意図

 街から東に進むと、赤い屋根をした白塗りの建物にたどり着いた。辺りには花壇があり、今日も綺麗に花が太陽に顔を向けている。夏なので、隣に置かれた植木鉢で綺麗な向日葵を育てていた。駐車場のスペースを見に行くと、輸送車が停まっていた。

 出掛けていなくてよかった。ここで入れ違いになると、僕としては何かと不都合なことばかりだ。

 ドアをノックしようとすると、白石さんが尋ねた。

「あの、東雲くんは何しにここへ?」

 僕は何でもない表情で答える。

「知り合いが働いてるんだよ」

 そう言ってドアをノックする。奥から慌ただしい足音が聞こえてくる。

「はーい!」

 声の持ち主はドアを開き、僕らの前に姿を現す。目線があうと、一瞬視線を逸らされた。隣にいる女子でも気になったのだろうか。だがそれはないだろう。

 すると出てきた彼女は改まってこちらに視線を向けた。

「橘さん、ご無沙汰してます。一つ話を伺いたいのですがよろしいですか?」

「ああ、構わないよ。どうぞ上がって」

 そう言って僕らを中へ誘導した。壁も階段も何もかもが白い。まるで空間が虚無感覚に陥ったような感覚になる。度々訪れる度に「何かインテリアをつけてはどうですか?」と勧めてみるのだが「白の中にいれば、自分がどこにいるのか見失わないんです」と丁寧に断られる。

 リビングは相変わらず何もない。あるのは大きなソファーと、台所とその用品。机もなければテレビもない。中に入ると玄関以上に異空間だった。

「自由にくつろいでくれていいよ」

 と言われ、とりあえずソファーに座る。心なしか、肌寒く感じる。空間に色がないとこんなにも感覚が狂うものなのかと、改めて実感する。

 橘さんは物置と思われる場所から椅子を持ってきて、それを僕らの前に置き、腰を下ろした。

「優樹さん、この人はどなたですか?」

 橘さんは委員長を見つめる。

「彼女は白石由紀。僕のクラスメイトだ」

「よろしくね、由紀さん」

 はい、と委員長は小さく返事した。

 次に僕は橘さんに手を向けて、白石さんに視線を向けた。

「この人は橘美里さん。星界で郵便局員として勤めている」

「一度は顔を合わせたことあるかもだけど、どうかな?」

 橘さんがそう言うのなら、きっと過去に委員長と出会ったことはまずないだろう。

「すみません。私は通販をあまり使わないので」

 それは残念だ、と笑う。

 僕は早速本題へと勧めた。

「突然で悪いけど、あなたに聞きたいことがあるんです。」

 そう言うと橘さんは興味深そうに微笑んだ。

「例の事件の話だね?」

 僕は頷く。

「話が早くて助かります」

「で、聞きたいことは何かな?」

「錨を創り出したのは、あなたですか?」

 橘さんは小さく肩をすくめる。

「残念だけど私じゃないよ。第一あんなものを創れる力は持ち合わせていないし、それが出来るのは神様だけでしょ」

「やはりあなたも同じ考えだったようだ」

「思考が似ているのかもしれないわね」

「そうかもしれない」

「でも優樹さんが聞きたいのは、そんなことじゃないでしょう?わざわざ手紙じゃなくて直接会いに来たんだもの。こんな単純な内容なわけがない」

 その通りと、僕は白石さんに視線を向けて、また橘さんに戻した。

「さっき彼女と話していた事なのですが、錨の配置についてです。とりあえず僕は次に出現する場所をなんとなく予想してみたんです」

「場所は?」

「学校へ向かう途中にある森の中」

「なるほど。左右対称だと考えたわけか」

 やはり彼女の脳は柔らかい。こちらの事情なんてお構いなしに話をどんどん進めてくる。

「はい」

「あながち間違ってないと思う」

 橘さんは続ける。

「確か街の端?に錨があったんだよね」

「二つあったようですよ」

 一瞬、橘さんが委員長を見つめた。委員長はどこか怯えていたが、橘さんはどこか納得した表情をしていた。

「それが左右対称になっていたから、スクラップ広場の錨も、同じように反対に設置されるんじゃないか。むしろそれは正解だと思う。でもあまりに単純過ぎじゃないかしら?普通に考えれば、そう捉えるのが当たり前みたいなものだけど、神様は果たしてそんな簡単かしら?」

