経過

「パーティー?」

 僕の耳に飛んできたのは思わぬ知らせだった。僕の部屋の前で顔なじみが、揃いに揃って座り込んでいた。一体いつからここにいたのだろうか。しかもここは男子寮だというのにも関わらず、委員長や時谷までいる。どういうつもりだと僕は言う。

 それに時谷が答える。

「前から白石さんがやるよ、って言ってくれてて。優樹にも許可は貰ってるらしいけど?」

 あの時の会話か、と僕は前に由紀と郵便局から帰っていた時の会話を思い出す。チラッと由紀に視線を向けると、両手に大量のお菓子やジュースが詰め込まれた袋があった。彼女は悪気のない表情を僕に向けていた。

 そうだ。僕はあの時、彼女の提案に賛成していたのだ。

 思わぬ失態にため息が出そうになったが、場を考えてなんとか堪えた。僕は諦めてドアの鍵が入ったポケットに、右手を入れる。

「今開けるから、ちょっと動いて。そこにいられちゃ、開けられるものも開けられないよ」

 三人は従順な子犬のように、すぐに場所を開けた。鍵穴に差し込み、ぐるっと回す。するとガシャリと、鉄の重たい音が聞こえた。この寮のドアはどういうわけか鉄製で、やたらと重い。その分、泥棒などの被害が起きることはまずありえないのだ。おまけに鍵がないと入れはしない。中にある窓は何重にもなっていて、一定枚数を割られると自動でサイレンがなる。まだ聞いたことがないので本当かわからないが、街中に聞こえるほど大きいらしい。

 初めて入居した時の契約書にも「一定枚数を超える窓の破損が確認されますと、大きなサイレンがなります。防衛はしっかりされています。大事な聴覚を失いたくなければ、泥棒しようなど考えないでください」と注意書きもあった。

 相当らしい。

 中に入ると由紀が楽しそうに、テーブルの上で、袋に隠れたカロリーの塊が姿を次々に現れる。スナック、チョコレート、アメ、アイス。各種五つほどあった。

 これは普段から思うことなのだが、女性は常にダイエットをしているような気がする。偏見かもしれないが、少なくとも僕はそう思っている。よくクラスでもダイエットに気を遣う女の子を見かける。「こう見えても太ってるの」なんて言葉をよく耳にするが、男子からすれば特にそんなものは気にならない。むしろそういうことを口にする人ほど、太っていない。もっとスリムになりたいと言うのなら話は別だ。だがそう言いつつも「デザートは別腹」という無理を言って、カロリーを摂取している光景を何度も見てきた。たまには、なんて言うけれど本気で痩せたくてダイエットをしているような人は、少なくともそんなものを食べない。ジムで働くコーチなどがいい例だ。大抵はコーチに、カロリーを控えましょう、と忠告を受けるはずなのだが、欲に負けて口にしてしまっている。だがそれでは一生かかっても痩せることなど不可能だ。

 これはあくまで僕の持論だが、周りに太ったと楽しそうに公言する人は、今の自分は周りよりも痩せている、と強調していると思う。好きな人のために痩せる、という声も聞くことがあるが、その人を失った時、痩せると宣言した人はダイエットをやめ、我慢していた分のカロリーを摂取し、また同じ体型かそれ以上に戻ってしまう。

