第35話 ギフテッド(前編)

~時は数日前に遡る~


 王都の食堂にて――


「これ、ノエルのスーパーデリシャスハンバーグと同じ味がする」

「ほんとだ、こっちはスーパーデリシャスカラアゲと同じだ!」

「ちょ、やめてよ」


 ノエルが恥ずかしそうに顔を赤めながら大きな声で話すヒカルとネオンを咎めた。

 そのやり取りを見て微笑ましく店員たちが笑う。


 この店のオーナーの森裕次郎も見ていた。

 異世界にきて数週間、地球時代は苛めを受けていた裕次郎も異世界にきて成り上がった。転生直後、防犯グッズショップへ入り大量のスタンガンを盗んだ。それを王国の兵士に献上したら運よく貴族の目に止まり、あれよあれよという間に市民権を得て店をもらった。

 今ではかつて自分を苛めていた張本人の職場の女と美人のパートを2人と可愛い同僚の女1人の計4人を奴隷にして使っている。


(そうだ、俺は神に選ばれし人間。支配する側にまわったのだ)


 裕次郎は意気揚々と三人組に近づいた。

 一人は黒髪の少女。若草色のスカート、ウェーブがかったポニーテール、瞳の大きな可憐な少女、もう一人は帽子と眼鏡をかけた金髪の女と銀髪で日に焼けた男。


 裕次郎は近くにいって観察した。

 なんとなく親近感がわく。黒髪の子は日本人だと思う。胸が高鳴った。


 今の俺なら簡単にものにできるだろう。


「お嬢さん、俺の店の料理はいかがですか?」

「ええ、美味しいですよ。地球風の料理がここでも食べれるなんて感激」


 少女はお世辞混じりの返事をしただけなのだが、裕次郎の目には潤んだ瞳で慕ってくるように感じた。


「まだ食べますか? 俺の奢りで出しますよ?」

「もうお腹いっぱいです、ありがとうございます」

「そうですか」


 一向に立ち去らずじろじろ見る店主に対して、男と帽子の女がイライラしていることに裕次郎は気づかない。


「ネオンやめてよ、こんなところで――あの、まだ何か?」


 ノエルが裕次郎に言った。


「いや、同じ地球人として仲良くしたいなと思って――!?」


(おお!? こっちの金髪、細身のくせに巨乳ー!)


 裕次郎が思わず覗き込む。

 その時、ガタリとネオンが立ち上がった。


「ぐぼっ」

おもむろに裕次郎の腹に膝蹴りをかました。。


「うぜーんだよオッサン」

「ひいっ!? 何してんのあんた!?」

「だってよー、じろじろ見てくるからよー」

「もういいから。ご馳走様でしたー」


 鳩尾に入り、呼吸困難でうずくまる裕次郎をよそに、慌てて勘定を済ませ店から出ていった。



 夜。裕次郎はベッドで仰向けになって天井を睨んでいた。隣には自分が苛めていた女が寝ている。


「あいつら~、この俺様を馬鹿にしやがって、絶対に許さねえ」


 裕次郎は、ピンと閃いた。


「そうだ、あいつらを使って――」


 黒い笑顔を浮かべた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


~時は戻る~


「さっきの人ヒカルの知り合い?」

「なんでもないよ」


 会話を閉ざそうとするヒカルに、ノエルは怪しむ顔をした。


 ノエルは振り向いたがもう見えない。どこか懐かしい感じのする人は誰だったのだろう。

 その時――


「シャイニングロードのノエルさんですか?」


 黒髪の女性に声をかけられた。


「あ、はいそうですが」

「あの、サラと言います。有名なあなたに依頼があるのですが」

「え? ゆう――ごほん。話だけでも聞こうかしら?」


 ノエルが身だしなみを整えながら言う。


「実は先ほど友人がゴブリンに襲われまして、ギルドに依頼する時間やお金もなくて困り果てておりました」


 ノエルとヒカルは目を合わせ頷いた。


「分かった。歩きながらでいいから詳しく話して」


 サラが言うには友達が二匹のコブリンに襲われたとのこと。

 ノエルたちは案内してもらうことにした。



 あたりが若干赤みを帯びてきた夕暮れ時。ノエルたちは王都東口から出て城壁に沿って南に歩いていた。

 

