第31話 王都カノン

『クエエッ』


 ウクピーが高い丘の上で止まった。羽をバタつかせ訴えるように鳴く。

 シャインが見ると遙か先に城壁に囲まれた都市が見えた。

 

「あれが王都?」

『クエッ』


 外周をぐるりと城壁が囲っている中心に突き立っている厳かな城が見える。東は海と隣接していた。これこそアレクサンドリア王国の中心――王都カノンである。

 来る途中に見かけた素朴な村々とは違う、富がここに集約されているのだと想像がつく大都市だ。


「ありがとう」


 ウクピーの胸を撫でると、気持ちよさそうな鳴き声をあげシャインに顔をこすりつけた。


 いつ戻るか、分からないのでウクピーには帰ってもらうことにした。


「街道を通って帰るんだよ」

『クエエ』


 ウクピーは名残惜しそうにしながらも、土煙をあげながら去っていった。


 王国城門前に移動したシャインとネオスは呆けるように壁を眺める。


「すごい」


 壁は端が見えない程長く、40メートルはある高い壁に囲まれていた。

 城門は人でごった返している。


 2時間待ち順番が回ってきた。お昼の時間はとっくに過ぎている。予め執事に作ってもらっていた冒険者カードを見せる。


「あ〜ん? 魔王国の冒険者?」


 門番はじろじろと見たあと、ふんっと鼻をならし顎で通れと合図した。

 鑑定スキル持ちがいるんじゃないかとびくびくしていたが、大丈夫だった。安堵しながら王都に入る。


 石造りの街並み。ひしめき合う商店、賑わう人々。ぱっと見でも魔王国の10倍以上の規模だった。


「魔王国負けてるな」

「だね」

「ネオス、悪いけど俺はカイを探しにいく。ネオスはどこかでご飯でも食べて待ってて」

「ぼくのことは気にしなくていいよ。どこにいるか分かるの?」

「カイの母親がコロシアムの景品になっているらしくて、そのへんにいって〈思念〉を使って探してみるよ」

「了解、ぼくも行こう」


 街の人に場所を聞き、王都の南西にある闘技場に向かった。


 日が傾きかけた頃、中世のコロシアムような円形闘技場に着く。入り口前には屋台が並び、観光客や冒険者でごった返していた。


『さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世紀の対決がまもなく明日始まるよ』

『見どころはなんといっても50年無敗の剣闘士グリムスだ!』 

『チケット残りわずか!』


 そんな宣伝がそこら中から聞こえてくる。


「いるとしたらこの辺りだと思うんだけど」


 シャインは《テレパシー/思念》で呼びかける。

 しかし反応はない。

 喧騒の中、歩いていると、――カイ・スタンフォード――という名が聞こえた。


 シャインは立ち止まり耳を澄ます。


「今カイって聞こえた?」

「うん。あそこの人だね」


 ネオスが先ほどから転売に精を出す帽子にチョビ髭のおっちゃんを指差した。


「すいません!」


 駆け寄って転売屋の肩を勢いよく掴む。


「お、おうなんだよ」

「今カイ・スタンフォードって言いました?」

「あん? カイね、カイ、カイと――」


 そう言いながらおっちゃんは手に持った紙に目を通す。


「ああ、カイ・スタンフォード選手たしかにいるね。それがどうしたんだ?」

「え」


 シャインは事態が飲み込めずに固まった。


「え、あいつ母親に会いに行くって。え、どういうことだ」


 頭の整理が追いつかない。コロシアムとカイが全く結びつかない。

 同姓同名の別人と思ってしまう。


「なんだ、知り合いでもいるのか?」


 転売屋が言う。


「ええ、コロシアムってどういうところなんですか?」

「兄ちゃん田舎者かい? 王国の威信をかけたミレニアムイベントだよ」

「いえ具体的に何をするところですか?」


 転売屋の男は真顔に戻り興醒めした雰囲気で口をつぐんだ。


「……商売の邪魔、向こういって」

「チケットなら買いますので、二枚買います」

「おおそうかい、悪いね。コロシアムって言ったら剣闘士が殺し合いするところだよ。今回の闘技会は上位剣闘士32名、一般参加枠から選考された32名、計64名による今世紀最大のトーナメントさ」


 シャインがぐいっと転売屋に詰め寄る。


「一般参加枠ってどういう人たちなんです!?」

「さ、300人以上集まった一般参加者の中で勝ち残った32名だよ」


 ――カイそんな中に入ってるの!?


「もう一度確認しますが、コロシアムって殺し合いなんですか?」

「降参するか殺された方が負けさ。事前に申請していたら多額の治療費を請求されるが蘇生はしてくれるぜ。ま、それで借金作って一生剣奴から抜けれないってオチだがな」


 シャインは目眩を覚えた。



 夜、近くの宿屋で部屋をとる。あのあと闘技場周辺で《テレパシー/思念》を頑張ってみたが、交信することはできなかった。遠い、もしくは遮断されているのだろう。連絡しようにも、出場者は外に出れないとのこと。


 シャインは心配で眠れなかった。

 母親に対する思いがここまでとは。カイを誤解していた。どこか見くびっていた。

 思いやりがあり、芯が強いやつだと改めて感じた。


「てかレベル13じゃいくら何でも無理だろカイよ〜」

「分からないよ、この世界ではそのレベルなら一流の冒険者さ」


 シャインの独り言のような毒づきに、隣のベッドで寝ていたネオスが答えた。


「え、そうなの? ゲームと違うな……」


 エターナルファンタジアでは中級冒険者でレベル40〜50だった。


「この世界ではレベル30もあればS級冒険者だね、軍団長のレベルはさらに上さ」

「そうなのか」


 ――俺そんな強くなってたの?


「ならレベル50以上の魔王って……」

「あの方は別格だよ。魔神の領域に踏み込もうとしている。この世界では並ぶ者はほとんどいないだろう」


 シャインはゴクリと唾を飲んだ。

 知らぬが仏、よくあんな化け物と戦おうとしたものだ。


 ――カイ、勝ち残る可能性もあるのか……。


 シャインは思いつめた顔をして立ち上がった。


「どこ行くの?」

「何ができるか分からないけど、できる限りのことをしてくる」

「ぼくも行こうか?」

「ううん、一人の方が動きやすい。ありがとう」


 そう言ってシャインは部屋を飛び出し、夜の街に消えていった。

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