第8話 厄災マコウリュウ


 お風呂に浸かって魔力も回復した俺は、余ったガボルジャーキーをソーリーにあげようと木を登っていた。


「お。居た、居た。よう! これ食うか?」


 そう言って、ジャーキーを投げるとソーリーはぱくりと飲み込んだ。


「クァアアア! クァアアア!」


 大きな翼をばたつかせながら、くちばしで俺の頭をはさんでペロペロ舐めてくる。


「お、おい。やめろ。痛い、痛い」


 俺は堪らず、ガボルジャーキーを全部投げる。


「クァクァクァ! クルルルル」


 ソーリーは美味しそうにぺろっと平らげた。

 そして俺をじっと見る。


「あ、おま! 催眠かけようとしてんな!」


 俺は慌てて目に魔力を集中させる。

 …………。

 特に何も起こらない。


「ふぅ。びびった。なんだ見てるだけか」


 ふと、『何かの視線』を感じる


「ん? これは!?」


 ソーリーは特に反応ない。

 周辺探索装置アラウンドサーチシステムにも目新しい反応は出ていない。

 

「なんなんだこれはいつも。気持ち悪いな」


 以前から感じるこの視線は、こちらに好意的なものではないことは感じ取っていた。

 暫くすると、周辺探索装置アラウンドサーチシステムに大きな反応が出る。


「なっ? なんだこれは! 魔物か? でかいぞ!」


 ソーリーも緊張した面持ちで辺りを警戒しているようだ。

 急いで広場の方へ駆け下りる。


「クアアアア! クアアアア!」


 ソーリーも付いてきて何やら落ち着きなく騒いでいる。

 その声に村人達も不思議そうに集まってきた。


「どうしたの!? ソーリーが酷く警戒してる」


 いつのまにか隣に居たシルチーが、驚いて聞いてくる。


「何か大きいものがこっちに近づいてくる! シルチー! みんなを広場に避難させてくれ!」

「わ、分かった!」



 一方、ハグレの集団――


「親分。バルの実を集めてきましたぜ」


 昆虫のカブトを被った汚い男が、でこぼこした実を袋に入れて持ってきた。


「よしよし。良い感じに熟してやがるな。それをポルタ・ゴ村のふもとに置いて火をつけて炙ってこい」


 そう言って、男を行かせ、回りの手下にも命令する。


「いいか。バルの実は、燃やすと酷い臭いを放ちやがる。普通の魔物はこれを嫌がるが、キャリオンリザードだけは寄ってくる。そしてキャリオンリザードが沢山いると、他の捕食者も寄ってくる。それで村は魔物だらけでパニックになるって寸法だぜ」

「で、でも親分! 俺達も魔物がひしめく中を行くんでっか?」


 手下の一人が恐る恐る聞く。


「そりゃ当たり前だろうが! この辺りにゃそんなに強い魔物なんていやしねぇ。キャリオンリザードとせいぜいエッジスパイダーが少しだけだ。暫くしたら倒されちまうから、混乱してる間に急いでお宝を奪うんだよ!」


 するとまた違う手下が、死にそうな顔で息も絶え絶え走ってくる。


「お、お、親分! 親分!」

「なんだおめぇは、そんなに焦って!」

「む、む、む、向こうにマコウリュウが出た!!」

「はぁ?」

「ま、マコウリュウだよ親分! 30メートル以上あ、ある!」

「はぁ? 寝ぼけてんじゃねぇのか?」

「本当だって! 嘘じゃねぇ! お、おいら、少しチビっちまった」

「マコウリュウなんて、闇の深淵の生き物だぞ? 地上に出てくることなんざうねぇ!ましてやここは深淵からもかなり遠いじゃねぇか」


 疑いながらも親分と仲間達は、その男に付いてそのマコウリュウを確認しに行った。


「お、お! お前! 本当じゃねぇか! ありゃ間違いねぇ! マコウリュウだ!」

「だ、だから言ったろ親分! ど、どうしよう。逃げる?」

「馬ぁ鹿! こりゃ逆にチャンスじゃねぇか! 厄災と呼ばれるバケモノだぞ? 国家の討伐軍でもなけりゃマコウリュウは倒せねぇ! パーシがそっちに気を取られてるうちにお宝ゲットだぜぇ!」



