ダメ姉は、修学旅行へ出発する(その8)
私はね、ただ単に……憧れの料亭のご飯を食べに来ただけだったんだ。それなのに……
「ええ機会やし―――今ここで、ちょいとお料理してみよか」
ホント……どうしてこんな事になったのか、今回ばかりはマジで皆目見当もつかないけれど。何の前触れもなくその料亭の女将さんからこの場でお料理をしてみないかとお誘いを受けた私。
この料亭が私の料理の師である和味先生の実家って事も、女将さんが先生のお母さんって事もビックリだったけど……この展開にもビックリだわ……
『ちょ、ちょっと母さん!一体何の真似よ!?マコさんに何をやらせる気!?』
『何をも何もあらへん。言葉通りあの子に料理作ってもらお思ってな』
『な、何が目的よ……?』
『別になーんも他意はあらへんよ。ただ気になっただけや。あんたが惚れこむ子がどんだけ料理上手な子なんやろってな。料理アホなあんたが『運命の人』とまで言い切った子で、うちに面と向かってあんたが『紹介したい』とか宣うほどの子やさかい……そりゃもう大層出来る娘なんやろなぁ。楽しみやわぁ』
『……マコさんを試す気ね。ダメだったらマコさんの事必要以上にねちねちと貶す気でしょ?相変わらずなんて意地の悪い……』
『別に貶すつもりはないけどな。……別に自信がないならやらんでもええんよ?つまりはそこまでの娘はんやったって事やし』
『(ムカッ)……言ってくれるわね母さん。上等よ、私の愛弟子の実力を見て……後で吠え面かく羽目になっても知らないんだから……!きっとマコさんなら分からず屋で堅物なバカ女将を黙らせる最高の料理を見せてくれるハズだもん……!』
「あ、あのぅ……和味先生、それに女将さん。ほ、ホントに私……こんな凄い場所で料理して良いんですか……?」
言われるがまま、憧れの場所に立つ私。い、良いのか……?歴史ある料亭で、一介の学生である半人前以下な私がお料理やらせて貰えるなんて……あまりにも畏れ多い気が……
カウンターの奥で何やらまた言い合いをしている先生と女将さんに恐る恐るそう問いかけると、にこやかな笑みを浮かべて女将さんは私に返事をしてくれる。
「ええよええよマコちゃん。調理器具も、冷蔵庫の中のも。どれも好きに使ってええよ。勿論お金もいらんからね。マコちゃんが思う通りに作ってくれればええねん」
「そ、そう言われましても女将さん……しょ、正直……プロの中でも頂点に位置するような方々が立つ神聖な領域に土足で踏み込んでしまっている気がして……畏れ多すぎて怖いんですけど……」
「そないに気張らんでええって。こんなん職場体験みたいなもんやしな。そこの料理アホに普段どんな事を教わってるのかだけ見させてくれやす」
「わ、わかりました……正直自信はありませんが、力一杯頑張ってみます」
なんだか最初に和味先生と出会った時の事を思い出す。そういや和味先生とも出会って早々こんな感じで私に料理を作らせたっけ。流石は親子。こういうところもそっくりだ。遺伝ってやつか。
「マコさん、この人の事は気にしないで普段通りに作ってくれれば絶対大丈夫です……料理の師匠であるこの私が保証しますからね」
「先生……」
「少し早いですけど、家庭科の学年末試験の予行演習とでも思ってください。期待していますよ、マコさんならきっと素晴らしい料理を作ってくれるって」
「はいっ!わかりました!先生の一番弟子として、期待に応えてみせます!」
いつも以上に気合の入ったエールを先生から送られる。ちょうどいい機会だ。師である和味先生に自分の成長した姿を見せてあげるとしようか。
「というわけで……ゴメン皆、折角の自由行動の時間だけど……ちょっと腕試しがてらお料理させて貰っても良いかな?ついでに皆にも試食してもらえたら助かるんだけど……」
「私は構いませんよ。寧ろラッキーでした。まさか京都に来てまでマコ姉さまの手料理が食べられるなんて……嬉しいです。やはり一日一回は姉さまの料理を食べないと、私は元気出ませんからね」
「マコ、期待してるわよ。折角だし美味しいの食べさせてよ」
「先輩の手料理!やったぁ!久々のマコ先輩の手料理やったぁ!」
「…………私も、早く帰って母さんに手料理作ってあげたい……」
そんなこんなで皆にも断りを入れ、いざ料理開始だ。
~マコ調理中:しばらくお待ちください~
