ダメ姉は、修学旅行へ出発する(その7)

「―――すっっっ……ごい、楽しかったですマコ先輩!本当に、ありがとうございました!」

「私も楽しかったよ。こっちこそありがとねレンちゃん」


 今日も京都で修学旅行。3日目の本日は皆大好き自由行動の日だ。暴走マザコン娘のヒメっちが脱走しないように、そして私と二人っきりの京都散策を楽しむため(?)に。時間と順番を決め自由行動をしている。

 そんなわけで、最初はレンちゃんと一緒に京都の町を堪能した私。


「うらやましい……私も、今すぐにでも姉さまと京都を楽しみたいのに……」

「待ちなさいコマちゃん。次はわたしのターンよ」

「……母さん、母さんどこ……?私の母さんはどこぉ……?」


 これ以上無い恍惚とした表情の戻ってきたレンちゃんを見て羨ましがるコマに次は自分だと強調するカナカナ。そして虚ろな目でお母さんを求めるヒメっちと合流したところで、ちょうどお昼時になる。


「それじゃあ早速マコ!わたしと一緒に京都見学行くわよ!」

「っと、ちょい待ちカナカナ。行くのは良いけど、その前に。休憩がてら皆で腹ごしらえしない?」


 合流して早々にカナカナが私の手を引いて駆け出そうとするけれど。そのカナカナに私はストップをかけた。待て待て、気が早いぞ親友よ。


「見学するのは一旦中止。今から皆で一緒にご飯食べて、午後からまた楽しむのはどうかな?」

「はぁ!?何でよ!?まさかわたしと一緒に行くのが嫌だって言うんじゃないわよねマコ!?」

「違うってば。流石に私もちょっと疲れたし、皆だってヒメっちを捕縛しておくのに相当神経をすり減らしたでしょう?ちゃんと腹ごなしして、パワー充電してから見学行った方が楽しめるよきっと」

「むぅ……今すぐにでも行きたいのに……随分と焦らしてくれるわねマコ……まあ、マコがそれが良いって言うなら仕方ないけど……」

「姉さまに賛成です。私もちょうどお腹が空いてきましたし」

「先輩と一緒ならどこだってお供します!」

「……どこでも良いから、私を早く母さんの元へ帰らせて……」

「よし、皆OKね!」


 全員の了承を得て、とりあえず京都見学は一端中止しお昼ご飯にすることに。……え?一人了承得ていないじゃないかって?ポンコツ状態のヒメっちは知らん。


「姉さま、ちなみにお昼ご飯はどちらで食べましょうか?もしかして、どこか姉さまが行きたいお店とかあるのでしょうか?」

「うん!あのね、あのね!実はね皆!私……京都へ来たら絶対に行ってみたい料亭があってね!」

「料亭、ですか?」

「そうなの!そこっていわゆる老舗の日本料理店なんだけど、伝統の味を受け継ぎながらも伝統に縛られない今の時代にも合わせて対応してきたとっても素敵なお店なんだって!とにかく料理が絶品で、有名人たちも通い詰める京都を代表する名店でさ!私はテレビでその特集を見てたんだけど……とにかくそこの板前さんの包丁さばきが凄いのなんのって!その技を見て、正直私めちゃくちゃ感動してね!技もさることながら盛り付けとかも美しくて、画面越しなのによだれがだらだらこぼれ落ちそうになっちゃったんだよね!もうね、一生に一度で良いからそのお店の料理を食べてみたいなって!そして、叶うことならその技や味をちょっとでも覚えて料理の腕をさらに磨きたいなって―――」

「(料理のことになると熱く語る姉さま可愛い……)」

「(料理のことになると早口になるマコ可愛い……)」

「(料理のことになると一生懸命な先輩可愛い……)」

「(母さん……かあさん……)」


 思わず全力で熱弁してしまうと、皆から生温かい目で見つめられてしまう私。いかん……ちょっと語りすぎた……恥ずかしい……


「……コホン。と、とにかくだ。皆さえ良ければだけど、そのお店でお昼ご飯にしない?味は私が保証する。絶対後悔はさせない場所だと思うんだ。幸いここから結構近い場所にあるし。……もちろん、他に行きたいとこがあるならそっち優先して良いんだけど……」

