資料

 時谷は不確かで、ぼんやりとした敵を神様と仮定したようだ。

 放課後になると必ず僕の元を訪れ、神様について調べたいと言い、僕も度々それに同行することになっていた。図書館にでも行けば、資料なんていくらでもありそうだが、神様はそう安易な存在えではないようだ。神様の情報は謎で包まれている。

 毎日放課後いろんな場所を尋ね、資料を出来る限り探し続けたりしていた。白石さんや水廣さん、上田もよく付き合ってくれた。だがやはり探し求めていた情報は、一週間経った今、何一つとして出てきていなかった。

 そんなある日、もう時刻も遅くなり、夏でもいい加減暗くなり始めるまでずっと資料を探していた。その日はみんな用事があって、先に学校を後にしている。僕と時谷の二人で、遅い時間になっても図書室に引きこもっていた。もう丸何日も探し続けているため、二人とも身体はもう限界に近づいていた。しっかりと立つのがやっとで、少し身体を伸ばす度に関節から大きな音が鳴っていた。瞼も垂れ下がり、眠気もピークだ。

 疲れた時谷が、少し苛立って勢いよく本を閉じて、デスクの上に叩き落とした。

「これじゃいくら探しても、出てくる気がしないよ」

 僕は多少呆れ気味に言う。

「だから情報はそう簡単に見つからないって言っただろ?」

「まあ、そうなんだけど。一週間もひたすら探してたのに出てこないと、流石の私でも疲れちゃうよ」

 最近は前と比べて、日暮れが早くなっていた。街から坂道までは街灯がついているけれど、肝心の藪道から学校までの道には明かりなど一つもない。夜は避けた方がいい。幸い今日は木曜日だから、明後日には日中から行動できる。

「危ないし、タクシーを呼ぼうか」

「タクシーなんてあるの?」

「あるよ。ここにはタクシーは一台しかないんだ」

 そう言いながら、僕はポケットから小さなオレンジのスイッチを取り出した。ポケットを圧迫しない程度の小さなオレンジの箱に、更に小さなボタンがついている。それを押す。

 時谷は首を傾げる。

「何それ」

「これは呼び出しボタンのようなものさ。僕は運転手さんにはお世話になっているから、いつでも呼べるようにってくれたんだ。今押したところだから、あと十五分くらいすれば来ると思うよ。それまでは明るいここで大人しくしておこう」

 流石に暗い中、ずっと学校の外で待つのは一応危険なので、それだけは避けたい。時谷はしっかりしているように見えても、ちゃんと女の子なのだから、危険から遠ざけるのは今の僕にとっては、当然の義務だろう。

 筆箱や出してきた資料を直し始めると、時谷が口を開いた。

「さっき運転手の人にはお世話になってる、て言ってたけど、どうやって知り合ったの?」

 僕は少し考え込む。

「気づけば一緒にいた、ていうのが一番妥当かな」

「必然っていうやつ?」

「どうだろう。捉え方によってはそうとも考えられるかもしれないね。でも偶然とも考えられる。たまたま出会って、たまたま一緒にいたという可能性だ」

「偶然が重なれば、それは必然と同じだと思うよ」

 やはり彼女とは思考が合わない、と僕は改めて感じた。

 些細なことでも議論になってしまうと、僕は降参せざるを得なくなってしまう。どうしようもなく彼女に勝っているのに、必ず負けてしまう。僕にとってはその事の方が必然だ。

「その人は、どうやってタクシーを手に入れたの?」

「噂では神様に許可をもらって、創ってもらったらしいよ」

「でも優樹とは仲がいいんでしょ?その話はしたことがなかったの?」

 今思えば、あの人とは他愛もない話をしたことがない。プライベートな話だって、かれこれ半年ここにいるけれど聞いたことがなかった。

「ないかな。もしかしたら僕は嫌われているのかもしれないね」

 と僕は言う。

「どうして?」

 と時谷が問う。

 僕は一度頭の中を整理して、口を開く。

「人からどう思われているのかなんてわからないから、あくまで可能性の話だけど。普通親しくしている人となら、浮いた話の一つや二つ聞いたっていいだろうけど、そういった話をしてこなかった。というのは僕を嫌っているから話してくれていないと考えられるし、単純に話下手なだけの可能性だってある。あるいは僕から何か話し出すのを待っていた可能性だってある。とすると向こうからすれば、浮いた話をしてくれない僕から嫌われているのではないかと、向こうが考えるかのうせいだってあるよね」

「つまり?」

「要するに、一つ一つ色んな可能性があって、その数だけの解答がある。実際の答えがわからないから、答えられないって話さ」

「遠まわしに言わずに、それをそのまま始めに言えばいいのに」

 全くだねと返事をすると、校門前に光があった。その後ガタガタと車体を震わせながら姿を現した。

「さ、そろそろ行こうか」

 そう言って僕らは今日の図書室をあとにした。

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