第32話 コロシアム

 地響きのような唸る歓声をカイは控室でじっと聞いていた。


 カイは一回戦は辛うじて勝ち進むことができた。

 毎試合ごとにヒールを一度かけてもらえるが、すでに身体は満身創痍である。頭がガンガン鳴って痛い、吐き気もする。


 一般予選の時はカイより強い気持ちで臨む者はいなかった。大抵は危うくなったら降参していく。富や名声を欲する程度で参加した人たちばかりだった。

 しかし本戦は違った。今回剣闘士は優勝すれば多額の賞金が貰え、一発で奴隷から解放となるらしい。故郷のある者、家族を残してきた者、みな死ぬ物狂いだ。

 一回戦のカイの相手だった剣闘士も然り。何がなんでも勝とうとしてくる、腕が切り落とされても絶対に諦めない。

 思いは、自分と同じなのだ。


 ひときわ大きな歓声があがった。決着の知らせである。

 扉が開いた。


「カイ・スタンフォート出番だ」


 お母さん……。


 決意を胸にカイが立ち上がる。



 長径200メートルの楕円形の闘技場。何層にもなる客席は溢れんばかりの人で埋め尽くされていた。


『二回戦、一般予選からここまで勝ち進んできた無名の剣士カイ・スタンフォート、入場です!』


 鉄格子が跳ね上がり、沸き立つような歓声の中、皮鎧とレイピアを持ったカイが出てくる。目には静かなる闘志を宿していた。


『対するは王国最大のギルド――<始まりの鐘>所属~、セフィル・シーリー!』


 アイドルに向けるような黄色い歓声があがる。

 客席に向けて手を振りながら出てきたのは金髪ロングで端整な顔をした男エルフ。弓を持ち矢筒を背負っている。


『カイ・スタンフォート選手、しぶとい立ち回りでここまで勝ち進んできました。対するセフィル・シーリー選手、さすがはSランクに最も近い冒険者、前試合では50年間無敗の剣闘士グリムスを葬ってきました。今回の対戦も見物です』


 セフィルがカイを見た。


「やあ、ラッキーラッキー、こんな雑魚が上がってくるなんて。前回がアンラッキーで疲れたから助かっちゃうな〜。早めに降参するなら殺さずにいてやるよ?」


 カイは無言のままレイピアを構える。

 

「はい、死亡確定〜」

 

 セフィルが髪をかきあげ、カイを指差して言った。

 開始の銅鑼が鳴ると同時にカイはセフィルに向かってダッシュする。セフィルは合わせるようにトリッキーなバックステップをしながら撒くように矢を射つ。


 カイが追いつくが闘牛士のように軽やかにいなされる。

 カイはそれでもしゃにむに前に出る。

 

