第33話 束の間の邂逅

 モンチョイがカバンを抱きかかえ足早に歩く。後ろには同じフードコートを着た者が一人ついてきている。

 モンチョイはキョロキョロあたりを確認したあと、コロシアム近くの宿屋に入った。

 そのまま迷わずに二階の一室に向かう。入ると中には栗毛色の髪をした青年がいた。


「遅かったね」

「悪い、関係者がなかなか帰してくれなくて」

「だと思ったよ、今や有名人だからねモンチョイさんは」

「よせよ、分かってるくせに」

「あはは」


 冗談めいた空気に場が和む。

 青年が後ろの連れを見たことにモンチョイが気づく。


「言われた女を選んできたぜ、確認してくれ」


 モンチョイが後ろに控えていた人物のフードを外すと、輝く銀髪の女性が現れた。狐耳を持ち、お淑やかな雰囲気と憂いを帯びた妖艶さを併せ持っている。

 

「オッケー、間違えないかが一番心配だったよ。本当にありがとう」

「こちらこそありがとう。正直期待していなかったから夢のようだ」

「信じてくれたモンチョイさんのおかげさ」


 二人が歩み寄りがっちりと握手する。栗毛色の髪の青年が空いた左腕で軽くハグをし肩を叩く。しかしモンチョイは左腕に抱えるカバンは絶対離さなかった。

 青年が気にしカバンをチラチラ見る。それにモンチョイは気づいた。


「はっ、まさか賞金までよこせと!?」

「いや、約束通り金はいらない。ただそんなに大事そうに抱えていたら逆に危ないでしょ」


 狙ってくれと言っているようなものだと、青年が呆れたように答える。


 モンチョイは青年を怪しむように半眼で見た。


「本当に狙ってない?」

「もちろん。その気なら今やってるし」


 モンチョイはほっと安堵の息をついた。

 そして顔がニンマリとほころんだ。


「くふふ、これでおれも大金持ちの有名人だ。貴族やギルドからスカウトされるかも」

「え! それもバレた時が危ないって。それに決勝の彼に目をつけられたかもしれないし」

「ああ……あの反則野郎か。もう王都では表通りは歩けないだろうから心配ないさ」

「それならいいけど、死ぬまでバレないって審判の意味ないよまったく、俺殺されかけたし」


 青年は思い出して憤った。


「おおかた大貴族に雇われていたんだろう。表向きは王国関係者は参加できないから、賞金や賞品目当ての貴族が雇って参加させることはたまにある。貴族がバックにいると審判も動けないんだ」

「なるほど〜、なら貴族を怒らせるような形になって余計まずくないか」

「……たしかに。うーん、故郷の田舎にでも帰るかな~両親残してきたし」

「おお、それがいいと思うよ。うん、絶対それがいい。心配だから馬車が出るところまで送っていくよ」

「なんでそんな送りたがるの――はっ、まさか賞金を狙って!?」


 モンチョイが鞄をぎゅっと抱き締めた。


「だから――本当に奪ってやろうか!」

「ひぃ、冗談です」



「便利な変装だな~」

「だろ、もう会うこともないだろうけど最後に名前を教えてくれないか?」


 青年は少し考えたあと、言ってもいいかという顔になった。


「……シャイン・インダークだ」

「すごい! 強さに見合ったキラキラネームだね」

「おい~」

「あはは、じゃあね達者でなシャイン」

「うん、モンチョイさんもお達者で」


 モンチョイは色違いのフードコートを目深にかぶり出ていった。

 本当に心配なので何度も送ろうと言ったが断固拒否された。


 ――まあ、無理もないか。


 前日から闘技場に忍び込み、トイレに入ってきたモンチョイを脅し、すり変わる作戦を押し付けたことをシャインは思い出した。


 この日、コロシアムで優勝した男が忽然と姿を消した。

 様々な憶測が飛んだが後日、故郷の田舎で家を建て気立てのいい幼なじみと結婚したという噂が流れた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 シャインは残された女性を見た。フードコートを脱いだ姿は簡素な麻の白いシャツで肢体が薄っすらと透けていた。


【ホルノ・スタンフォート】


 美しい銀髪の長い髪、カイと同じく毛先の黒い狐耳と尻尾を持っており、柔らかく妖艶な雰囲気をもった巨乳美女だ。サキュバスたちより大きな巨乳を持っている。

 カイの胸は母親譲りだとシャインは確信する。


 困惑していたホルノは、それでも先程のやり取りで自分の立場を理解し、はっとしたように背筋を伸ばした。


「ホルノ・スタンフォートと申します。これからよろしくお願いします」


 深くお辞儀をした。

 前に屈み、零れそうになっている胸に一瞬目が釘付けになる。次に背中にまで生えた毛に目線がいく。


「あ、背中まで毛が」

「毛深くて申し訳ありません。獣人ですので」


 ホルノが再度深く体を曲げ謝罪した。胸がシャツからはみ出ないか心配になるほど揺れる。

 

