第3話 爆発的成長
シャインが大きな瘴気が上がる砂地獄の脇を通りすぎようとした時、後方から風切り音が鳴った。
反応する間もなく太股に強烈な衝撃が走る。
見ると矢が刺さっていた、思考が白く燃え上がる。
「よう弟よ」
後方からアークと数人の武装した兵士が姿を現した。リリーナもいる。
焼けるような痛みでその場に踞りながらシャインが顔をあげる。
「ぐ、何を!?」
「何をだと。魔王様の話を理解していなかったのか。もうお前が死んでも誰も気にもとめないということを」
すかさず兵士たちがうずくまるシャインに走りこみ、腕の関節を極め土下座の姿勢で押さえこむ。シャインが必死に顔だけを上げた。
「……それは十分に分かっています。迷惑はかけないので許してください。すいませんでした」
「魔王軍きっての天才である俺様にはな、先が見えるのだ。マヌケな貴様が捕まって魔王軍の内情をペラペラ喋っている姿がな」
「絶対にそんなことしません。ひっそりと暮らして生きますので、どうか見逃してください」
今まで生きてきてここまでしたことはないくらい哀れを誘う声で許しを乞うた。情けない顔で、涙ぐみながら。屈服した姿勢を見せて情に訴えようとした。それが最も生き残る確率が高いと本能が判断した。
「その表情、実にいい! 俺はサディステトなんだ、もっと見せてくれ!」
「く」
恍惚なアークの表情を見て、シャインは激しく後悔した。すぐに雲隠れしていればよかったと。いやそれよりも、もっと注意を払い矢に反応できていれば。
そんな考えが表情に表れたのかリリーナとアークが眉をひそめた。
「……こいつあんまり悔しそうじゃないわね」
「気に入らんな」
「いえ悔しいです! もう心が折れました、勘弁してください!」
「まだ生きていたいか?」
「はい、生きていたいです」
「だがお前は不幸にもここで足を滑らせて死ぬ筋書きで決定している」
アークが悪魔的な笑みを浮かべた。
「そ、そん――」
アークが手を上げると、兵士たちがシャインを持ち上げ、瘴気噴き出す巨大な砂地獄に放り投げた。中心に向かって転がり落ちていく。
「シャイン様ー!」
「心配しないでね、この子は私が面倒みてあげるから。ペットとして」
リリーナがシャインに向かって投げキッスをした後、悲壮感を顔に張りつけて泣きじゃくるカイを引きずって去っていく。
砂まみれになりながら一瞬、シャインは夢じゃないかと疑った。
ここまでが夢で本当の自分はベッドの上で寝ているんじゃないかと。
シャインの身体は見る間に砂地獄に沈んでいく、顔を残すのみとなった。しかし、そうなってもどこか信じられないというような唖然とした顔をしている。
「あはははは。その顔、最高!」
愉悦に浸るアークを見上げる。
今さらながら、この段階になってようやく自分がどこかゲーム感覚であったと悟った。この光景はあまりにもリアルだ。これは、紛れもない現実。
シャインの気持ちが爆発した。
「お前ら絶対に許さない! 殺してやる!」
「「ハハハハ」」
それを見てアーク一行が嘲笑う。
顔が完全に砂中に沈む。
圧倒的な砂の圧力は身動きすらとれない。シャインの心は恐怖で真っ黒に染まった。
☆
下に空洞でもあるかもしれないという、一縷の望みを持って息を止める。
何も考えず、ただ流れに身を任せる。
砂の中を流れ落ちていくこと数分。
呼吸はとうに限界を越えていた。永遠とも感じられる時の中、今まさに諦め人生が終わろうとした瞬間、ふいに足元が抜ける感覚がシャインを襲った。
浮遊感のあと重力に引っ張られる。
空中に投げ出されたと意識する間もなくピラミッド状の砂山にダイブする。
「……がはっ、ごほ、ごほっ」
砂を掻きながら体を出す。
頭を振り砂を落とし、なんとか目を開けて辺りを見回す。
仄暗い空間。
光る苔か鉱石なのか、ところどころに光源が見える。ドーム状になっているように感じた。