「―――お待たせ!出来たよ皆ー!」
「「「おぉー!」」」
調理器具も食材も……お言葉に甘えてそれはもう目一杯自由に使わせてもらい、思いのままにお料理してみた私。流石、プロの現場。道具はただでさえ最高品質のモノばかりな上に、手入れは隅々まで行き届いているし。食材や調味料に関してもどれこれも学生が手を出すにはもったいなさ過ぎるくらいヤバイ高級品質で……
おまけに板前さんや従業員の皆さんから、秘蔵のレシピまで使わせて貰って。こんなの、こんなの―――
「た、楽しかった……!」
思いがけない最高の職場体験をさせて貰って思わず感動。……ヤバい、ちょっと感極まって嬉し泣きしそうだわ私……
「流石姉さま。慣れない場所、慣れない道具を使っても一切陰りなど見せない素晴らしいお料理ですね。美味しい♡」
「うーむ、相変わらず料理に関しては完璧よねマコ。わたし好みに作ってくれて嬉しいわ」
「先輩!おかわりください!」
「ふ、ふふふ……マコさん。期待を裏切らない、御膳上等な出来でした。合格です」
作った料理を皆に振舞ってみると、おおむね満足してくれたみたいだ。私が作ったものなら何でも美味しいって言ってくれるコマたちはもとより、普段料理に関しては妥協も甘えも一切ない和味先生でさえも手放しに褒めてくれる。良かった、先生に合格点を貰えたって事はそれなりの料理が出来たって事みたいだ。
さて、それじゃあ肝心の『料理を作ってみて』と提案してきた張本人の女将さんの評価はどうだろうか?それなりに自信はあるし……和味先生のお墨付きも貰ってるし。女将さんの期待にも応えられてたらいいんだけど……期待半分不安半分、ドキドキしながら女将さんの様子をこっそり見てみると。
「…………」
「……あ、あれ?」
……するとどうした事だろう。女将さんは私の料理を口にしてから、無言で……苦虫を噛み潰したような顔をしているではないか。な、何なんだろうこの女将さんの反応は?
これは……もしかしなくてもアレか?口に入れるのも憚れるレベルの失礼な料理を出しちゃった的な感じか……?まあ、相手は超有名店の女将さんだし……流石に私の料理がプロに通用できるとは思っていないけど……出したら不味い奴を女将さんにお出ししちゃったか私……?
「…………なるほどなぁ。これはまた。期待裏切られたわ。……良い意味でな」
「ふふん、どうかしら母さん?私の愛弟子の実力は」
「……言うだけの事はあるみたいやね。細かい技術的なもんとか盛り付けとか。まだまだ改善の余地は十分ありそうやけど……あんさんが仕込んでるだけあって、基本はきっちり抑えとる。高校一年でこのレベルなら将来楽しみなのも頷けるわ。……他にも笑顔を絶やさない客への対応、同じ場で共に働く従業員に対する細やかな気遣い……料理への情熱……シャクやけど認めるわ、確かにええ娘はんやな。うちの料亭の従業員に欲しいくらいや」
「ふふん、どうよ母さん。私の言った通りでしょうが」
不安になる私をよそに、和味先生はというと。自分のお母さんである女将さんに対して何故か勝ち誇った顔で笑っている。
「けどなぁ」
「な、何よ……まだ何かいちゃもんでも付ける気なの?」
「なおさら分からんわ。なーんでこんな才気あふれる気遣い上手なええ子が、あんたみたいな料理以外はダメダメなゴミ屑女を慕ってはるん?やっぱ洗脳でもしとるんちゃうの?」
「し、失礼ね……だから洗脳なんてしてないって……」
「???え、ええっと……」
何やら私を見ながら、先生と女将さんはひそひそ話をしている。よく聞き取れなかったけど……今かすかに『洗脳』って不穏なワードが聞こえてきた気がするんだが、一体何を話しているんだろうか……?
「……この子までダメになる前に、うちが責任もって目を覚まさせてやらんとな―――なあ、マコちゃん?」
「へ?あ、はい!何でしょうか女将さん!」
「美味しい料理、ありがとな。ワガママ言って無理に作らせて悪かったなぁ。その詫びに……ちょっといいもの見せたるわ。ついておいで」
「ふぇ……わ、わわ……!?お、おかみさん……?」
「ちょ……!?か、母さん!?マコさんを何処に連れてくのよ!?」
いきなり女将さんに手を掴まれ、和味先生の制止も一切聞かない女将さんにそのままズンズンと料亭の奥へと連れて行かれる私。な、なんだなんだ急に……!?
