暗号

 僕もさっさと寮に帰ってしまいたかったけれど、鞄を置いたままだったから、一度教室に戻る必要があった。

 教室には、時谷と、委員長と、上田と、水廣さんが残っていた。そのうち一人が残っているのには予想通りだったが、他に三人もいたのは意外だ。

 僕の顔を見て、時谷が口を開く。

「どうだった?」

「どうって?」

「疑われた?」

「まあ、それなりに」

「じゃあ、真犯人を見つけ出そう」

 時谷がそう言い出すことはわかっていた。彼女は冤罪を嫌う。

 何か思いついたように時谷は僕を見つめる。

 嫌な予感がする。彼女に新しいアイデアが生まれる度に、僕の苦労は増えてしまう。まだ学者たちは発見していないけれど、この世界には確かにそういう法則があるのだと思う。

「神様に会いに行こう」

 その発想は予測できていたけれど、思わず笑ってしまった。

「どうして会いに行く必要があるんだい?」

「それが一番手っ取り早い方法だからだよ。神様は何でも知ってるんだから、誰が犯人かも知ってるはずじゃないかな。まず郵便局にある電話を使って、神様と連絡をとる。そしたら会う約束を取り付けて話を聞けばいい」

「確かに楽かもね。でも神様が確実に電話に出る保証はないよ」

「なら出るまでかけ続ける」

「そんなことしたら、余計に会う約束をしてくれなくなるかも」

 確かにそうだと、時谷は考え込む。

 委員長、白石さんが少しの沈黙を破った。

「じゃあこうしましょう。私と東雲くん。上田くんに、時谷さんと莉奈。二つに分かれて別行動しましょうか」

 委員長とペアなら安心できる。ちなみに莉奈とは水廣さんのことだ。珍しい組み合わせをしてくれると、僕は委員長を見つめる。

「お互いに探し出すもの別々にしましょう。私たちは神様の聞き込み、三人は他に錨の設置される場所の特定を。早めに暗号が解ければ、その分早く事件が意図していることがわかるかもしれないし」

 全員が頷く。満場一致だ。

 期間は特にない。学校はこの事態に何が起きるのかがわからないために、明日からはしばらく休校にするとのことだ。

 僕らは次の朝から行動を開始した。上田たちは学校に集まって、お互いの知っている情報を交換しあう計画を立てたらしい。それは賢明な判断ではないと思う。確かに効率はいいかもしれない。でもその場に犯人がいないと決まったわけじゃないし、もしかしたら嘘の情報を話すかもしれない。実に人間不信だと思う。


 僕らは、街中に設置された、僕と上田で発見した錨の前で待ち合わせた。一応探索になるから、服装は前と同じようなラフな格好をしていた。変に着飾って、周りに疑いの視線を浴びせられるよりはマシだ。

 少しすると正面から委員長が走ってくるのが確認できた。必死に足を動かしながら大きく手を振っていた。僕もそれを見て手を振り返す。目の前にやってきた彼女は既に息を切らせていた。

「ごめんなさい、少し遅れてしまいました」

 ふと上田とのやりとりを思い出す。もし今目の前にいるのが僕じゃなくて上田だったなら、きっと説教でも食らっていたのだろうか。

「ううん。ついさっき来たばかりだし、気にしないで」

 そう言った彼女はどこか嬉しそうだった。

 そして僕らは神様についての手がかりを知るためにまずは街中から探すことにした。きっと電気や水道、この世界のライフラインに関わっている人たちは、神様に近い立場ではないのかと予想していた。普通に考えて、いきなり星界に迷い込んでしまった住人が、すぐに電気屋を始められはしないはずだ。とりあえず電線を辿れば、なんらかの電気に関する施設に行き当たるのではないかと思った。