砂上の頂きから見渡しているので、端から端が薄っすらと見えるがゴツゴツした岩や地下水が通っている。下に降りたら視界は悪そうだと感じる、幸い背の高い巨木や岩がいくつかあるので迷子になることはなさそうだ。
その時、目の端に影を捉えた。
その影と目が合った気がした。
【奈落のグール】
「ひっ!?」
目だけが赤暗く灯っている真っ黒なゾンビ。見た瞬間シャインは恐怖で引きつった。
反対側に転がるように逃げる。
白い巨木があったので、全力で飛びついて必死に登った。
奈落のグールが砂山を迂回し追いかけてきた。スピードはゾンビと大差ない。
30メートルほど登り下を見る、奈落のグールは恨めしそうに見あげるだけで追ってはこない。
――ひとまず助かった。
すり鉢状になっている太い枝の根本に座り、砂をはたき落とす。
改めて周囲を見まわすと、広大なドーム状の空間だろうというのが分かった。そしてスキルもないのに、この暗闇を見通せるのは種族としての特性だろうと判断する。
下を覗くとグールは同じ姿勢でまだいた。嫌悪感を掻きたてる姿はまるで地獄の亡者だ。心の底から戦いたくないと思う。
――あれは危険だ。
奥歯をガチガチと鳴らし震えながら膝を抱えうずくまる。
今の状況は私服でエベレスト山に挑んでいるようなもの。下に降りて喰われるか座して死を待つのみ。詰んだと思う。
しばらくすると疲労から抗いがたい睡魔が襲いうつらうつらになる。
☆
『らしくないじゃん』
『ヒカルらしくないね』
目の前に従妹のノエルや〈赤毛〉のリノが現れそう言う。
なにか答えようとするも声が出ない。
身体がビクッと痙攣し跳ねる。
「――は、夢か」
いつの間にか寝てしまっていた。少しすっきりしているから結構寝ていたのかもしれない。
――らしくないか。
この様がらしいんだよ。
自虐的な笑みが溢れる。
戦っていたら活路が見えたかもしれない、しかし怖くて初めから白旗を上げてしまった。調子に乗ったことを言っておきながらこの中途半端な感じが自分らしい。
一方でそんな考えを否定する自分もいる。
エターナルファンタジア時代、300人いるPKギルドと敵対しても屈しなかった。
フィールドに出たら襲われ解散の危機に瀕した。それでも屈しなかったことがある。あれだって本当の自分だ。
心にめらっと火がついた。
「あいつらぁ」
奥歯を食いしばり、爪がめり込むほど拳を握る。
元の両者にどのような確執があったのか知らないが、およそ人間の所業とは思えない。
ふつふつとマグマのように湧いてきた怒りが、身体を滾らせる。
――あいつらにはまだ見せていない。
ここを出たら見せてやろう。
本気の俺を!
下を覗くとグールは同じ姿勢でまだ見上げていた。
「やってやる」
シャインは恐れながらも立ち向かってゆくことを選んだ。
身体は震えている、しかし挑む。
慎重に木を降りていく。
地表から約20メートルにある、上より太い枝に足をおろす。
魔法はエターナルファンタジアでは射程外だと命中率も威力も落ちる。
しかし、これ以上近寄ると奈落のグールの射程内に入ってしまう可能性もある。
やると言っても無鉄砲にいくわけでない、大胆かつ繊細にいく。
――射程外だがここからやる。
《エナジーボルト》
下方に真っ直ぐに飛んだ魔法弾は奈落のグールの顔面に直撃する。
――よしっ。
《エナジーボルト》
《エナジーボルト》
奈落のグールは衝撃で振動するものの動かない。
MPが尽きるまで撃ったがグールは倒れない。
〈1時間後〉
MPが自然回復してはエナジーボルトを規則正しく撃ち続ける。
しかしグールに変化はない。
こうなると効いていない可能性が出てくる。
シャインの心が揺れる。しかし1でも減っていたらHPが1000だとして1000回打ったら死ぬ。ひとまずは丸一日は打ち続ける。そう判断した。
さらに1時間が経過した時、
奈落のグールが突如砂が崩れるように潰れた。
――やった!
う!?