「あ、あの……女将さん?どちらへ……」
「なあ、マコちゃん?マコちゃんは……あの娘を、うちの和味を慕ってる言うてたね」
「え?……あ、はいです!料理上手な先生の事、めちゃくちゃ尊敬してます!先生に憧れて今の高校を選んだようなもんですし!」
「……さよか。なら……どや?和味の部屋案内してやろか?もしかしたらあの娘が昔作った秘蔵のレシピ帳とかあるかもしれへんよ?」
っ……!か、和味先生の……部屋……!和味先生の秘蔵のレシピ帳……!?
「み、見たいです!ぜひお願いします!」
「そりゃ良かった。ほな行こか」
「はいっ!」
先生のお部屋……それは気になる。超気になる。もしかしたら凄いお宝が眠っているかも……!レシピとか、調理器具とか……!
「着いたで、ここや」
「おぉ……!ここが先生の……」
「
「は、はい!では遠慮なく……!」
『んな……!?だ、ダメ!?ま、待ってマコさん!そ、そこは―――』
女将さんに促され、先生のお部屋と思しき場所の扉に嬉々として触れた私。
…………そう。ただほんのちょっと。私はちょっとだけ触れただけだった。
ド……ドド……ズドドドドド……!
「ぎゃぁあああああああ!?」
「ま……マコさーん!?」
―――だというのに。次の瞬間、その扉は勢いよく勝手に開かれて……雪崩が起きた。
本、レポート用紙、ビニール袋、衣服、座布団、布団、ごみ袋、空き瓶、段ボール箱。それらすべてが無理やり詰め込まれ押し込められていたのだろう。私が扉を触れた途端に、抑えがきかなくなり部屋の中から一斉に飛び出してきた模様。爆心地にいた私は物という物に押し出されて、そのまま押しつぶされ飲み込まれる。
……あ、これなんかデジャブ……
「ま、マコさん!マコさんしっかり!だ、大丈夫ですか……!?」
「な、なんとか……」
駆けつけてきた和味先生にどうにかこうにか掘り起こされ、ぜぇぜぇと息を整える。あ、あぶねぇ……危うくまた生き埋めにされて窒息するとこだった……
……忘れてた。そういや先生のお部屋って……汚部屋だったってことを……そういうとこ、実家でも変わり無かったんですね先生……
「どや?見ての通りやでマコちゃん」
「へ……?な、何の話です女将さん?」
「マコちゃん、マコちゃんはこのじゃじゃ馬娘の事尊敬してる言うてたな。ちゃうよ。その阿呆は尊敬に値するような人間やあらへん」
「……え?」
と、ちゃっかりゴミの雪崩を回避していた女将さんは。助け出された私と、それから和味先生を冷ややかな目で見ながらこう告げた。和味先生が……尊敬に値する人間じゃ……ない?
「その阿呆はな、料理だけは一丁前に出来るかもしれん。でもな……それ以外はゴミ屑や。見ての通りゴミの山の片づけも出来ん。片付けだけやのうて、ぜーんぶがダメダメなんや」
「は、はぁ……」
「まず料理以外の家事全てがダメ。家では基本ぐうたら女。金銭管理もなってない。気に入った調理器具があれば散財してまーた部屋のゴミ増やす。料理以外の趣味をもたん故に人と触れ合う事も碌にできん臆病者で、その癖調理道具を手にすると性格変わる文字通りの変わり者。昔から自分に都合の悪い事が起これば性格豹変させてなあなあにするわ、駄々をこねるわ、機嫌悪なるわ」
「ちょ、ちょちょ……か、母さん!なんで今マコさんにそれを……」
「あんたはちょい黙っとき。あんたの本性知らせるのが、この娘はんの為や。最後まで聞かせたるわ」
慌てふためく先生をよそに、女将さんは私に先生がいかにダメかを熱心に語ってくる。
「そうや、昔からそうや……女将を継がせよう修行させようとしても、性に合わんとワガママ言って修行をサボる。サボるだけに飽き足らず、自分は板前になる。板前なって自分の理想を共有してくれる相手と一緒に自分の店を出すなんて世迷言言うて……家を継がんまま親に黙って家飛び出して、何十年も音沙汰なしのゴミ屑女。それがそいつや。……マコちゃんも散々聞かされたやろ?料理の理想がどうのこうのと。そういうわけのわからん理想、無理やり押し付けられたやろ?そういうん、正直迷惑やったんとちゃいます?」
「……」
「どや?軽蔑したやろ?失望したやろ?今からでも遅ない。そんな料理アホ、尊敬するの考え直したほうがええ。その方がマコちゃんの為になるで」