「遠慮しないでください姉さま。私は姉さまの意見を第一に尊重しますよ」

「料理上手なマコが絶賛する店なら期待度高いわね。わたしも異存なし」

「あたしも問題ありません!先輩と一緒にご飯、最高ですね!」

「……母さんと一緒にご飯食べたい……むしろ、母さん食べたい……性的に」


 と、言うわけで。お昼は私の希望通りのお店で食べることが決まった。



 ~マコ班移動中;しばらくお待ちください~



「とーちゃーく!お待たせしました皆々様!ここが、件のお店でーす!」


 若干(?)テンション上げ上げで、皆をお店へ案内する私。いかんね、憧れのお店を前にして期待と興奮でさっきからテンションがおかしいわ私……

 こういうお店ってルールとかマナーとかも厳しいはずだし、追い出されたりしないようにお店に入ったら落ち着かなきゃ。


「へぇ……ここが姉さま推しのお店ですか」

「いかにも歴史あるお店って感じですね!」

「中々に風情あるお店じゃないの。……つーかマコ?こういう店って一見さんお断りで完全予約制だったりするんじゃないの?アポ無しで来て大丈夫なの?」

「あー……うんその通りだカナカナ。実言うと、修学旅行が京都って決まった時点で……こっそり予約を入れておいたんだ」


 だから皆が私に付き合ってお昼食べてくれるって言ってくれたとき正直ホッとしちゃった。予約キャンセルとかせずにすんだからね。

 さてと、折角予約を入れたわけだし遅れるわけにもいくまいて。はやる気持ちを抑えつつ、私は深呼吸をして暖簾をくぐって―――


「すみませーん、予約していた立花で―――」

『帰れ!二度とうちの敷居を跨ぐなと言うといたやろうが!』

「…………すみませんでしたー…………」


 くぐった瞬間『帰れ』の一声を頂いた。


「…………あ、あはは……ごめん、皆。予約したつもりだったけど……なんかダメだったみたい……敷居跨ぐなって言われちゃったわ……」

「だ、大丈夫!大丈夫ですよ姉さま!姉さまが悪いのではありませんから!?」


 聞こえてきた怒声に圧倒され、すぐさまUターンしてコマ達の元へ戻り泣きつく私。


「安心なさいマコ、今のは多分アンタに言った訳じゃないみたいよ」

「ですねー。なんかお店の中で言い争ってるみたいですよー?」


 皆に慰められながらよく聞いてみると、確かに皆の言うとおり。どうやらお店の中で何やら言い争いが起こっているようだ。


『なによ!久しぶりに顔出してあげたってのにその言い草は無いでしょ!?』

『家継がへんって駄々捏ねて。勝手に家飛び出して。親の許可無く料理人になって本とか出したかと思ったら今度は教師になって……!あんたはもう、うちの子ちゃうわ!何しにのこのこ戻ってきたんか!』


 ここが伝統ある超有名店とは思えないほどの口論が、お店の外まで聞こえてくる。え、え……?わ、私ひょっとして場所間違えたか……?


「あー……ひょっとして、予約してくれた立花さんですか?」

「は、はいその通りです!立花です!」


 お店の前で困惑していると、お店の中から一人の女性が気まずそうな表情で出てきてくれる。


「遠いところからようこそおこしやす……と、言いたいところなんですがね。折角予約頂いておいてなんですが、ちょっと今……察して貰えるとは思いますがすぐには案内出来そうにないんですよ……」

「……案内出来そうに無い?折角マコ姉さまが一生懸命予約したお店だと言うのに。マコ姉さまの憧れとまで言わしめたお店だというのに、この騒ぎは何なのですか?店の中で何が起こっているのですか?マコ姉さまを泣かせてただですむと思っているのですか?納得のいく説明をお願いしたいのですが」


 私を抱きしめなでなでと頭を撫でながら、妹であり嫁であるうちのコマが皆の代表者としてその従業員さんらしき人にキッと睨みをきかせつつ問いかける。コマの冷たい視線に後ずさりしながらも、従業員さんはこう答えてくれた。


「恥ずかしい話ですが……言ってしまえばただの親子喧嘩ですわ。うちの女将と、何十年ぶりに帰ってきたその娘さんが。まさに今一触即発な大喧嘩をやらかし始めまして……」

「あらら……それはまたタイミングが悪かったみたいですね……」


 従業員さんの説明の最中も、その喧嘩は収まるどころかますますヒートアップしていく。


『何しに戻ったって……だから言ったでしょ!やっと……やっと運命の人に出会えたんだって!待ち望んでいた、私の理想を体現してくれる運命の人と出会えたって!今日はその報告に―――』

『何が運命や!ええ加減にせえ!あんたみたいな料理アホを受け入れられる奇特な人間、おるわけないやろ!夢見るのも大概にしとき!』

『言ったわね……!?良いよ、ならその子今から連れてきて証明してあげるから!』


 …………って言うか、アレ?何でだろう?なんか今口論している二人のうちの一人の声、どこか聞いたことがあるような……?聞いたことあるっていうか、身近な人の声にそっくりなような……?

