休日

 その日は二人、別々に時間を過ごしていた。

 僕は上田と散歩へ、時谷は白石さん、水廣さんと学校へと足を運んでいた。 

 別行動をとったことに、対して深い理由はない。ただ単純に、まともな休日を過ごしてはどうだろうかと、ずっと探し物をしていた僕らを心配して声をかけてくれた白石さんの気遣いだった。それもいいだろうと、彼女と出会ってから、初めて長時間距離をとってみたのだ。

 彼女がどういった話を交わすのかなど、正直どうでもよかった。平凡に時間が過ぎればいいと思っていたのだ。

 起床して、身支度が済むくらいの時刻に、僕らは学生寮の入り口で待ち合わせていた。

 今日は土曜日で、本来なら時谷と一緒に、学校でまた資料を探す予定だった。たまにはこういったリフレッシュも必要だろう。提案してくれた委員長に感謝だ。

 だが上田が僕と散歩がしたいと言っていたことには、疑問の念の持たざるを得なかった。

 あの一件以来、彼はよく僕と絡むようになっていた。もちろん不満はない。多くの人とコミュニケーションをとれるのは良いことだ。ただ何度考えても、意図が読めない。きっと彼自身もリフレッシュをしたいだけなのだろうが、散歩というのが謎だ。

 わざわざ外に出なくても、どちらかの部屋に集まって、ゲームや読書会は出来たはずだ。僕はどちらかというとインドア派なので、基本的に休日は部屋で過ごしている。

 あの日、海辺にいたのは気まぐれだ。ちょっとした用事のあとに、寄り道しただけなのだ。

 そんなことを考えながらエレベーターに乗り込む。僕の部屋は五階にあるので、階段で上り下りするには不便だ。反対に上田は二階なので、階段から降りてくる様子を度々見かける。

 重たいドアが開くと、寮の入り口には既に上田が立っていた。

 僕は少し駆け足で向かい、声をかけた。

「おはよう、遅れてごめん」

 上田は朝起きたてとは思えない声で言う。

「おはよう、東雲。それにしても遅いだろ!待ち合わせってのは、ちゃんと五分前には集合場所にいるってのが礼儀だろ!」

 彼の思考はとてもしっかりしている。だがこのように、それは仇となり形になりがちだ。今日は早めに来たつもりだったのだが、二分ほど遅れてしまっていたようだ。

「すまない」

「はあ。時間にルーズじゃ女の子に嫌われちまうぜ?一分でも遅刻してみろ。俺の経験上、確実に怒られちまう。親しき仲にも礼儀あり、だぞ」

 僕的に言わせてもらえば、数分遅れただけで大声で怒鳴る男子と、申し訳なさそうな顔で謝る男子とでは雲泥の差があると思っている。

 女子からすれば後者の方が印象は良いはずだ。確かに予定に対して、余裕をもって行動するのは決して悪い事ではないのだが、怒鳴ってしまっては台無しだ。

 口にすれば、しばらく場が和やかにはならないと思い、言葉にはしなかった。僕が時谷みたいな性格だったら、間違いなく論争になっていただろう。

「それもそうだね。じゃあそろそろ行こうか。何か色々話があるそうだからね」

「わかってんじゃねーか」

 イタヅラに微笑むと、僕らは目的地のわからない散歩を進めた。

 学校の授業など、学生ならではの他愛もない話を交わしながら、街中までやってきた。普段から外に出ることがないので、周りの風景を新鮮だと感じる。

 丁度マネキンの立ち並ぶ服屋を通り過ぎ、僕はふと上田の服装に目を通した。

 水色のシャツ、見ただけで、だいぶ着られているとわかるジーパン。そして斜め掛けの小さなカバン。実にシンプルだ。色合いは涼しく、隣にいてもその暑さを感じることはなかった。

 ベランダで服を乾燥させている時に、外に出掛ける上田の姿を何度も見たことがあったので、私服に対する新鮮さはなかった。本人には言わないが、割とこの着合わせが気に入ってるらしい。ファッションには関心を持っていないようで、着れればいい、という精神を持っている。