 カイの背中はつるつるなのに、もしかしてカイはハーフ? シャインはそんなことを考えた。


「そんなに畏まらないでくださいホルノさん。詳しい事情はもう一人来てから話しますので」

「ご主人様に敬語を使われるいわれはありません。ホルノとお呼び下さい」

「それも含めて話すからちょっと待ってて」


 ホルノが意図が理解できず明らかに困惑した様子をみせた。

 しかしすぐに気を引き締めた表情になる。


「分かりました」

「すぐに戻ってくるから」


 シャインは部屋を出た。



 宿屋の前で待つ。カイとネオスがやってきた。カイはとぼとぼ歩いている。


「カイっ」


 シャインを見ても捨てられた野良猫のように、暗い表情をしている。

 シャインの目の前にくると少し元気を取り戻し笑顔を見せたが、どこか陰がある。


「心配したんだぞ」

「すみません」


 カイの耳がへたっと折れる。


「ネオスもありがとう」

「どういたしまして」


 シャインはカイの手をとった。


「こっち来て」

「え、わっ」


 勢いよく引っ張りながら宿屋に戻った。

 二階の部屋に入るとカイはきょとんとした。


「こういうこと」


 シャインが心なし胸を張って言った。

 カイとホルノが見つめ合う。二人は一瞬事態が飲み込めないように固まった。


「お、お母さん?」


 カイは目を丸くし、波立つように瞳を潤ませた。

 同時にホルノも目に涙を溜める。


「お母さん!」

「カイ!」


 カイがホルノの胸元に抱きついた。ふぐふぐと泣きだした。

 ホルノは包み込むように腕を回しカイの頭を撫でる。


 ホルノは全てを理解した、シャインに向き直る。


「娘のために私を購入していただいたのですね、ありがとうございます」


 ホルノが丁寧なお辞儀をした。


「いやちょっと違うんだけどね」



 シャインは一から事情を話した。


「――というわけ。ホルノさんにはもっと早く言いたかったけど、すり変わりがバレたりモンチョイが裏切る可能性もあったから言えなかったんだ」

「まあ、そんなことが」


 ホルノはシャインの大胆すぎる行動に心底驚いた。そして娘の行動にはさらに驚いた。

 ホルノがカイを見ると、申し訳なさそうに耳を伏せている。

 辛い思いばかりさせてきた娘がここまで大きくなったとは、ホルノは溢れる涙が止まらなかった。カイも同じである。


「お母さん」

「カイ」


 二人が強く抱きしめ合う。


 しばらく親子水入らずにしようとシャインはネオスを連れて部屋を出た。



「シャインはこれからどうするの?」

「しばらく滞在しようかと思っていたけど、明日王国をぐるっと見て回って一旦魔王国に帰るかな。ホルノ目当てで冒険者を雇っていた貴族もいるかもしれない。うろうろして面倒ごとに巻き込まれたら嫌だし」

「そうか、分かった。しかし綺麗な人だったねホルノさん」


 ネオスはぼそっとシャインに言った。


「変な色目は使わないでね」

「使わないよ」


 半眼で睨むシャインに対してネオスは両手をあげて呆れたポーズをとった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 シャインは今、王都カノンの東の通りを歩いていた。景観はコロシアムのあった西や南方面に比べて明らかに寂れている。


「こっち側は過疎ってるね」

「おそらく東が海に面しているからだろうね。海は人間の支配地域ではないから」

「ふーん、釣りとかできないのかな」


 ネオスの言うことは的を得ていた。そして東の空き地と、東門から出て城壁と海の間にある少し空いた土地に元地球の転生者たちの多くが住んでいた。


 シャインはところ狭しと露店が開かれている通りをぼんやりと眺めていた。

 すれ違う人は地球人、特にアジア圏の人が多く感じた。もちろん和名も見かけた。


『南の森のゴブリン退治、誰か一緒に行きませんか〜?』

『ギルドメンバー募集しています!』

『東の浜辺のリザードマン討伐いける人いませんか?』


 そう叫んでいる人は冒険者風の安い皮鎧を着た人が多い。


 もしこの体じゃなかったら、自分もあそこにいただろうか――

 シャインは胸が熱くなるのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る