「どういう意味ですか?」

「星界の住人が想定できるような場所に、わざわざ置くような真似をするのかしら?もう少し複雑に配置してもよさそうだと思うけど」

「一理ありますね。けれどここからランダムに配置されることはないと思います」

「というと?」

「今回、錨が各地に設置されていますが、それには意味があると思うんです」

「配置が整っていて、なおかつ意味を持っていると」

 僕は頷く。

「それで配置から読み取れそうなことを推測してみたんです。僕は思いつかなかったのですが、彼女が面白い案を出してくれて」

「へえ、ぜひ聞かせていただきたい」

 僕はサラッと嘘を吐いて、一度白石さんにスポットを当てた。

「地図みたいに考えて、海を上、街の端を下として仮定します。あくまで東雲くんの言う通り、次に錨が森の中に設置されたことが前提なんですけど、その形が袋と囚われた点に見えるんです」

 橘さんは腕を組んだ。今のことを頭の中で描きだしているのだろう。

 そしてハッとしたように顔を上げた。

「確かに袋を想像出来るね。それが伝えたいことって何だと思う?」

「袋が星界だとすれば、中の点は私たち。つまりこの世界の成り立ちを描いているのかと思っています」

「違うね」

 白石さんは驚いて目を見開いた。

 橘さんは少し鋭い目つきで、話を続ける。

「そんなもの、ここに住んでいる中で、勝手に住人が自覚することだと思う。もしそれを伝えたいとするのなら、随分とお人よしな考え方ね。中途半端なことが正解なら、みんなだって謎を解くのはとっくにやめてるわよ」

 委員長から冷や汗が流れる。温厚そうに見える人から突然大声で辛口でものを話されれば、仕方のないことだろう。

 僕は熱くなり始めた橘さんをなだめた。

「落ち着いてください。話が進まなくなります」

 そう言うと橘さんは深く深呼吸をして、委員長に頭を下げた。

「それで、この配置の意図することが何か。その答えを聞きに来ました」

 橘さんはゆっくりと顔を上げた。

「まだ完全に形がハッキリしていないから、今考えても無駄だと思ってるわ」

 そうですかと、僕は少しがっかりした。

 橘さんは立ち上がると、窓の外を眺めた。夕陽が落ちかけ、街が橙色で塗りつぶされていく。

「そろそろ帰りなさい」の言葉と共に、話が終わった。

「ありがとうございました」

 と二人で頭を下げる。橘さんは陽気に手を振っていた。

「また何かあれば家に来なさい」

 その言葉を背中越しに受け取り、その場を後にした。


 二人で歩く道は暗く、街灯の明かりが僕らを笑うかのように見つめている。

「特に成果がなくてごめんね」

 そう言うと白石さんは申し訳なさそうに頭を振った。微かに良い匂いが辺りを漂う。

「ううん!私こそ上手く話せなくてごめんなさい!」

「そんなことない。むしろ委員長がアイデアを出してくれたおかげで、確証がまた確証になったんだから」

 ありがとうと、軽く頭を下げる。

 すると彼女は僕の前に躍り出た。僕は思わず足を止める。その光景を見守る街灯と、涼しい風。僕らの中で時が止まった感覚に陥った。

 深呼吸をすると、僕を真っ直ぐ見て、更に近くに歩み寄って来た。少し足を前に出せば、そのまま踏みつけてしまいそうだった。

「東雲くん、いつも私のことを委員長とか、白石さんって呼んでくるし、私もくん付けで呼んでたから、微妙な距離感?があって」

 僕は思わず真剣に考え込む。

 彼女は赤く染まった頬をこちらに向けて、口を開いた。

「あのね!」

 何だろう?と僕は次の言葉を待つ。雰囲気的にはそういう空気かもしれないが、彼女に限ってそれはないだろう。

「今度みんなでパーティーしませんか?毎回新入生が来るたびにやってたやつ。まだ時谷さんの分があるので。どうですか」

 もちろん、構わない。と答えるしかないじゃないか。きっと断るなんて選択肢は、僕に与えられやしない。ここで断ったら、今の空気を、多少は崩してしまうかもしれない。円滑に彼女の交友関係を固めるには最適だ。いつか僕がそばにいなくてもいい日が、やってくるかもしれないから。