「……ふーむ」
女将さんの言う事を最後までとりあえず聞いてみた私。なるほどね。そっかぁ……昔から、和味先生って料理以外はアレな人だったんだね。
……でも。
「んー……と言われましても。私、先生の良いところとか悪いところとか。そういうの全部知った上で。その上で先生の事を尊敬していますから」
「…………は?」
ま、それはそれとしてだ。それ知ったうえで先生を軽蔑したり失望する事にはならないから、なんにも問題ないよね。
「私……前に、先生と似たような問答した事あるんです。料理以外はダメ人間だって告白されました。実際に、その時先生の汚部屋も拝見しましたよ。あまりにアレ過ぎて念入りに大掃除させて貰いました」
「知ってたんか……!?掃除したん!?つか、それ知って尚慕う言うてはるの!?普通引くやろ!?」
「まあ、確かにあの汚部屋の惨状には流石に引きましたけど……でも、それ差し引いてもやっぱり私。先生の事、尊敬してますよ」
「……どこや。その子の何処に尊敬するようなところが……料理か?料理の腕か?」
「料理の技術は勿論ですけど、それだけじゃないです。他の何かがダメダメでも、自分の得意な事とか自分の好きな事をとことん極めて貫き通す。そういう一途な姿……かっこいいなって思ってます」
「ま、マコさん……!」
「…………」
先生の掲げる料理の理想とか理念とかもだけど。こういう先生の生き方も、私は見習いたいって思ってる。……ダメ人間な私以上に料理以外の全部ダメダメだろうと。先生は私にとっての最高の師匠だから安心してくださいね和味先生。
そこまで言うと、女将さんはしばらく気難しい顔をしていたけれども。やがて大きくため息を吐き。
「…………うちの負けや」
と、ポツリと呟いた。負け?何が?
「……和味。あんたほんま、ええ弟子出来たんやね」
「うん。言ったでしょう?理想の……運命の人だって」
「……大事にしいや。あんたみたいな料理アホについて来れる人間、世界広しと言えど絶対この子くらいしかおらへんよ」
「言われなくても分かってる」
よくわかっていない私を置いて、先生と女将さんはまた何かひそひそと話をしている。
「それから……なあ、マコちゃん」
「へ?あ、はい!何でしょうか女将さん!」
「試すような真似して、すまんかったなぁ。……うちの娘を慕ってくれるって聞いた時。正直、嬉しかったわ。勘当したとはいえ、自分の娘が迷走してないか今の今までずーっと不安やったけど……あんたみたいな子が居てくれて、ほんま良かった。不束な娘やけど、これからもこの子の事よろしゅう頼むわ」
「???ええっと……はい!こちらこそよろしくお願いします!」
女将さんに頭を下げられ、私も慌てて頭を下げ返す。この時の女将さんは……最初に出会った時の、ちょっぴり厳しそうな雰囲気はすっかり消え去って。一人の娘を心配する、優しいお母さんの顔をしていた。
「―――それにしても」
思わず『こちらこそ』と言ってみたものの。女将さんの言い回しになんだか変な気分になる私。あれじゃまるで、結婚前に相手のご両親に挨拶しに来たみたいな感じじゃないか。
と言うか……うーん?和味先生も女将さんも。私に料理作らせたり先生のお部屋を見せたりと……結局、何がしたかったんだろうか?
『和味、分かっとるな?あんたみたいなダメ人間を心から理解してくれる上に、料理も掃除も万能な愛らしい子……あの子はまさにあんたの言う通り運命の人やで。死んでも手放したらあかん』
『え?あ、ああうん……それも言われなくても分かってるけど……』
『うち、あの娘の事気に入ったさかいあんたに協力したる。見た感じ……恋敵は相当多そうやけど……気張りや。何が何でもうちの義理の娘としてマコちゃん迎え入れるで……!』
『いや、あの……何の話してるの母さん……?』
『何って……勿論、あんたの
『『…………』』
『……かなえさま。何故でしょう?なんかまた、厄介そうな輩が増えたような気がするのですが』
『……それ、多分気のせいじゃないわ』
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