですが、こうやって冷たい風を防ぐこともできます」
へぇ。俺は、服の下に
「これは、便利な魔法だなぁ。プルティナは優秀だな」
「えっへん! プルティナは凄いんだよ! 複数を保護する魔法はなかなか無いんだ」
「だからなんでお前が威張るんだよ!」
「ふふふ。シルチィちゃんの方が凄いですよ」
そうこうしている内に、ジャングルが途切れて草原が見えてくる。牧草地や畑なども見え、周りには小さな集落も出てきた。
「あ! アニマの翼だ!」
突然、シルチーが上を指差す。雲の上、その更に遥か上空に、小さい黒い影がかすかに見える。
「ん? あれか? なんだあれは」
目を凝らして見てもなんだかよく分からない。
「あれは、伝説の空飛ぶ神殿で、中に女神が居て、星の安寧を謳ってるんだ!」
プルティアも頷いている。
「伝説もなにも見えてるじゃん。星の安寧を謳うってどういう意味なんだ?」
さっぱり意味が分からない。
「見えてても誰もあそこに行けないから伝説なの! 古竜でも行けないって噂!」
「あぁ、行く手段がないのか」
「そして、女神は星の安寧を謳うもんなの!」
「もんなの! って、分からないんならそう言えばいいのに」
俺が指摘すると、シルチーの頬がぷくっと膨らんだ。しかし、この世界にあんな高度な飛行技術があるとはびっくりだ。あまりの高さでわずかしか見えないが、大きさも相当なものだろう。これも魔力のチカラなんだろうか。
暫くすると、大きな街が見えてきた。ここらの土地は随分と豊かなようで、大きな田畑に囲まれて農家や牧場が沢山ある。民家が途切れると城壁があり、それは中心地にあるお城を大きく囲うように拡がっていた。
「あそこがレトロスの街。恵まれた土地で大きな発展を遂げた街なんだよ。交易も盛んで、この国の中でも指折りの大きさなの」
シルチーがその城下町を指差す。辺境のジャングルから1日の距離にしては、随分と大きな街だ。
「レトロスの街は、ポルタのジャングルや、イヌンダションの湖、ウェルデネス山脈と言った、魔境と呼ばれる三つの土地に隣接している場所なんです。そこから取れる珍しい魔物の素材や薬草、鉱石などを目的として、多くの冒険者が集う場所でもあります」
プルティアが補足してくれる。緊張しなくなったのか、もじもじしていない。
そうして俺達は、城壁から少し離れた小さい森の中に降りた。
シルチーがソーリーを撫でながら魔法カバンから出したキャリオンリザードをあげている。
「わたし達は2~3日街に入るから、ソーリーは適当に遊んでて。人間は食べちゃだめだよ! また帰るときは呼ぶから」
そう言うと、ソーリーは「クァア」と一声あげてどこかに飛んでいった。
「おい。ソーリーは慣れてるとは言え魔物なんだろ? 大丈夫なのかよ」
しかも、結構強力な魔物のような気がする。
「問題ない。危害を加えない限り人は攻撃しないし、その前に滅多に人前に出ないよ。それに何かあってもわたしには人間の
「おうおう。都合の良い妖精さんだなおい」
まぁ賢い魔物だし、そう言うなら大丈夫なんだろう。
俺達はバスケットを木の枝や葉っぱで隠した。
「じゃあ。行こう! あそこの城門から入るんだよ」
シルチーが指差した方を見ると、そこでは検閲が行われているようで行列が出来ていた。
「うっわ。あれ並ぶのかぁ。日が暮れちまうぞ」
それは、多種多様な人達が列を成しており、大きな馬車や珍しい馬みたいなものを連れている人も居る。
「大丈夫。付いてきて!」
シルチーはそう言うと、並んでいる者達を尻目にずかずかと城門の方に歩いていった。
***
■
・プルティアの使う特殊魔法。複数の対象者を神聖な保護膜で包んで、物理的、精神的攻撃から守ってくれる。野外でキャンプをするときなども、この魔法を使っておくと気温の寒暖を防げる。同じような防御魔法では地属性の土壁等があるが、こちらは完全な上位互換である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます