第5話 眠れる森の美女


「そういえば魔法についてもっと知りたいんだけど、誰か詳しい人は居ないかな? 村長に聞いとけばよかったか」


 村長の家を出て宿屋に向かって歩きながら聞くと、シルチーがくるりと振り返り胸を張って答えた。


「えっへん。この村でわたしより魔法を知ってる者は居ない!」

「え、えぇぇ。お前初級しか使えないって言ってたじゃん」

「それは少し違う! そもそも光属性の治癒魔法というのはそれだけで難しい魔法なの! いい? まず魔法と言うのはそのことわりから知らないといけない」


 シルチーは人差し指を立て、教師のような口ぶりで説明しだした。


「魔法のことわりというのは、例えば炎の魔法の場合だと、炎はどういうときに出るのか、どういった形状なのか、そういった仕組みのことを言うの。治癒の魔法も同じで、どうやって切り傷が治るのか、お腹がゴロゴロピーになるのは何故なのか、そしてそれを治すにはどうすればいいのか、これを明確にイメージできる者は少ないの! サトシに分かるかな~」


 こいつ馬鹿にしてやがるな。


「そんなの簡単じゃんか。炎は可燃性の気体が熱によって燃焼することによって気体がイオン化してプラズマを生じている状態を言う。その気体の成分と酸素の割合や量によってその強さが変わる。傷は、外的、内的要因によって起こる体表組織の物理的な損傷を指す。治癒と言うのは自己治癒能力のことでその自己修復プロセスを活性化かつ促進させれば傷を早く治すことができる。ゴロゴロピーは正露丸を飲め!」 


 シルチーがぽかーんと口を開けて見ている。


「どうよ? もっと詳しく説明してやろうか?」

「え? ちょっと何言ってるか分かんない」


 これでも量子学やレーザー光学、医学や人体等、戦闘に関するあらゆる学問について英才教育を受けてきたんだぞ。


「じゃあシルチーはゴロゴロピーを治すときはどういったイメージをするんだよ」

「それは勿論、お腹の中に悪い虫が居て暴れまわってるから、その虫に出てけ~出てけ~って言う」

「はぁ~。まぁあながち間違いでもないが」


 俺は深い溜息をつく。


「じゃあ、イメージできたとして次はどうやるんだ? 呪文みたいなのは何なんだ?」

「呪文は魔法発動のトリガーであり、指向性の確定。イメージが完璧でも呪文が違ったら失敗する。イメージと呪文が調和して初めて魔法が発動するんだ」

「ほう。なるほどな」

「でもイメージと呪文が合ってても失敗することがある」

「属性の有無?」

「正解! どんなに素晴らしいお医者さんでも光属性の魔力を持っていなければ治癒魔法は使えない。でもただ一つ特殊な例があって、イメージが完璧に出来ていれば、規定の呪文を使わなくても発動する場合がある」

「え? さっきと言ってること違うじゃん」

「だから特殊・・な例だってば!」

「……あぁ! 特殊魔法か!」

「そう! その人にしか使えないオリジナルの魔法は呪文もオリジナルになる」

「へぇ! ちなみにシルチーの隠れる魔法ってどんな呪文なんだ?」

「教えても良いけど長いよ。しかも振り付けもある」

「え、なにそれ。じゃあいいや」

「まずこうやって両手を挙げて、ズンドコ! ズンドコ!」

「だから! いいって! どうせ俺は使えないんだろ。しかもなんだそのダサい踊りは!」

「ふんぬー! せっかくわたしが編み出した大魔法なのにダサいだとー!」


 シルチーがぷんすか頬を膨らませている内に宿屋に着いた。


「ここが宿屋、<眠れる森の美女亭>。名前の由来は、パーシおばさんが冒険者だったときの二つ名。起こしちゃダメという意味」


 シルチーが振り返って、バスガイドのように手で指し示しながら説明する。


「起こしちゃダメって、眠れる獅子かよ! でも、ボロいって言ってたけど結構良い雰囲気のログハウスじゃないか」


 大きな木の枝の上に作られたその建物は、外にオープンテラスがあり、こじんまりとしてるが温かみのある作りである。


「パーシおばさーん。来たよー!」


 バーンっとドアを開け、大きな声でずかずかと中に入っていく。


「あらあら。よく来たわねぇ。あ! 貴方が噂のイケメン冒険者ね。間近で見るとずっと良い男じゃない。うふふふ」


 カウンターから、乳牛のようなおばさんが顔を出した。

 腕がふてぇ。それに色々とサイズがでけぇ。顔は普通の人間なのか。でも角が生えてるな。


「んもう。そんなにじっと見ないでちょうだい! 照れちゃうじゃない~」


 なにやら艶かしい仕草で牛が喋っている。


「サトシ、サトシ、気を付けるんだよ。パーシおばさんは気に入った男を力ずくでモノにしようとするんだ」


 んげっ。発情期か!


「んまぁ! シルチーちゃん! 私はそんなことしないわよぉ。女はね。じょ・し・りょく! 女子力で男をモノにするのよ。うふふふ」


 シルチーはすぐさま捕まって、その女子力でヘッドロックをくらっている。


「痛い! ギブ! ギブ!」


 色々気をつけよう……。


「あ、あの、それで3日ほど泊まりたいんだけど、宿代はどれくらいになるのかな?」


 シルチーを開放したパーシおばさんがこちらを見る。


「そうねぇ。素泊まりなら1泊で1銀50銅貨よ。朝と夜の2食付で2銀貨ね」


 今の俺は5金80銀貨持ってるから全然余裕だ。というかかなり安いんじゃないかこれ?


「じゃあ食事付きのほうを頼もうかな」


 異世界の食事にも興味があるし、俺はそう言って6銀貨を払い、二階の部屋に案内してもらった。


「ふぅ。なんだかんだあって少し疲れたな」


 俺はベッドに横たわり一息ついた。

 俺が着ている特殊戦闘強化服バトルスーツは、筋力の補助や温度調整、殺菌洗浄など色々な機能がついている最新テクノロジーの結晶で、そのおかげで肉体的な疲れはほぼないが精神的な疲れは取れない。


「あぁ。風呂にでもゆっくり浸かってビールをぐいっと飲みたいなぁ」


 俺は久しぶりの人間らしい生活に触れ、元の世界のことを思い出していた。

 元の世界では、兵士といえどアフターケアがしっかりしていて、軍には充実したエナジー施設が揃っていた。


「お風呂に入りたいの?」

「うお!? 居たのか」


 警戒を解いていたとはいえシルチーが近くに居るのが分からなかった。


「そりゃ居るよ」

 

 こいつは何気に気配を断つのが上手い。種族特性か知らんが自然と身に付いてるように見える。


「そういえばお前は半日も歩いて疲れてないのか? そんなに体力があるように見えないけど」


「全然余裕だよ。ジャングルはわたしの庭みたいなもんだしね。2~3日遊び通しても疲れない」


 生身の身体でこのパフォーマンスは何気に凄いな。

 こいつは元気の妖精なのかもしれないな。


「それでお風呂ね。良いところがあるんだ。まぁわたししか知らないけど特別に教えてあげる」


 そう言ってシルチーは俺を連れて外に出た。

 シルチーも風呂に入るらしく、タオルや新しい服を取ってくる為にシルチーの家に寄ることになった。

 

「ここの上がわたしの家。ついてきて」


 小さい木の更に上の方になにやら小さなほったて小屋みたいなのが見える。

 シルチーはそこから垂れ下がったハシゴをよじ登っていき俺も後ろに続く。


「なんかゴチャゴチャしてゴミ屋敷みたいだなぁ」

 

 それはお世辞にも立派とは言えない小さな小屋だった。

 その小屋の回りには色んなガラクタが所狭しと散乱している。


「うっさい! これはわたしがジャングルで見つけたお宝なの! この価値はわたしにしか分からないんだ!」


 そう言いながら家から小さなリュックを持ってきて、さらに上の方にハシゴで登る。

 そこから今度は釣り橋で隣の大きな古い木に渡っていく。


「ここ。ここの水溜りが太陽の熱で温められて、いつも丁度いい湯加減になってるの」


 シルチーはそう言ってその古い木の洞を指差した。

 

 そこはちょっとした露天風呂のようで、大人が5人は入れるであろう大きさだった。

 手を入れて温度を計るとぴったり40度だ。


「おぉ。本当に丁度いい湯加減だ! なんだこのお湯、どうなってるんだ?」


 よく見ると、他にも何個か同じような露天風呂が点在している。


「これはね。この木から湧き出ている水が温まって出来ているの。この木は保温効果が高いからお湯は冷めないんだ。上の方のお風呂はちょっと温度が高くて、下の方は逆に温度は低いの」

「ほうほう。珍しい樹木もあるもんだ。これこそ未知の世界の醍醐味ってやつだな!」


 俺はわくわくして特殊戦闘強化服バトルスーツを脱ごうとした。


「ひぃぎゃー! いきなり何してるの! レディの前で素っ裸になろうとするなんて! ヘンターイ!」


 え? レディ? 


