第22話 ジュリオ戦

 オラクール・マグナリュート。

 かつて単隊で魔王城に乗り込み、魔王に半殺しにされた元アレクサンドリア王国の騎士団長である。魔王の強さに惚れ込み王国を裏切って配下となった。25年前の王国との大戦のおり、王国兵をメッタ斬りにすることで名実ともに軍団長に収まる。

 ジュリオ・マグナリュートはオラクールが溺愛する弟である。

 


 ジュリオとシャインが玉座から見やすい位置で対峙した。ジュリオは炎のオーラを放つフレイムソードと動きやすさを重視した軽めのマジックチェインメイルなどの一級品の装備で身を固めている。

 魔王、軍の幹部、自分の部下たち――大勢の期待や好奇の視線を受けながらもジュリオは周りを気にすることなく素振りしたりストレッチをしリラックスしていた。


 ――うわあ、平気でギャラリー背負ってるな。

 

 それを見てシャインがプレッシャーを受ける。どれだけ強いのかと。

 かたや人前で発表したりが苦手なシャインは緊張が最高潮に達し、顔が強張り心臓の音まで聞こえてくる始末だった。


「始め」


 魔王の号令とともにジュリオが床を蹴った。

 地を這うように接近し、そこから流れるように繰り出す刺突は大蛇のようにシャインの喉元に滑り込む。

 ブリキの玩具のように筋肉が硬直していたシャインは首筋にかすめながらも紙一重で躱した。


 いけるとみるや激しく攻めたてるジュリオ、防戦一方になるシャイン――息もつかせぬ攻防が始まると、ギャラリーからどっと歓声があがった。


 しかし3分も経過すると、魔王を始め冷ややかな目で見る者が何人か出てきた。

 ジュリオが押しきれないのだ。圧倒的に攻めているため大半の者はジュリオ優勢を疑っていない。しかし、それが何を意味しているのか魔王には分かった。


 緊張がほぐれてきたシャインの胸中は、魔王やデスナイトアビスと比べたら大したことないな、である。


 しかしながら、攻撃を受け切るというのは思った以上に難しい。

 実力差が分かりそうなものなのに魔王は止める気配がない。それに向こうが殺す気で攻めてきているのがちょっと癪に障る。


 ――どうしたら理解してくれるのかな?


 ジュリオが荒くなった呼吸を整えるためにバックステップで距離をとった。

 再度じりじりと両者の間合いが詰まる。ジュリオのつま先が再度アクティブサークルの円に掛かった瞬間、


「相手の意識している間合いをよくみろ!」


 業を煮やしたオラクールの一喝が飛ぶ。

 ジュリオがびくりと身体を震わせた。状況が飲み込めないギャラリーからどよめきが起こる。


 ジュリオは自分と互角以上の者と闘ったことがない。同クラスの実力者がそうそういないのもあるが、いてもそういう相手は兄の獲物となる。

 心理戦といった精神論はよく分からない。今日まで兄の教え方が悪いとさえ考えてきた。

 剣は最速、最効率で振るのが最強。そう考えてきた。事実それで今日まで勝ってきたのだ。しかし今、目の前に巨大な壁が立ちはだかる。


(兄ちゃん、こいつ強いよぉ)


 手を伸ばせばすぐ届く距離なのに果てしなく遠く感じる。こんなことは初めてだ。

 助けを求めるように視線を向けるも、オラクールは厳しい表情で腕を組み仁王立ちしたまま動かない。ただ目が合うとお前ならできると言わんばかりにひとつ頷いた。


(意識している、間合い?)


 さきほどの兄の言葉を反芻する。

 兄特有の精神論なのか、それとも何かスキルを使っているということなのか。そんな考えがジュリオの頭をよぎる。感知系や感覚を鋭敏にするスキルを持つ一流の戦士は多い。

 そういうものを使っている。兄はヒントをくれたのかもしれない。お前の動きは読まれているぞと。


 ジュリオの目の奥がギラリと光った。


 複数のバフスキルで瞬間的に能力をブーストしながら、おもむろに目の前に飛び込む。


 守りに徹していることを逆手に取った捨て身の戦法だ。

 生まれて初めて3つのフェイントを織り混ぜた。いや目線と殺気も入れたら5つ。

 なまじ気配を読んでいると反応が遅れるだろう。そしてこれを食らう!