 ポルタ・ゴ村――


 シルチーが大きな声で村中を走りまわったことによって、村人はほとんど広場に集まったようだ。


「あっちだ! 向こうの木の下に何か大きいものが居る!」


 俺は、その反応を見つけ指を差す。


 その時、他にも多数の小さい反応が一気に村の周りに出現した。

 周辺探索装置アラウンドサーチシステムでその反応を識別する。


「シルチー! キャリオンリザードの大群も来た! 10匹ほどエッジスパイダーも居る! 俺はでかいのをやる! シルチーはソーリーと雑魚を頼む!」


 すぐさまシルチーに指示を出す。


「わかった! ここは大丈夫! あ、パーシおばさんも来た!」


 3メートルはあろうかという大きな大剣を担いで、ミノタウロスの戦士がやってきた。


「バルの実の臭いがするわ! なにかおかしいわねぇ……」


 俺はパーシさんを確認すると、大きな反応に向かって走り出した。

 特殊戦闘強化服バトルスーツの腕に付いている高機動装置ウィンドシアシステムを使い、離れた木にワイヤーを刺し、巻き取る力で風のように空中を移動する。

 あっというまに、大きな反応の上まできた。


「で、でけぇ。なんだありゃ」


 ムカデみたいに足が無数にある体の長いワニのような生物が、木の下の方から巻き付くように登ってくるのが見える。

 体長は30メートルを超え、その恐ろしい口にはするどい歯がびっしりと並んでいた。

 

「さて、どうするか」


 俺は、新しく習得した特殊魔法を使ってみることにした。

 手のひらで輪っかを作り、その中にワニの頭を収める。いや、頭は良い素材なるかもしれないな。首にしておこう。


標的捕捉装置トラッピングシステム起動!!」


 まず、準備段階の呪文を唱える。これによって輪っかの中にあるターゲットをロックオンする。

 更に、両手に魔力を集中させる。

 

 キィィィィィィン!


 両手に凄まじいエネルギーが集まっていき空気が震えている。


拡散粒子光弾パーティクルフレア!!」


 溜め込んでいた魔力が一気に放出され、無数の光弾となり次から次へ連続して発射されていった。

 試しに、移動しながら、手を上下左右に動かしてみたが、ロックしたターゲットにちゃんと誘導されヒットしている。

 そのまま溜めた魔力が無くなるまで10秒ほど撃ち続けた。


「グォガァァァァ!!」


 俺は手ごたえを感じ下の方を見た。

 ワニは狙った部分が吹き飛んでおり、ずるりと地上に落下していった。



『ま、まさか! 成体ではなかったとはいえ一瞬で倒しただと!? あの光……まるであのモノと同じではないか!』

『あぁ、これでほぼ確定したな。あれは人型の<流離う者ヴァガボンド>だろう……』

『い、いや、人型なんて存在するのか!? 意思の疎通が出来るなんて有り得ん! 』



「よし。他には……と」


 周辺探索装置アラウンドサーチシステムで確認する。

 広場の方に、キャリオンリザードとエッジスパイダーが集まっていっているようで、かなりの数が向かっているが、広場に到達するやいなや反応は消えていっている。

 ソーリーとパーシさんが倒しているのだろう。


 ん? 更にその周りに魔物ではない反応が複数ある。

 識別すると村人ではないが、人間や獣人のようだ。

 とりあえず、先に雑魚魔物をさっさと処理しとくか。


 俺はまた、両手で輪っかを作り、複数の標的をロックオンした。


 キィィィン!


 魔力はこんなもんでいいかな。


拡散粒子光弾パーティクルフレア!!」


 無数の光弾がそれぞれ標的に向かって飛んでいく。

 魔物の反応が全部消えたのを確認し広場に戻った。


「あ! サトシが来たー!」


 広場に戻ると、切り裂かれたキャリオンリザードと真っ二つにされたエッジスパイダーの死体がごろごろ転がっていた。

 周りには光弾で焼け焦げた多数の死体も確認できる。


「ん? あれは?」


 パーシさんが虫の格好をした武装集団と睨み合っている。

 さっきの謎の反応群の正体はこいつらか。


「ちょいと! あんたたちね! バルの実を焚いたのは!」


 パーシさんが問い詰めると、カブトムシみたいな大きな男が答えた。


「く、くっそお! 魔物が全部死んでるじゃねぇか! どうなってやがる!」


 そこに別の男が走りこんできた。


「お、お、親分! ま、マコウリュウが倒された!」

「なぁにぃ!? どういうことだ」

「あ、あいつだ! あの男の魔法で、マコウリュウが吹っ飛んじまった!」

 