 これにも結局、秩序は存在している。

 何かを得ては、何かを捨てなければならない。ダイエットをするという行為は、人生でいう選択に当たると思っている。

 少なくとも僕の周りの女の子は太ってないし、ダイエットしているなんて聞いたこともない。人に話さないようにする。そのような影で謙虚な姿勢を、僕は好む。

 だから彼女たちとも、仲良くすることが出来るのかもしれない。

 僕は四人分のコップを出したが、テーブルの上に置ける面積が既に残っていなかった。

「みんな、楽しみにしていたのはわかるけど、流石にはしゃぎ過ぎだよ。ほら、コップ置くから、今食べないものは一度片づけて」

 少し照れながら由紀が返事する。

「えへへ。流石にやりすぎだよね」

 時谷が口を開く。

「まずどれをどけようか?」

「とりあえずスナック菓子は袋に戻そうか」

 それだけでかなりの面積をとっていたのだろう。テーブルの半分が天井に顔を出した。そこにコップを置いて、ボトルに入ったジュースを開けて順番に注いでいく。

 上田は床に転がり、準備ができるのを待っていた。

「待ってるから早くしてくれよ」

「優樹が頑張って準備してるんだから、文句言わずに上田くんも手伝いなよ」

「人任せはよくないですよ」

 由紀に言われるだけなら動かなかっただろうけど、流石に時谷に言われてしまっては、動かざるを得なかったようだ。

 だるそうに立ち上がり、キッチンで立っている僕のところに来た。

「だるいわ。んで、オレは何したらいい?」

「そうだな。じゃあ大きな皿を食器棚からとってくれないか?あとでそこにお菓子を入れるから」

「そのままみんなで、袋から食べればよくね?」

「あとで掃除する僕の身になりなよ」

 いいから早く、と上田を急かす。

 僕はこのやり取りがどうしようもなく好きだった。最近は事件に振り回されて、難しいことばかりを考えていたから、余計になのかもしれない。

 そして準備は着々と進んだ。時谷がうっかりジュースを零したりはしたが、カーペットが汚れたわけでもなかったし、彼女の服も濡れずに、テーブルが甘い匂いで包まれただけだった。

 その後は楽しく雑談を交わしたり、時々スナック菓子に手を出したりと楽しい時間が過ぎていった。

 もうみんなの空腹もなくなったようで、気づけば食べ物に手を出す人はいなくなった。健康的ではないが、お菓子や飲み物だけで満腹になるとは、なんて贅沢なことなのだろうか。僕は今までにそのような経験をしたことがなかったからこそ、余計にそう思ったのかもしれない。

 みんなが丁度、上半身を起こしたタイミングで僕は口を開いた。

「ねえ、一つ聞きたいんだけど。この世界って何が目的で創られたんだと思う?」

 上田はのんきに答える。

「神様の気まぐれだろ。創りたい気分だったんじゃないのか」

 時谷が口を挟んだ。

「なら何故私たちが住人に選ばれたの?」

 どういうことですか、と由紀が尋ねる。

「ただ神様が好き好んで星界を創ったとして、それだけなら住人なんて誰でもいいはずだし、私たちじゃなくてもよかったはずだと思う」

 僕らは黙って時谷の考えを聞く。

「仮に私たちじゃなきゃいけない理由があるとしたら、神様は住人として私たちを指定したとも考えられる」

 確かにそのようにも考えられる。元の世界に人なんて数えきれないほど存在している。その中から自分たちが選ばれる可能性は極端に低い。だからこそその中で、星界にやってきた自分たちは何かの目的のために指定され、連れて来られたのではないかと考えたらしい。

 まだ上手く整理のついていない中、由紀が話す。

「では私たちが選ばれた目的はなんなんでしょうか?」

「私に聞かれてもわからないよ。その答えは神様にしかわからない。だからこそ私はなんとしてでも神様に会う。ここをみんなで出るためにもね」

 みんなで出る。前にも言っていたような気がするが、僕はまったくそのつもりはない。帰り道を知ろうとも思わない。もう僕の日常は星界にある。そのほかの場所に日常はない。仮に向こうに戻れたとしても、僕はそちらでの生活の非日常と捉えるだろう。

 そう思えてしまう程に、星界は暮らしやすい場所になっていた。

「もしかしたら、帰りたいって思っている人だっているかもしれない。その人たちはどうするの?」

 と僕は尋ねた。

 時谷は当たり前のような表情でこちらを見た。

「帰りたくない、なんて思う人はいないよ」

「どうして?」

「だって、向こうで自分の家族が待っているから。今頃行方不明として事件になって、国全体で自分のことを探しているかもしれないんだよ?行動してくれているかもしれない人たちに、これ以上迷惑をかけないようにしないと」

「言われてみればそうかもしれないね」

 僕がそう言うと、時谷は満足げに何度も頷いた。

 やはり彼女は、僕とは違う考えを持っている。そもそもこちらに来てから、家族のことなんて一度も考えたことがなかったし、そのまま向こうも同じように時間が流れていると考えたこともなかった。

 どこか新鮮だ。普通なら持っていて当たり前の感情を、失っている。少なからず僕はそうだ。僕がおかしいのか、彼女がおかしいのか。その答えを知るには至らなかった。


 次に目を覚ますと、既に午前三時を過ぎていた。夢はみなかったように思う。辺りを

 見渡すと、ずっと騒いでいたみんなが揃いに揃って眠りについていた。

 部屋の明かりがついたままだったから、それを消した。窓からは月光が差し込んでいて、目が慣れると何も見えないほど暗いわけではなかった。

 ベットの脇に置いていたバッグを掴んで、部屋を出た。なるべく足音をたてないように注意して廊下を進んで、靴を履いて、慎重にドアを開けた。

 月光が海を照らしている。午前三時の星界には、ほとんど音がなかった。すべての家屋の窓から明かりが消えていた。夜風が冷たくて、僕はそれに震えながら、大通りに出ようとしたが、その場で足を止めた。