「《ライジング・サン》」 


 神速の多段突き――引いた右腕から朝日のごとく閃光が煌めく。

 

 シャインは背泳ぎするかのように膝下だけ立てて後ろに倒れ込んだ。不安定な低姿勢で躱してゆく。


 ゲームでは遊びや舐めプレイから発展したトリッキーな技。マト○ックス避けとも呼ばれている。

 先ほどのオラクールの発言を受け、ジュリオの気配が大きく変わったことでシャインもアクティブサークルを最小まで凝縮して警戒していた。


 全ての突きを避けた後、左手で床を叩き倒れ込む際に若干つけていた遠心力を利用し、反時計回りに流れるような旋回横撃をジュリオの眉間に打ち込む――


《ソウルブレイク》


 闇よりずっと不吉を凝縮して集めたような黒いオーラが右腕とダガー周辺に集まる。


 あ。とジュリオは悟った。この感覚には覚えがある。死だ。

 絶対に死ぬ。この硬直に刺さるカウンターは避けられない。

 走馬灯が見えた。恐怖、後悔――


 ダガーの先端が自身の眉間に吸い込まれていく。それをスローモーションのように眺めながらジュリオは生を手離し目を閉じた。


 しかし来るはずの衝撃がこない。


 おそるおそる目を開けると、ダガーが吸い付くように眉間で止まっていた。

 シャインもその姿勢で額から冷や汗が流しながら静止画のように止まっている。


 ――あ、あっぶね~、危うく脳漿ぶち撒けるところだった。



「そこまで」


 魔王が止めた。


 どっとギャラリーが沸く。ゴブキンが飛び跳ねる。


 ジュリオはその場でへたり込みそうになるのをプライドだけで堪え開始位置に戻った。魔王が声をかける。


「どうだった?」

「……愚かにも魔王様に挑んだ時のことを思い出しました」

「そうか」


 魔王が満足気に頷いた。


「そりゃないですぜ魔王様、これじゃ弟が完全に引き立て役じゃないですか。どこか同じレベルなんですかい」


 オラクールが魔王に詰め寄った。悪態ともとれる言い方にフリージアがむっと眉間に皺を寄せる。


「すまんの。本当に同レベルだと思ったのじゃ。あいつずっと引きこもっておったしの」

「はっ、そんな馬鹿な」


 戦い方や駆け引きを見れば初心者でないことは一目瞭然。それを魔王様が分からないはずがない。そういう意思を込めてオラクールが吐き捨てるように言った。

 魔王は弟のことになると人格が変わるオラクールのことを知っているので気にも止めないが、フリージアの美しい顔面が阿修羅一歩手前まできている。


「訂正しよう。オラクールお前と同格だ」

「なら次は俺とやるってことですね」


 オラクールが口の端を吊り上げ獰猛に笑う。魔王がシャインを見る。


「オラクールさん相手に手加減はできない。やれば全ての能力を使って瞬殺します」

「ほ〜う、活きのいい新人じゃねえか。そういうの嫌いじゃねえぜ」


 オラクールの笑顔が歯を剥き出しにした猛獣のそれに変わる。


「やめぬか」


 魔王の一喝に二人が視線を向けた。


「力は示した。無為に部下を失わせるな、これで終いじゃ」


 魔王の言葉でオラクールはしぶしぶ引き下がった。助かったなシャインという思いである。

 シャインはシャインで命拾いしたなと思っていた。

 本当のところどちらが助かったのか、はたまた両方共倒れを予期したのか、魔王にしか分からない。


 元気な弟を見てオラクールは徐々に平静を取り戻した。

 脇を通りすぎていくシャインに声をかける。


「最後止めてくれてありがとうな」

「いえ、こちらこそさっきは調子に乗ってすいませんでした」

「よせよ、本気で自信があったんだろ。虚勢じゃないなら謝る必要はない。これからよろしく頼むぜ」


 オラクールが白い歯を見せて笑った。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 気のいいナイスガイに変わったオラクールを見て、こっちの方が素なのだと思いシャインは同じく爽やかな笑顔を返した。

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