第34話 束の間の邂逅2

「お兄さん、髪の毛が生える不思議な薬はいりませんか?」


 そうシャインに声をかけてきたのは、普通だったら高校に通っているだろうくらいのスポーツ刈りの男子だった。その隣に中学生くらいの女の子を連れている。


【佐藤健一】

【佐藤美雪】


 シャインは喉が詰まった。

 二人とも服は汚れ頬は痩せこけている。顔には転生してからの苦労が滲み出ていた。

 目頭がじんと熱くなる。


「将来のために一本どうですか。5シルバーでいいですので」


 シャインが立ち止まったので、脈アリと育毛剤を突き出してくる。


「……いいものなら、もっと高く売った方がいい」


 シャインは溢れそうな涙をこらえながら言った。


「え?」

「在庫が限られているんだろ? 5ゴールドで全部もらおう」

「ええ!?」


 男の子は大きな口を開け仰天した。妹だろう隣の女の子と手を取り合う。


 シャインの心境は足長おじさんである。自分でも分かっている、ただの自己満足だということは。困っている人を全員助けるなんてできるはずがないしそんな性格でもない。


 ただ今だけは自分の心に従いたかった。

 男の子は裏手から段ボールに入った育毛剤を持ってきた。


「全部で108個あります」


 ――えええ!? お、思ったより多い。


 満面の笑みの男子を前に、今さら値切るのは恥ずかしい。全部買うことにした。リリーナから全財産奪って万を超えるゴールドを持っているのではした金である。


 周りがざわめいた。

 ヒソヒソ話が聞こえ熱を帯びた視線がシャインに向けられる。あいつ大金持ちだぜ、そんな一触即発の雰囲気が立ちのぼる。


「これも買って下さい!」

「わたしの服も買って下さい!」

「下着売ります!」


 一人が叫ぶと堰を切ったようシャインの周りに人が殺到した。ネオスやカイが脇に押し退けられる。


「分かった。買えるだけ買うからちょっと待って。並んで」


 シャインは叫んだが、揉みくちゃにされる。その様子を見てさらに人が群がった。



 二時間後――シャインはやっと解放された。

 心は満足だ。自己満足だけではない、地球時代の日用品、お菓子、衣服が大量に手に入ったこともある。

 地球の頃なら家が買える値段がした、バイクメーカーが技術の粋を集めて作った近未来的なデザインの黒い大型バイク。燃料こそ今ある分しかないものの、50ゴールドで買えた。


 やっと解放されたシャインはげっそりしていた。


「疲れた」

「お疲れ様です」


 シャインは溜め息をついた。カイが労う。


「女の子から服を買う時、鼻の下伸びてなかった?」


 ネオスが言う。


「伸びてないわ!」


 シャインが言うとネオスがくすりと笑った。


「それ食べ物? 欲しい」


 ネオスがシャインが持っていたお菓子を指差した。


 ――こいつポテチをピンポイントで指名してきたか。完全に黒だな。

 もう少し泳がせて、尻尾を鷲掴みにしてやるか。


「ほらよ」

「ありがと」


 ネオスが顔に花が咲かせて受け取った。

 その顔を見てシャインはドキッとした。変な感情を振り払う。


 ふと通りすがりの人に目にとまった時――シャインは雷に打たれたように硬直した。なんか見覚えのある奴を見かけた。

 どことなく自分に――。


【鈴木ヒカル】


「って俺じゃん!」


 目を擦ってもう一度よく見る。


 ――間違いない、ダークエルフ版の俺だ。


 その時、スズキ・ヒカルとバチッと目が合った。

 スズキ・ヒカルが硬直する。

 しかしふいっと目を逸らし何事もなかったように歩いていった。


 ――え? 今完全に目があったよね? 向こうも意識したと思ったけど。


 追いかけて鈴木ヒカルの目の前に立ち塞がろうとすると、


「おまたせヒカル」


 買い物袋を持った女性が店から出てきた。


【鈴木ノエル】


「うわっ、ノエルっ!?」


 そこにいたのはノエルだ。ゆるふわポニーに生足スニーカーに、短めのスカートの可憐な女の子。


「え、誰!?」


 シャインの声を聞いて、ノエルが驚いた様子で返事をした。

 シャインは一瞬なんと答えようか考えた。その時、ヒカルが前に立ちはだかった。


「ちょっと来て。ノエルは待ってて」

「うお!?」


 ヒカルがシャインの手を引いた。

 路地裏まで来たとき、ヒカルが真剣な面持ちで振り返った。


「……あんたは今、シャインとして生きているのか?」

「うん、まあ」

「僕もスズキ・ヒカルとして生きている。お互い今の人生を頑張ろう」

「お、おう?」


 そう言ってヒカルは路地裏を出て歩いていった。

 シャインは唖然として固まった。


 ――そら言われたらそうかもしれないけどさ。



 ノエルがヒカルのぴりっとした雰囲気に気づき怪訝な顔をする。


「どうしたのヒカル、喧嘩?」

「いや何でもない」

「あの人誰よ」

「何でもない。もう、行こう」

「何でもなくはないでしょ、私の名前知ってたし」

「いいから」

「え、でも」


 そう言ってヒカルがノエルの手を引き摺っていく。



 シャインは腕を組んで考える。


 ――言われたら確かにそうだ。その方がお互いのためかもしれないけど。

それでも。


 路地裏を出てノエルとヒカルを探す。

 仲良く歩く二人の背を見て、全てを理解した。


 ――なるほど、あいつはノエルと上手くやっているんだな。


 シャインは空を仰いだ。

 自分が出ていくとややこしくなるかもしれない。黙って各々の人生を歩くべきかもしれない。


 ただノエルがこの世界に来ていたことが嬉しくて、涙で視界が歪んだ。

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