一瞬、視界が明滅したかと思うと、ぐんっと力が湧いてきた。
ステータスを確認する。
【レベル:7】
HP:76/76
MP:12/67
力:19(new+1)
体力:9
敏捷:20(new+1)
魔力:25(new+1)
精神:16
運:30
――おおお……っ。一気にレベルが上がっている! 今のは大量の経験値を獲得した感覚か。うお、力、敏捷、魔力が1上がっているぞ。
ステータスの影響は1でも大きい。攻撃力などは一時的に魔法や装備で上げることは比較的容易だが、成長性にも影響するこのベースステータスを上げることは非常に難しい。それだけにシャインは嬉しかった。
『スキルを4つ獲得できます』
――4、5、6、7とレベルが上がった分のスキルを獲得できるというわけか。
【スティング/蜂の一刺し】UC。技スキル。攻撃力が一瞬上がる。貫通効果あり。
【毒攻撃】UC。技スキル。
【強撃】UC。技スキル。一瞬、物理攻撃力が3倍になる。
【豪腕(上)】UC。(上)(中)(下)を揃えると永続的に力が1上がる。このスキルはステータス欄には表示されない。
【豪腕(中)】UC。
【豪腕(下)】UC。
【即死耐性(小)アップ】UC。
【鷹の目】UC。遠くを見通せる。
【サイレントウォーク/無音歩行】UC+。
【聴覚強化】R(レア)。
【気配察知】R+(レアプラス)。
【魔力感知】R+。
【看破】SR(スーパーレア)。対象を探る。
【オープン・ザ・ボックス】SR。物を収納できる空間。生物は入らない。
【ダメージ軽減:50】SSR。あと4回。
気になっていたスキルから獲得することにした。
【気配察知】
【魔力感知】
【オープン・ザ・ボックス】
【看破】
を獲得した。
さっそく〈オープン・ザ・ボックス〉を試す。
瞬時に半透明の輪っかが出現した。小石を出し入れしてみる。
物の出し入れが自由に出来きる四次○ポケットという感じだ。
――慣れれば戦闘中にも使えそう。
奈落のグールが立っていた場所を見ると残骸が消えて本らしき物が落ちていた。
ドロップアイテムかもしれない、拾いにいく。
警戒しながら降りる。途中、昇降しやすいように木に切り込みをいれていく。
降りるとすぐに〈オープン・ザ・ボックス〉で回収し、ゴキブリのように素早く、枝の凹みまで戻ってきた。
改めて取り出すと、出てきたのは分厚めの本が三冊。
【魔法書:テレパシー/思念】レア度:C。
レベル2の無属性・伝達魔法。
【魔法書:アースウォール】レア度:UC。
レベル4の木属性・攻撃魔法。
【魔法書:ブラックボックス】レア度:R+。
レベル6の闇属性・補助魔法。約3トンのアイテムを収納できる。生物は入らない。
魔法書だ。
魔法とは――光、火、木、水、闇の5属性+無属性がある。何故この世界では使えるのかというと地球上には存在しない物質の影響である(エターナルファンタジア調べ)
魔法書や魔法の書板は魔法を覚えるための触媒のようなもの。
条件を満たしていれば覚えられるはずである。ただ魔法にはレベルが存在し当然高位の魔法ほど習得は難しくなる。
シャインは早速〈テレパシー/思念〉の魔法書を持って念じてみた。
何も起こらない。
――うーん、なにか条件があるのだろうか。
これぐらいなら魔法職じゃなくても覚えられそうだけど。
もう一度、〈テレパシー/思念〉を覚えるという強い意志を込めて祈るように念じてみた。
魔法書が淡く光ったかと思うと霧散して跡形もなく消えた。
『〈テレパシー/念話〉を覚えた』
「おぉ……」
感嘆の吐息をもらす。
元がこういうのが好きな人間、楽しくなってきた。
次の〈アースウォール〉は、同じように念じても無反応。
――やはり魔法職に就いている必要があるか。
魔法書がソフトだとするなら、魔法職はハード。この二つが合わさって初めて体内またはこの世に溢れるマナを利用し、高度な魔法が扱えるようになるのだ。
残念だが仕方ない、一番高レベルの魔法書なので無理だとは思うけど念のため〈ブラックボックス〉も試してみる。
念じると、魔法書が黒い靄を放ちながら霧散した。
『〈ブラックボックス〉を覚えた』
「えええっ!?」
シャインは目玉をひん剥いた。
――何故!?
思いつくのは属性の相性か、魔力の高さぐらい。何か条件を満たしていたのだろう。
――分からないけどラッキー!
さっそく〈ブラックボックス〉を試してみる。
目の前に黒い靄が現れた。
ここに手を突っ込んで物を入れるようだ。しかし〈オープン・ザ・ボックス〉と比べて出現するのが遅くMPが2消費される、戦闘中には使えそうにない。
――ただの荷物入れだな。
ここまで無我夢中だったものの、我に返ると絶望的な問題がもう一つあるのを思い出した。武器は腰に下げた剣があるが、食料がない。
喉もカラカラだ。
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