「ゴブリンは凶悪だから――言いにくいけど……」

「生存の可能性が低いことは覚悟はしています」


 サラは気落ちしながらもしっかりとした表情で答えた。


 城壁沿いを歩いていると、海が近くなりなってきた。海岸線が続いている。

 海を見れたが、状況が状況だけに感動の言葉すらなく、黙々と歩く。


「あそこです」


 サラが城壁近くの岩場を指をさした。


 ノエルとヒカルが武器を構えて警戒しながら近づく。


「なにもないわね」


 見渡したが血痕や争った痕跡もなかった。

 振り返り確認しようとすると、サラがいない。


 代わりに複数の影。

 6人の若い男女が囲むように立っていた。


 ノエルは嫌な予感がした。


「おーほっほっほっほ」


 手の甲を口元に、高笑いしながら一歩前に出てきたのは、金髪縦ロールのフランス人形のような精工な顔をした美女。


「あなたは……!」


 ノエルは知っている。


 北条王冠(ホウジョウ・ティアラ)、大財閥の孫娘にしてテニス界の天才児としてメディアを賑わせた人物だ。


 そして現在は転生組で最も勢いのあるギルド、<ギフテッド>の福ギルドマスターだ。


「これは何のつもり?」

「この状況でまだ理解できないか。これだから凡人は困るな」


 黒髪の男が中指で眼鏡をくいっと上げて前に出てきた。ギフテッドのリーダーにして地球時代は十代で巨万の富を築いて脚光を浴びた天才デイトレーダー、陰山聡(カゲヤマ・サトル)。


 卓球界の世界王者リュ・シオン、野球界の至宝マイク・オーガン、天才ピアニスト渋谷心音(シブタニ・ココネ)、プロゲーマー山田鬼斬(ヤマダ・オニギリ)、皆そのジャンルで成功した若者たちだ。