 対して僕はと言うと、白色のポロシャツにジーパン。僕もあまりファッションには気配りしていない。普段着ならこんなものだ。

 どちらも女子受けは悪そうだなと、一人で微笑む。

「どうした、急に笑ったりして」

「いや、何でもないよ。気にしないで」

 なんだかこの時間が、変な意味ではなくむず痒くて、それと同時に恐怖を抱いていた。

 

 海辺へ続く道のりを、反対方向へ真っ直ぐ進んだ。僕はこの街に一度来た以来、一歩も近づいたことはない。だがそれは夏になる前の話だ。付近の道などもわかりやしない。今日久しぶりに訪れ、上田に案内してもらった。

 見えるのはポツリと立ち並ぶ街灯、全くひと気のない家。誰が住んでいるのか、そもそも住んでいるのかすら怪しい外見だ。窓ガラスが破損し、塗装も欠けたパズルのように崩れている家。裏腹に新築のような整った家も多く並んでいる。

 ここにはどうしようもなく矛盾したものばかりが存在している。いい加減に慣れたと思っていたが、まだそういうわけにもいかないらしい。

「今頃、あいつらは何してんだろうな」

 上田が歩く速度を少し落としながら言った。

 それに歩調を合わせ、話を繋げる。

「委員長たちのこと?」

「ああ。何だかんだ時谷だっけか?あいつの話って突拍子もないだろ。だから会話するのが大変そうだな、て思っただけだ」

「君が人の心配なんて、らしくないな」

「失礼だぞ」

 すまないと、僕は笑いながら頭を下げる。

 上田は不機嫌な表情を浮かべながらも、どこか楽しそうだ。

「東雲はあいつといて、大変だとは思わないのか?」

 そんなわけないだろう。とても大変だ。それは君が思っているよりもずっと。

 僕は頬を軽く掻く。

「何もかも積み重ねだよ。いずれそれが苦痛じゃなくなるさ」

 こう言うしかなかった。だが別に嘘を吐いたわけではないし、特に責められることではないはずだ。

 上田は納得したかのように首を縦に振り、ほう、と相槌をうつ。

「確かにそうかもな」

 そう言うと上田は少し先に見える景色を指差した。

 彼より背が低いので、上手くそれを見れなかった。

「あそこ。今日お前と来たかった場所だ」

 徐々に距離を縮める。

「そこでは何か面白いものでも見れるのかな?」

「見ればわかるさ」

 進むと同時に、目的の物が見えてくる。広く、緑豊かで小さな公園に。大きく、わかりやすい形だ。

 公園に入り、真っ直ぐに近づき、手前で止まる。そこには重く存在感のある物があったのだ。

 僕は見たままを答える。

「こんなところに錨?」

 重い色合いをした、大きな錨だった。サイズも人間一人と同等で、更には鎖が地にめり込み、本体は緑に気だるげに横たわっている。

「そう。ついこの前突然出現したらしいんだよ。しかも夜だったから、目撃者もいない。これだけ重いのに、何の音もならなかったって聞いてるぜ」

「妙に詳しいね。誰からの情報提供だい?」

「シャーロックだよ。あいつは物知りだから、噂だってすぐに耳に入ってくるんだろ」

 不死身の狐からの情報は、イマイチ当てにならない。

 元から彼には虚言癖がある。それを知っているのはどうも僕だけらしいが、知っているからこそわかる。彼の言葉に信憑性はほとんどない。時に、本心に嘘をつき真の吐くことがあるから、その見分けがとにかく難しいのだ。

