始まり
そんな昔なことを今更考えたってどうにもならない。だから彼女をこれから守っていこうだなんてことは尚更思えない。昔虐められていた彼女を一時期でも見ていた僕が、そのような行動をとったって何の解決にもならないし、それはただの偽善でしかない。
考えても埒のあかないことを考え、物思いに耽っていたからだろうか。いつの間にか上の空にいたのだろう。気づけば時谷が真正面から僕を見つめ、少し不貞腐れた表情で僕を見つめていた。
「どうしたの?」
きっとしばらく僕が話し相手になって返事を出来ていなかったのだろう。僕が考え込んでいた内容を知りたがっていた。そういう性格は全く変わっていない。
昔から自分の中で何か腑に落ちないことがあると、その原因が何であるかなど、全てが解決に至るまで好奇心を止めることはない。それは時に剣よりも強いペンであったり、時に諸刃の剣に化けてしまうことだってある。だから友好関係が良好ではなかったのではないか、と僕は考えている。
そして返す言葉に戸惑いながら、それを口にする。
「いや、少し昔のことを考えてただけさ」
「昔のこと?」
「そう。友達のことさ」
「仲が良かったの?」
「そういう関係じゃなかったんだ。ある日からその子とは言葉を交わすことがなくなってしまってね。今はもう僕のことなんて覚えていないらしい」
時谷は疑問な目を僕に向ける。
「何で自分のことを覚えていないなんて言い切れるの?」
思いがけない疑問を投げかけられ、思わず喉に言葉が詰まる。だが僕が思っていたよりも、それは早く形となり外へと飛び出た。
「なんとなくわかるんだ。何年も会っていなかったんだから、なんて事のない出来事を忘れてしまうように、きっと僕のことも忘れてしまっている。人間なんてそんなものさ」
「でも私は些細なことでも忘れない。ここに来た時に、何かをあっちに置き忘れて来たみたいだけど」
「いくら物覚えが良くてもここに来た人は必ず記憶を失くしている。それがどんなに愛おしい記憶でもね」
「本当にこの世界は複雑ね」
彼女は小さくため息をつく。その言葉は嘘に見えない、光みたいに綺麗で素直な言葉だった。
僕もここに来た当初は本当に驚いた。何もかもが非現実的で、信じたくてもいつまでも信じられないでいた。半年過ぎてこうした今でも、この世界事情を完全に信じてはいない。
「確かに複雑かもしれないね」
彼女は小さく相槌ちを打ちながら、僕の言葉を待つ。
「そうだ。僕がここに来る前から住んでいる人がいるんだ。彼はとても博識で、君が持つ疑問ならあっさりと答えてくれるかもしれない。街を案内する前にまず会いに行こうか。ここに来た人は必ず会わなければならない規則になっているから、了承してくれるかな?」
「構わない。規則を破るのはいけないことだと思うから」
「ありがとう」
彼女がそう言うと僕等は彼の待つ山奥に建てられた学校に向かい歩き始め、この瞬間から、時谷のいる世界での日常が幕を開けた。
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