 ノエルが6人を睨む。

 陰山が一歩前に出た。


「あなたを奴隷に欲しがっている人物からの依頼を引き受けました。これでご理解頂けたかかな?」


 陰山聡が淡々と通知する。

 ノエルの顔がさっと青ざめた。


「ふざけないで! あなたたち未来のスターがこんなことをしていいと思ってるの!」

「ふっ、それは地球時代の話だ。いやあの頃だって馬鹿は搾取されていただろう」


「話をするだけ無駄だ」


 ヒカルがノエルの前に立った。

 右手のクローを出して構えた。


「お、珍しい武器」


 リュ・シオン――小柄でオカッパのアジア顔の青年が前に出てきた。

 両手には短剣を持っている。


「きっしっしっし、こいつは殺していいんだよね?」

「むしろ絶対に殺さなくてはいけない」


 陰山聡が答えた。


「よしお前、どっちがツエーか試さねーか?」


 リュ・シオンの言葉に、ヒカルが無言で前に出た。


「そのクロー高そうだな。ラッキー」


 リュ・シオンの目が子供のように煌めく。


「……」


 ヒカルは無言で睨みつける。

 二人の距離が縮む。ギフテッドのメンバーは少し離れ高みの見物だ。


 ヒカルが先に仕掛けた。

 横薙ぎのクロー。

 リュ・シオンが短剣を2本使い受け止めたが、衝撃で飛ばされた。


「おいおい、大丈夫かよ」


 マイク・オーガンが心配そうな声をだした。


「は? 何が? 確認のために受けたんだよ。もう分かった、俺と同じスピード&パワーだな、きっしっしっし」


 無駄口を叩くなとばかりにヒカルの追撃。

 その攻撃を紙一重で避ける。


「おいらには見えてるんだよねー、あらよっと」


 クローの戻りに合わせて短剣が飛ぶ。

 シオンの攻撃を皮一枚で凌ぐも、無数の連撃がさらにヒカルを襲う。

 ガードが間に合わず、斬り刻まれる。


「っひょーっ、それはスピード違反だぜシオン~」


 マイク・オーガンがおどけた調子で笑う。


「ヒカル……!」


 ノエルが叫んだ。



 シャインが立ち止まった。


「今、誰かの声が聞こえなかった?」


「いや、何も」

「私も何も聞こえませんでしたけど」


 ネオスとカイが首を横に振る。


「おかしいな、気のせいかな――」


 やけに落ち着かない。胸騒ぎがする。



 ヒカルが連撃を食らい吹き飛ばされる。


「ヒカル!」


 踞る血だらけのヒカルにノエルが駆けよった。


「才能が違うんだな、きっしっしっし」

「おいおい〜苛めはやめてやれよ〜」


 マイク・オーガンが楽しそうに言う。


「ヒカルっ」

「かすり傷だ。それより僕が隙を作るからノエルは逃げて」

「そんなことできるわけないでしょ」


 ノエルが涙を浮かべて首を振る。


「お別れは済んだかな? きっしっしっし」


 リュ・シオンが素早く接近し、鋭い突きを放つ。

 それをヒカルは紙一重で避けた。ヒカルの方も若干、慣れてきたのだ。


「おろ?」


 体勢を崩したリュ・シオンの隙を、ヒカルの殺意に満ちた眼が射抜いた。

 クローで薙ぐ。

 シオンは反射的にガードした。しかしクローはピタリと止まり、左のクローが襲いかかる。


「し、しまっ――」


 右クローをフェイントに、今まで隠していた左クローを出す。当たる寸前、


『《エナジーボルト》』


 横から衝撃が飛んできた。ヒカルが体勢を崩し、心臓を狙った一撃が肩をかすめる。


「ぎゃあっ」


 リュ・シオンがうめきをあげながら吹き飛ぶ。


「ナイス鬼斬。さすがプロゲーマー、いい反応してるぜ」


 マイク・オーガンが援護をした男を誉める。


「ぐ、この野郎、殺す!」

「だから言わんこっちゃない。お前は休んでおけ。俺があいつの頭を沖まで飛ばしてやるから見とけ」


 マイク・オーガンが大剣を担いで出てきた。

 しかし一連のやり取りを見ていた陰山聡が冷徹に口を開く。


「いや全員で確実にやる。削れ」

「んだよ~出番ねーじゃん。つまんねー」


 ふてくされながらもマイク・オーガンが後ろに下がった。


 エナジーボルトを使える渋谷心根と山田鬼斬が放つ。


 食らったヒカルが苦悶の声をあげる。息も絶え絶えの状態だ。

 その時、ヒカルを庇うようにノエルが両手を広げて立ちはだかった。顔は涙で崩れている。


「よってたかって卑怯者!」


 泣きながら叫ぶ。


「殺し合いに卑怯もなにもないだろう。どけ女」


 マイク・オーガンが恫喝する。


「絶対どかない」


「じゃあ手足の一本でも切り落とすか」


 マイク・オーガンが怖い目つきでぐいっと前に出た。


 肩を掴まれノエルが後ろに押し戻された。満身創痍のヒカルが出てきた。

 風前の灯火、もうひと押しで死ぬのが誰の目にも明らか。


「今だ!」


『《エナジーボルト》』

『《エナジーボルト》』


 陰山聡の合図に呼応し魔法が飛ぶ。


「ヒカル……!」


 ドズーンという轟音、突如ヒカルの目の前に空からなにかが落ちてきた、巻き上がる土煙。

 それが徐々に消えると一つの影、男が立っていた。

 膝までめり込んだ地面から足を抜く。


 夕日を受けて燃えるように輝く栗毛色の髪。

 男が振り返る。包みこむような優しさを持った目で、涙と鼻水でグシャグシャになったノエルを見た。


「ノエル、泣いているのか?」


 傷だらけのヒカルに視線を移す。


 そして前に向き直った。

 6人を睥睨する目は、先ほどとは別物――凍てついた殺気を宿していた。


 ノエルは男の背中を見ると、視界が滲んだ。

 

「あ、あれ? おかしいな? ヒカルがもう一人いるよ」


 ほろほろと涙を零しながら、ノエルは男の背中に親しき人物を見た。

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