「まずどうして錨なんだろうね。設置するにしても、もう少しまともな物を用意できたはずだろうに。こんな重たいものをどうやって運んできたのかな?」

「それはもう、魔法とかじゃね?」

 僕は思わず微笑む。

「可愛らしい発想だね。君からそんな言葉が聞けるとは思ってもみなかった」

「じゃあ、何て考えればいいんだよ」

「そのまま返そう。どう考えるのが一番現実的かな?」

 上田は腕を組み、目を瞑って下を向く。

「現実的か。例えば輸送車とか?」

「一理あるね。郵便局員が何かを運ぶ時は、決まって輸送車だから。でもこれじゃ収まりきらない」

「屋根に縛り付けた可能性は?」

「いくらなんでもそれはないだろう。トラックみたいな形状なら、まだ可能性はあったかもしれない。でもそれだと屋根が潰れるのも時間の問題だ」

「確かに」

「第一、仮に縛り付けたとして、屋根にこんな重いものをどうやって置くの?」

 難しいな、と上田が呟く。

 そうでもないよ、と僕は返事をした。

「まずこの世界は不可能で不可解な出来事が良く似合う。現実では出来ないであろうことさえも、日常として全てを書き換えられてしまっている」

「俺には小難しいことはわからない。頭が悪いから理解出来ないな」

「そこから先は哲学的な話になるから置いておこうか。それよりもこの錨。結局どうやって運ばれたのかわからないね」

 でも、それが正しいのかもしれない。

 そう言うと上田は眉間にしわを寄せた。

「正しいことがわからないことが、正しい?」

 僕は頷く。

「そういうこと。この世界に理解出来ることなんて何一つないよ」

「お前、少し変わったな」

「そんな自覚はない」

 もし変わってしまったとするなら、それは自らの意思ではない。彼女の登場によって、星界で積み重ねてきた自分を変えられたのだ。

「さてと。とりあえず寮に戻って、僕の部屋で会議をしよう」

「会議?」

 上田は首を傾げる。

「この不可解な出来事が一回で終わるとも限らない。的確に事情を知っている人を洗い出すんだ。どのみち明後日になれば、学校中に知れ渡るだろう。早めに動いて認知してもらい、可能性を探してみよう」

 やる気満々そうな僕を見て、上田は笑う。

「情報集めか。単純な作業だな」

「頭が悪い人には、これが一番わかりやすいだろ?」

 僕らは公園の錨に背を向け、一度寮へと向かった。


 その後、僕らは日が暮れるまでずっと可能性という可能性を探し続けた。しかし答えは一向に見えてきやしなかった。目的も、次にどこがターゲットにされているのかも想定出来ない。

 正直に詰みだった。これ以上、上田に付き合って探したところで答えは見えてこないだろう。

 もう夜も遅く、解散しようと上田が荷物をまとめだし、僕は置かれたままのグラスを台所へあげた。体力は限界に近かった。今日は委員長が考案した休日だったはずなのに、またこうして作業をしてしまっている。

 せっかくの時間を棒に振った気分だ。

 ため息をつくと、ドアのポストに何かが落とされた音が聞こえた。洗っていたグラスを置いて玄関へ向かう。それにつられて上田も後ろをついてくる。

 僕は郵便受箱をゆっくりと開ける。大きな音ではなかったから、何か物が届いたわけではなさそうだ。ということは…。

 手を入れて取り出すと、それは小さな手紙だった。通販で手に入れたようには見えない程に可愛いレターセットだ。裏返しして送り主を確認したのだが、名前は書かれていなかった。

 僕は思わず目を丸くする。

「なんだそれ?」

 後ろから背伸びをして、上田が覗き込む。

「手紙だよ。送り主はわからないけどね」

 上田はどこか安心したように、ホッと胸を撫で下ろした。

「何だ、ただの手紙かよ。今日の件があったから、何か不吉なものでも届いたのかと思ったぜ」

「中身をまだ見てないから、朗報かもしれないよ」

 そう言いながらゆっくりと封筒のシールを開ける。中からは普通のコピー用紙よりもひとまわり程小さい紙が出てきた。裏から見ても中身はスカスカだった。多く改行されていて、文章自体に意味があるようには見えなかった。

 四つ折りの紙を広げ、ササッと目を通す。

 思わず驚き、声を出してしまった。内容を読んだ上田も眉間にしわを寄せる。

 何故、こんなにもタイミングが良くて最悪なのだ。

 受箱の小さな穴から入ってくる風だけが、その場の僕らを涼ませた。

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