「名案だね。時谷は少し熱くなりすぎている。ほんの一瞬だったとしても、彼女の脳を休ませることもできる」

 白石さんはよかった、と安心して胸を撫で下ろす。その仕草を見て、僕も多少嬉しくなってしまった。

 それと、と彼女が口を開く。

「東雲くんのこと、これから優樹くんって呼んでもいいかな?それで私のことも由紀って呼んで欲しいな、なんて」

「いいよ」

 僕は特に恥じらいもなく答えた。

 彼女の言葉に悪意はなく、僕も悪い気はしなかった。

 白石さんの表情はわかりやすく明るくなり、僕の手を握った。

「ありがとう、優樹くん」

「こちらこそ嬉しかったよ、由紀」

 ところで、と僕は言葉を繋いだ。

「どうして僕の手を握ってるの?」

 彼女は呆気にとられながら、自分の手を見つめる。更に紅潮し、勢いよく手を放した。

「ご、ごめんね!」

「いや、大丈夫だよ」

 本当に今日は充実した一日だった。

 由紀のいろんな一面も見れたし、橘さんからも話を聞けた。

 収穫は充分だ。あとは意図さえ掴めれば。


 時計の針は休むことなく動き続けていた。

 翌朝の一〇時になる少し前、僕は寮を出て学校に向かった。今日も時谷たちは教室にいる。昨日の成果を報告しなければと急いでいたのだ。

 学校に着くとすぐに上履きに履き替え、普段通りの場所へと足を進める。

 教室に入ると、随分と騒がしかった。廊下からも聞こえていたが、現場はよりそうだった。

 おはようと言うと、いつものメンバーが僕を見る。だがそこに水廣さんの姿はなかった。

「また錨が設置されたみたい」

 と時谷が言う。

 僕は違和感を覚えた。

 するとむしろ楽し気に上田が尋ねる。

「まじかよ。今回はどこだ」

 おかしい。次は森だと思っていたが、来る最中にそれは見当たらなかった。だからまだなのかと思っていたのだが、既に新しい錨が出てきたようだった。

「今回は海岸だった」

「どうして知ってるの?」

 と僕は尋ねた。まさか今朝のニュースで流れたわけでもないだろう。

「先生が学校に来る途中で見つけたらしい」

「なるほど」

 それなりに噂にはなっているようだ。星界は事件の少ない場所だから、みんな暇なのだろう。

 由紀が口を開いた。

「やっぱり奇妙な文章が添えられていたらしいよ」

 あの一件以来、敬語もやめようかと、二人の中で約束をした。だから彼女はクラスで唯一タメで話してくれるようになった。

「へえ。どんな?」

「君たちは遠い鏡の中にいる。君たちはなんだ?そう書かれていたって先生が」

 時谷が眉を寄せる。

「よくわからない。伝えたいことがあるなら、はっきり書けばいいのに」

「そうですね。誰かにだけわかる暗号みたいなものでしょうか」

「それなら手紙を送ればいいよ。みんなに見えるように、わけのわからないことを書く意味ってなんだろう?」

「結局はイタズラでしょうから、あんまり真面目に考える必要はないかもしれませんね。本人は芸術表現の一種だと思っているのでしょう」

 二人の会話に上田が口を挟む。

「でもなんかワクワクするじゃん。錨より犯人の方が面白そうじゃね?」

 僕は時谷に尋ねる。

「どうする?」

「錨については現場を見に行っても、わかることはなにもないだろうし、今はいいかな」

 その通りだろう。

 僕は頷こうとしたけれど、その前に委員長が口を開いた。

「犯人捜しはかなり進展してるみたいらしいよ」

「どういうこと?」

「現場の近くでレイさんが目撃されたらしいの」

 レイ。不死身の狐。

 先生はレイさんを疑ってるらしいよ、と由紀は言った。

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