 だが電線はどこにも繋がっていなかった。正確に言えば、この世界の外、僕らの手の及ばない遠い場所に繋がっていた。

 せっかくのアイデアだったが振り出しに戻る。白石さんは徐々に歩く速度が遅くなっていた。やはり疲れが出てきたのだろう。無論、僕も他人事ではなかった。

 一度近くのベンチに座り込む。景観のわりに、やはり街は静まり返っていた。

 委員長が口を開く。

「ごめんなさい。私が変なことを口走ったせいで…」

「そんなことないよ。むしろ一つ手がかりを見つけたかもしれない」

 委員長は驚いてこちらを見やる。

 僕は続ける。

「さっきも見て回ったけれど、錨はやっぱり左右対称になっている。なんとなくだけど次に錨が設置される場所が特定できた」

「どこのこと?」

「まず学校を真っ直ぐ出て、鳥居の方へ行く途中に見えるスクラップ置き場、そこに錨があることは知ってる?」

「ええ」

「そして街の端で、二つ錨が見つかっているらしい」

「それは知らなかったです。誰から教えてもらったのですか?」

「知り合いから手紙が届いたんだ。そこに書かれてた」

「じゃあ、その人が犯人かもしれませんね」

「可能性がないわけじゃない。でも犯人とも断定できない。そこはもう少し推測してみなくちゃいけないようだ」

 彼女は頷く。

「それで、次に現れる場所はどこなのですか?」

 僕は無意識に空を見つめた。規則性もなく雲が並んでいる。その下を鳥たちが自由に飛び回る。話ながらも、やはり飽きないものを見つめていた。

 意識を戻して、再度白石さんに視線を向ける。

「海側を下、街の端を上と見立てることにしよう。街中にある錨を一つ目とするなら、二つ目は、海と街中の真ん中左寄りにあるスクラップ広場。ということは右寄りには学校があることになる。そして三つ目と四つ目は、街の端に左右に置かれた錨になる。現時点では四つだけだ」

「じゃあ、あといくつ錨が置かれるのですか?」

 僕も正しい解答を出したわけじゃない。でも僕の考えが間違っているならば、この世界が無駄になってしまう。それだとただイタズラに設置されただけになるし、それが意図することなどなくなってしまうのだ。

 僕は少し苦し紛れに答える。

「二つだよ。まずは学校に行く途中の険しい道、その隣に森があるだろ?そこに置かれるはずだ」

「何故そんなところに?」

 問いかけに対する回答は単純だった。

「左右対称だからだよ」

「シンプルですね」

「今の感じだと、そこが一番妥当かなって思っただけさ」

 僕は理解の追いついていなさそうな委員長に、わかりやすく丁寧に説明する。

「現時点で少なくとも街の端にある錨は左右対称になるように設置されている。じゃあ、それは一般的には何対称と言えるかな?」

 彼女は少し考え込む。

「線対称?」

 と白石さんが答える。

 僕はその通りだと、首を縦に振る。

「ならスクラップ広場の錨から線対称の場所に設置されるのが、一番単純な考えだと思わないかい?」

「確かにそうですね。では最後の一つはどこへ?線対称だと言うのなら、もう錨が置かれるようなポイントはありませんが」

「そうですね。では今のポイントで、この配置が何を示すのかわかりますか?」

 彼女はこういう時に捻くれた発想をする。国語の時間でも、みんなが考えつかないような答えを導きだしてしまう。

 僕はつい答えに期待していた。

 すると彼女は考えて考えた答えを出した。

「袋、ですかね」

 一瞬呆気にとられたが、すぐにその答えに興味を持った。

「どうして袋なんだい?」

 委員長は続ける。

「今の見た目でいくとよくわからなかったんです。だから一度上下を逆さまにして考えてみたんです。そしたら、その形が袋そっくりで」

「確かに似ているね。なら真ん中にある、街中の錨は何を指しているのかな?」

「囚われた人々、かもしれません」

「それは僕らのような住人のこと?」

 委員長は頷く。

「袋が星界だとすれば、その袋の中に囚われている点は私たちと捉えるのが普通じゃないですか?」

「確かに。このまま森に錨が創られたら、君の考えが正しいことになるね」

「創られる。ということは、東雲くんは事件の犯人は神様だと思っているのですか」

「そう考える以外、何も思いつかないからね。たとえ何を間接的に経由したとしても、こんなものを運ぶことは不可能だ。ならば不可能を可能に出来るものがターゲットにされるのが定石さ。となると誰が役になるのがふさわしいかと考えた時に、それは神様が選出されると思うんだ」

 彼女は微笑む。

「説得力のある話ですね。この世界はありえないことで成り立っていますからね」

「僕はそんな中で一つ確信したことがあるんだ」

「それは?」

 僕は確証を話した。我ながら説得力のある言葉だと思う。この世界に一番似合うだろう。

 委員長は僕を真っ直ぐ見つめた。

「東雲くんらしいですね」

「僕らしい?」

「そうです。何でも正しく物事を把握して、それでいてみんなを引っ張れる。だからこそ見えた答えなのではないでしょうか」

「あまりそういったことを考えたことはないな。でも言われてみれば、確かに僕らしい答えなのかもしれない」

 しばらく沈黙が続く。

 僕としては彼女からの言葉を待っていたのだけれど、向こうは次の言葉が上手く思いつかないようだった。

「行きたい場所があるんだ」

 と僕は言う。

 委員長は不思議そうに僕を見つめた後「どちらへ?」と聞いてきた。

 僕は辺りを見回し、進むべき道に指を差す。

「ちょっと、郵便局にね」

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