 そう言って、その男は俺を指差す。


「はぁ? また寝ぼけたこと言いやがって! もういい、ちょっと黙ってろ!」


 そう言って、そのカブトムシは男を押しのけた。

 さっきのワニはマコウリュウって言うのか。


「おいパーシぃ! 正々堂々と俺とタイマンで勝負しろぃ!」


 カブトムシが牛に勝負を挑んでいる。


「あんたねぇ。正々堂々って、バルの実を使ってよく言えるわねぇ。あれは禁忌のはずだよ!」

「うるせぇ! そんなもんは知らねぇ! いくぜぇ!」


 カブトムシは、その大きな体に似合わず素早い動きで間合いを詰める。


「なっ!」


 不意打ちに近い形で飛び込んでいったカブトムシのスピードに、パーシおばさんは反応が遅れた。俺は念のため魔力を溜めて右手をかざす。


「もらったぜぇ!!」


 大きく振り上げたサーベルがパーシおばさんを捕らえようとした瞬間。


「ぐはっ!」


 バッシーンと物凄い平手打ちでカブトムシは10メートルほど吹っ飛んだ。

 振り下ろされたサーベルは、もう一つの手で、いや、指で、なんなく受け止められている。


 まじか。パーシさんすげぇ。


「うはははは! さすがパーシおばさんー! 凄ーい!」

「おおおおお! パーシさんつええええ!」

「キャー! かっこいいー! キャー」


 その後戦意喪失した手下共はあっという間に捕まえられ、全員縛りあげられた。

 カブトムシの親分は、顔をパンパンに腫らして気絶していた。

 幸いにも村の住人に被害はなく、みんなで魔物の死体の処理をした。


「いやはや、どうなることかと思ったが、さすがサトシ君じゃ。迅速な対応のおかげで驚くことにこちらに被害は全く無かった。ありがとう」

「いやー! にいちゃんは凄まじい魔法の使い手だな! 助かったぜ!」

「途中で飛んできた光は魔法なの!? あんなの初めてみたわ」 


 村長がお礼を言ってきた。周りの村人も口々に感謝を述べる。


「うはははは! サトシの魔法はわたしが教えたんだー! あれは何の魔法だったっけ? 光の弾がいっぱい飛んできて一瞬で吹き飛ばしちゃった!」


 あいかわらずシルチーがはしゃぐ。


 その後、俺とシルチーとパーシさん、そして村長と他何人かで、俺が倒したマコウリュウを見に行った。

 

「うげええ! 首が焼き切られてるー! えげつないー!」

「こ、これは……。サトシくん。どんなことをしたらこんなことになるんじゃ!?」

「私も、昔討伐隊としてマコウリュウと戦ったことあるけど、一人でしかもこんな風に倒す人なんて聞いたことないわよぅ?」


 みんなそれぞれ驚きを隠せない。


「はは。新しく習得した特殊魔法の結果さ。説明するのは難しいんだけど、悪くない出来だったな」


 みんなは更に目をまん丸くする。


「ふぉ! サトシくんは凄まじい特殊魔法の使い手じゃったか。 ガボルバーグなんかじゃ相手にならんわけじゃ」

「悪くない出来どころかダイヤモンド級以上の腕前よ! しかも、ちょっと前まで魔法も知らなかったじゃない。英雄の素質があるわよぅ」


 ふと見ると、シルチーが何やらマコウリュウをいじくりまわしている。


「これ、マコウリュウじゃない」

「え!」

「え?」

「え!?」

「ぶっ」


 みんなが一斉に近くに寄る。


「そうねぇ。確かに、ちょっと小さいわね」


 誰だ屁ぇこいたやつは!


「本当のマコウリュウはもっと大きいし、額の真ん中に大きな目がもう一つある。多分、子供か似たような違うモノ。それにマコウリュウは魔力を食う魔物で、魔法じゃ倒せない」


 嘘つきの妖精にしてはやけに詳しい。


「それじゃあ、これはなんなんだ?」

「本来マコウリュウは、闇の深淵に居るバケモノで、たまに地上に現れて魔力を食べるんだ。世界には闇の深淵が三箇所あって、それのどれからもここは遠い。こんなバケモノが出てきたら、ポルタ・ゴ村に付く前に大騒ぎになってるはず」

「確かにそうねぇ。普通なら討伐隊が収集されていてもおかしくないわ」


 パーシさんも同じく訝しむ。それじゃあ尚更これは何なんだ……。


「わたしは、これは中途半端な状態で召喚されたモノじゃないかと思う」

「召喚された? そんなこと出来るのか?」

「闇に生きるモノなら出来る……」



 シルチーはそう言って、何か考え込むように静かに視線を落とした。



***



高機動装置ウィンドシアシステム

特殊戦闘強化服バトルスーツの機能の一つ。先端に高周波振動杭が付いていて細くて高強度のワイヤーを射出し、対象に刺し込んで固定をし、高速で巻き取ることにより、立体的な機動を素早く行うことができる装置。射程は最大で100メートル。


標的捕捉装置トラッピングシステム(魔法)

・次に発動する魔法を、ロックした対象に追尾させることができる準備魔法。複数の対象を選択することも出来る。


拡散粒子光弾パーティクルフレア(魔法)

・未来の対航空機用の高射砲を再現した魔法。高熱の光弾を連続して射出することが出来る。魔力を溜める時間によって発射される光弾の数が変わる。

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