 静かになった星界では、ほんのわずかな音でも聞き取れる。

 寮から僕の後ろをついてくる物音があることには、もちろん気が付いていた。僕が振り返ると、由紀がいた。

「どうしたの?」

 と僕は尋ねる。

「みんながいる中で、東雲くんが出ていくのが見えたから」

 と由紀は答えた。どうやら彼女はほんの小さな雑音だけでも目を覚ますタイプだった。

 彼女に見つかったのは、少し意外なことだった。

「こんな朝早くからどこにいくの?」

 と由紀は言った。

「ちょっと手紙を置きにね」

 と僕は答える。

 ちょうどいい。そろそろ誰かに見つかってもいい頃だと思っていたところだ。

 一緒に行くかい?と尋ねると、由紀は頷いた。


 特に場所に対するこだわりはなかった。

 今回はちょうど通学の途中だし、何かと都合がよかった。本当に別の場所でも構わない。そこそこ目立つことが出来ればそれでいい。

 今日は由紀もいるし、そんなに距離がなくて良かったと思う。僕はいつもの坂道に入り、少し上ると、道なき道、森の中へと入っていく。それに由紀がついてくる。危険ではあるが、そこから錨までなら大したことはない。

 目の前につくと、バッグから用紙を取り出し、ペンを手に取る。

 不安定だったから、今回ばかりは綺麗な文字を書くのはなかなか難しい事だった。けれど、それへのこだわりは持ち合わせてはいない。

「何を書いてるの?」

 と由紀が言った。

「メッセージだよ。君たちが暗号だと呼んでいるものさ」

 と僕は答える。六回目ともなると、だいたい慣れてきて、筆圧や書き方も変わってくる。白い紙の上に、想いを綴った。


 ー私たちは鏡に生きている。何故、君たちはここにいる?


 紙に書き記したのはたった一行だ。

「どうしてこんなことをするの?」

「僕はこの世界が大好きなんだ。だから色んなものの見方を知って欲しいんだ」

 由紀は質問を続ける。

「たったそれだけのために?他に目的はないの?」

 僕は肩を小さくすくめる。

「さあ、僕にも何がしたいのかわからないんだ。ただ一つわかることは、これは八つ当たりでしかないということだけだ」

「それって、時谷さんのこと?」

「どうだろう」

 僕はそう言うと書き終えた紙を、丁寧に鎖の下に入れる。風で飛ばないようにするには、鎖を重りとして有効活用すればいい。満足げにペンをしまって、手をはたく。

「海沿いは危険だ。身体が冷える前に部屋に戻ろうか。詳しいことはまた今度話すよ」

「予想通り、だったね」

 彼女は小さい声で呟く。

 僕は少し呆れたように言った。

「まあね。犯人のやり口がわかりやすかっただけだよ」

「じゃあ、時谷くんじゃなくて、犯人は他の誰かということ?」

 僕は首を横に振る。

「いや、僕が犯人でいい。きっと綻びが出るだろうけど、ちゃんと犯人が確定できるまでは、僕が犯人でいてあげるのさ」

「優樹くんは難しい人だね」

「どこが?」

「自分をしっかり持っているように見えるのに、実はそうでなかったり。真面目そうなのに、時々教室にはいないし」

「それは、レイと話しているからだよ。彼はたまに僕を屋上から出させない時がある。不満なら彼に言ってくれよ」

「そうだね。今度レイさんに会ったら怒らなくちゃね」

 そう言うと彼女は鎖の方へとしゃがみこんだ。

「ねえ、私も書いていい?」

「ダメだよ。これはいけないことだって思われてるから」

「じゃあ、どうして優樹くんはそこまでして落書きをするの?」

「いけないことより、大切なことがあるから」

 僕はこの錨をなんとな護りたい。邪魔だと言われるかもしれないけど、一種のシンボルであることに変わりはない。

「今日は学校は開いてない。だから月曜日になったら、カナメ先生に伝えてくれないかな?東雲が夜中に抜け出して錨のそばで紙とペンを持っていたって。そうしてもらえると、僕はとても助かる」

 いつまでも不死身の狐に庇われているわけにはいかない。もう疲れた。いろんなことを、終わらせたい。

 ー僕はそろそろ時谷夕花に別れを告げよう。

 できれば彼女に聞こえないような、静かに、密やかに。

 手を振る姿を見られたくはない。その時に彼女がどんな表情をしていたって、きっと僕は傷ついてしまうから。悲しいことは出来るだけ避けたい。

 僕は由紀に手を差し出して、力いっぱいに身体を立たせる。

 僕の感情よりも護りたい何かがあるように、この世界にも護らなければならない何かがある。

 遠くに輝く月が、木々を通り抜けて、僕らを照らしていた。

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