「わたしは見られないように、念のため特殊魔法をかけてこの上のお風呂に入るから、それまでちょっと待ってて!」


 あ、シルチーは女の子だったね。小動物のようにしか見えなかったから、全くといっていいほど気にしてなかった。

 そうして、シルチーはズンドコ魔法を踊りながら上の風呂の方に消えていった。


「もういいよ~」

 

 どこからか声がする。

 俺は特殊戦闘強化服バトルスーツを脱ぎジャボーンっとお風呂に飛び込んだ。


「ふあぁぁぁ! 気持ちぃぃん! んふぅぅぅ!」


 空は綺麗な夕焼けで、遠くに見える山々から柔らかい光が差し込んでくる。

 涼しい清らかな風が優しくなびいて、体からすうっと疲れが溶け出していくようだった。

 この樹木の成分なのか、お湯からなにやら良い香りがする。

 思いがけず最高の空間を手に入れた俺は、時間を忘れて束の間の休息を楽しんだのであった。


 宿屋に戻ると、酒場も兼用しているようで村人達が集まっていて賑やかだ。


「わたしも今日はここで夕食を食べるー!」


 そう言って、シルチーはテーブルにつくと、ナイフとフォークをガチャガチャさせながら大きな声で叫んだ。


「おばさーん! パーシおばさーん! こっちに2人前! 大至急ー!」

「あらあら! はいはい。もう出来てるからこれを持っていってねぇ」


 そう言ってパーシおばさんがカウンターに料理をどんどん並べていく。

 俺もシルチーと一緒にそれをテーブルに運んだ。


「あ、パーシさん、なんかお酒とかないかな? 飲みやすいやつ」


 俺は、思い出したように聞いてみる。


「そうねぇ。エールでいいかしら? 大抵みんなこれを飲んでるわよ」


 そう言って、木のジョッキにエールをついでくれた。

 

「わたしもー!わたしもエール欲しいー!」


 シルチーも欲しがっている。


「え? お前はダメだろ? そのなりでお酒は飲めないだろ?」

「あら大丈夫なのよぅ。シルチーちゃんは妖精だから本当は年齢という概念はないの。本来妖精というのは悠久の時の中を生きているものだから」

「ふ~ん。よく分からんが、そういうものなのか」


 エールのジョッキを2つ貰って1つをシルチーに渡す。


「んじゃまぁ、かんぱーい!」

「かんぱ~い!」


 エールをごくごくと半分ほど飲む。


「ぷっはぁ~! うん、美味い!!


 ビールより味は薄い気はするが、フルーティな香りが心地よい。この木のジョッキが良いのかな。

 料理は、野菜のシチューとパン、鶏肉の焼き物といった至って普通のメニューだ。

 うん、普通。まぁ美味いが、突出した味ではない。あの、ガボルバーグの燻製肉に比べたら大したことはない。

 ん!? 

 ガボルバーグの燻製肉……。


「おい。シルチー。お前、燻製肉はどうした。そういえば忘れてたが、広場のときも出さなかったし、村長にも教えなかっただろ」


 俺は、ガボルジャーキーをちょろまかそうとしている嘘つきの妖精を問いただす。


「へ? なに? 燻製……? あっ!」


 シルチーは思い出したように魔法カバンから燻製肉を取り出した。


「忘れてた! これこれ! めちゃくちゃ美味しいよね!」


 本当に忘れてたようで、へらへら笑いながら更に何個か取り出す。


「パーシおばさーん! ちょっとちょっと、こっちに来てー! あ、ついでにエールも、もう1杯!」


 そう言って、パーシおばさんを呼びつけた。


「なによぅ。ちょっとペース早いんじゃないの? もっと、ゆっくり飲みなさいよ」


 エールと交換でガボルジャーキーをおばさんに渡す。


「あら? なにこれ? 良い香りね。燻製肉かしら。え、食べてみろって? 何の肉なの? ちょっと怖いわね。そう? 分かったわ。もぐもぐ……」


 パーシおばさんは、いぶかしみながらジャーキーを少しかじった。


「もぐもぐ……。もぐもぐ……」


 食べる手が止まらない。


「もぐもぐ……。なにこれっ! 美味しすぎるわ! ちょっと、シルチーちゃん! なんなのよこれ!」


 パーシおばさんの声で、周りに居た村人達も集まってくる。


「うはははは。これは手作りの燻製肉。作り方は内緒!」


 こいつ……。シルチーは、あたかも自分のモノのように他の村人達にもジャーキーを配った。


「な!? なんだこの肉は? この風味は一体!?」

「これは、肉も極上じゃが、スパイスが特別なものじゃな?」

「食べるとなんだか元気が出てくるようだぞ!」


 村人達は、一斉に目を丸くして、それぞれ批評しながら、シルチーに聞いている。


 シルチーは、もったいぶりながらも結局ガボルジャーキーのことは説明して、みんなに驚かれて満足したのかニコニコ顔になっていた。

 それからガボルバーグを倒した俺のことや、エッジスパイダーに襲われた時のことなどを、エール片手にそれはそれは英雄伝のようにみんなに話しだした。

 

 俺も、ジャーキーをつまみに村人達とジャングルの出来事などを話しながら、楽しくお酒を飲んで過ごした。



***



■ズンドコ魔法

・シルチーの特殊魔法で、呪文というよりズンドコと口ずさみながら踊ることによって発動する。周囲に溶け込み存在を認識されなくなるが、認識されなくなるだけで実際にはそこに存在する。その為広範囲の攻撃等には当たってしまう。


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