『逃げてるだけか〜!』


 追いかけっこが続くが一向に捕まえることができないそんな展開が続いていた時、カイ側についた観客から怒号が飛ぶ。


「まーったく、雑魚どもは実力の違いを分かってないね。お前も、いい加減しつこい!」


 カイに怒りを向けながら矢を放つ。

 カイは積み重なりで、深刻なダメージを受けていた。動きも鈍くなっている。

 もう詰みだとセフィルが油断して足を止めた時――


 カイが弾丸のように走る。

 緩急――


「な!?」


 セフィルが面を食らった。

 これまでの動きが布石となり初めてレイピアの連打を食らう。


「ぐっ……は」


 その虚を突いた華麗な立ち回りに大歓声が湧き起こった。


 バックステップで距離を取ろうとするが、カイも逃がすまいと追いかける。

 セフィルは懐に忍ばせておいた目潰しを投げた。


 小さな袋が顔に当たると、カイの体がくの字に曲がる。反則であるが観客席からは分かりにくく、審判も動かない。


 セフィルは先の試合で剣闘士を仕留めたオリハルコンの矢を取り出した。

 大会では公平を期すために武器や防具は指定されたものしか使えない。これも反則であるがセフィルはお構い無しとばかりに躊躇なく弓を構える。


「《サラマンダーテイル/火蜥蜴の尻尾》」


 精霊魔法で矢に火の属性の追撃効果を込める。目潰しから復帰したカイに向け、それを放とうとした時、


――殺す――


 強い殺気を帯びた思念がセフィルにぶつけられた。


 ギクリとし、放った矢は狙いの心臓を外して肩を掠める。

 しかし追撃効果によりカイの体には何度も衝撃が走り、気絶した。


 セフィルは探すように辺りを見回した後、倒れたカイに目を向けた。

 スキルが解除され破れた服からは女性の胸の膨らみがこぼれていた。


「あれれ!? 女の子? もしかして……僕のファンだったかな」


 しつこかったのはそのためだったのか。そう解釈したセフィルはカイを両手で抱えあげ観客に手を振った。


 勝負ありの銅鑼が鳴る。

 健闘を称えあう美しい光景に今日一番の大歓声がおきた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


『決勝戦、先ほど泥試合を制してきたのはモンチョイ・アロー選手』


 黒づくめのフードを目深に被った黒魔導師風の男が門から出てきた。


 ブーイングの嵐。賭けで大損をした人たちのものである。


『対するは圧倒的人気、圧倒的強さ! セフィル・シーリー選手!』


 賭けの支持率、女性人気を独占し、爆発的な声援が巻き起こる。

 もう優勝したかのごとく両手を振りながら出てきたセフィルは、モンチョイを見て驚いた。


「まさか万年Cランクの冒険者が上がってくるとは。この大会、レベルが低かったのかな?」


 モンチョイは無言で杖を構えた。


「まったく今日はおかしな日だ、お前も女だったりしないよな?」

「ご託はいいからかかってこい」

「命乞いをするなら命だけは助けてやろうと思ったが、訓練用のカカシのように穴だらけにしてやろう」


 セフィルにとって魔法使いはやりやすい相手である。連射力は自分が上、中級くらいの魔法使いなら威力も変わらないだろう。エルフである彼は魔法に対する抵抗力もヒューマンより高い。

 負ける要素がないと思っている。


 観客から殺せコールが沸き起こる。

 セフィルがどんな殺し方で応えてやろうかとニンマリと笑う。


 開始の銅鑼が鳴る。お互いその場から動かず攻撃体勢に入った。


 セフィルが矢を放つ。

《マジックアロー》


 二人が離れた位置から同時に攻撃した。矢と光の矢が交錯する。


「はがっ!?」


 魔法の矢がセフィルの肩に刺さる、あまりの痛さに声が漏れた。

 歯を食いしばり、二度目の矢を放つ。


《アースバレット/地弾》


「へがっ!?」 


 高速で射出された石礫がセフィルの顔面に当たる。

 

『おおーっと、矢と魔法の応酬だ~!』


 司会者が大興奮で解説する。


 顔が砕けそうなその魔法の威力に驚愕する。


《マジックアロー》


「ぎゃああ!」


 光の矢が腹部に突き刺さる。セフィルは焦りを越え、戦慄が走った。


 躊躇なく反則のオリハルコン製の矢を3本取り出す。


「《シルフの怒り》《サラマンダーテイル/火蜥蜴の尻尾》――」


 セフィルは慣れた流れでいくつもの強化を施していく。


「死ね、《トリプルショット》」


 3本の矢が同時に射出された。

 矢が雷のような獰猛な軌跡を描きながらモンチョイに襲いかかる。


 セフィルは当たる前から勝ちを確信した。

 フード越しにモンチョイに突き刺さる。

 セフィルだけではなく、誰しもが致命傷を負ったと感じた。


「あれ?」


 セフィルが首を傾げた。

 モンチョイが倒れない。立ったままの姿勢を保つ。

 唖然としているセフィルにモンチョイが一足飛びで近づき眼前に立った。


「これでカイをいたぶってくれたのか」


 フードの中からそんな怨念のような言葉が発せられた。


「《ダーク――」


 フードの男がなにかしようとした時、周りを気にした様子で躊躇したように止まった。


 必殺の一撃を放とうとした気配に気付き、距離を取ろうとしていたセフィルが訝しげる。


「はっ、どうした。今頃緊張してきたのか――ぐばんっ」


 一瞬、闘技場の時が止まった。

 魔法使いであるモンチョイが杖をフルスイング、あまつさえそれを顔面にヒットさせたのだ。

 衝撃的な光景である。

 

 顔面を陥没させたセフィルはダウンしそのままピクリとも動かなくなった。


 銅鑼が鳴る。


『優勝はなんとモンチョイ~、アロー! 大金星だあああああ!!』


 興奮しまくりでやってきた司会者に腕を上げられ大歓声に応えるモンチョイ。

 スタンディングオベーションが起こった。

 モンチョイがオシッコ漏れるアピールをしながら門に走ると、客席からどっと笑いが起こった。


 この日〈始まりの鐘〉のセフィルは蘇生したものの治療費で多額の借金を抱え、魔法使いに一発で倒され尚且つ反則が発覚しギルドの名を地に落としめたという理由で破門となった。

 そしてモンチョイ・アローの名前が王国中に轟いたのである。

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