 なんて思った次の瞬間、お店から一人の女性が飛び出してくる。


「え……きゃっ!?」

「ぎゃん!?」


 気になってお店の中をのぞき見ようとしていた私には、突然飛び出してきた人を華麗に回避する運動神経などもちろん持ち合わせていない。

 当然のようにその人と出会い頭にごっつんこする羽目に。


「い、痛たた……す、すみません前を見ていなくて―――って……あ、あれ?」

「こ、こちらこそごめんなさい……の、覗くつもりじゃなかったんです。ただなんか知り合いに似てる声が聞こえた気がして―――って、ん……んんん?」

「ま、マコ……さん……?」

「あれれ?和味先生……?」


 お互いに謝りながら顔を上げると……そこにはどうしてか、私の料理の師匠である清野和味先生がいるでは無いか。あ、やっぱりさっきの声先生だったのか……


「先生?どうして先生がこのお店に―――」

「ああ、なんて良いタイミングなんでしょう!流石ですマコさん!ちょうど良かったです、ちょっと一緒に来てください」

「へっ?え、えっ……?」


 何の説明も受けないまま、先生に手を引かれ私はお店の中へ。


「……えらい早い帰りやな。……?ちゅうか、どないしたんその愛らしい子は。まさか誘拐ちゃうやろな……?」

「あ、その……ご、ごめんください……」


 そこには一人の和服美人な女性が腕を組んでたたずんでいた。


「誘拐って……人をなんだと……まあ良いわ。紹介します母さん。この子こそが、私の愛弟子にして―――。立花マコさんよ」

「…………は?」


 和味先生はその美人さんを前に、私をそう紹介する。先生の発言に美人さんは文字通り目を点にして呆気にとられ。


「「「―――誰が、誰の運命の人……ですって……?」」」


 そして後ろでは、コマ達が先生の発言に殺気を出していた。

 …………待って、まって。状況がいつも以上に読めない……今何が起こってるのコレ……?



 ◇ ◇ ◇



 世間って、広いようでとっても狭い。


「改めて。ようこそおこしやす。うちがこの料亭の女将で……ほんでそこのじゃじゃ馬娘の母です」


 私が心待ちしていたこの料亭……聞けばなんと、私の料理の師匠である和味先生の実家だったそうな。知らんかった……もー、先生も人が悪いなぁ。そういう話ならもっと早く言ってくれれば良かったのに。


「見しんどいとこを見してもうてかんにんな。お詫びをさせとぉくれやす。お代はいりまへんからね。遠慮しいひんで食べてな」


 さっきまで先生とあれほど激しく言い争っていたのが嘘のように。女将さんは爽やかな笑顔でそう言って私たちをカウンター席に座らせて、とってもおいしいご飯を次々とご馳走してくれる。

 ちなみに和味先生に対しては一言。


『ぶぶ漬けでもどうどす?』


 と女将さんが言っただけで、私たちと同じ料理はおろかぶぶ漬けすら一向に出てきていない。おかしいなぁ……作るのにそう時間がかかるものでもなさそうなんだけどなぁぶぶ漬けって……


「ああ、想像していたとおり……ううん!想像以上にホントおいしいです!味付けも、風味も、歯ごたえも、盛り付けも―――どれをとっても素晴らしすぎです!」

「ふふ……嬉しいこと言うてくれるなぁお嬢ちゃん」

「流石、和味先生の実家の料亭ですね!」

「…………お嬢ちゃん、ちゃうで。そこなアホとうちの料亭は関係あらへんから、そこ勘違いしいひんでな」


 舌鼓を打ちながら思う。なるほどなぁ……先生ってこんな有名店のご息女だったのか。言われてみれば確かに、この料亭の料理に和味先生の癖というか……面影というか。そういうものがなんとなく感じられるもん。


「(ボソッ)…………で?なんなんこの愛らしいお嬢ちゃんは。あんたの口からもういっぺん言ってみ。ん?」

「(ボソッ)…………だから言ったでしょうが。私の一番弟子。そして……夢だった自分の店を立ち上げたときに共に立つであろう、未来の運命の人だって」

「(ボソッ)…………運命って……つか、いくつやこの子」

「(ボソッ)…………高校一年生だけど?」

「呆れてものも言えへんわ」

「なんでよ!?」


 ……ふーむ。それにしてもなんか新鮮だ。いつもはおどおどな気弱な礼儀正しい先生も(※調理器具持たせた瞬間料理の鬼軍曹モードは別)実家に居るときはこんなにくだけた感じになるんだね。意外とこっちの方が素なのかな?


「なあ、お嬢ちゃん。聞いてもええか?お嬢ちゃん……ほんまにうちのアホ娘のお弟子さんなん?」

「え……あっ!ご、ごめんなさい!自己紹介が遅れました!立花マコって言います!和味先生に紹介して頂いた通り、先生には学校でも……それから個人的にも、料理の弟子として日々指導して頂いています!」

「そうかぁ…………ほんまに弟子なぁ……」


 尊敬する師匠のお母さんであり、尊敬するお店の女将さんともなれば大師匠と言っても過言では無い。慌てて深々とお辞儀して自己紹介する私。


「こーんな可愛い弟子が出来るほど、あんた立派な先生やないやろになぁ?なに?洗脳でもしたん?」

「そんなことしないわよ。……あと、あんまりジロジロマコさんを見ないで。マコさんを怖がらせないでよね、母さんの目つき相当怖いんだから」

「やかましいわ。…………ま、ええか。ふむ、ふむふむふむ……」


 そんな私を女将さんは、どういうわけか頭の先から足の先までじーっと見つめてきた。……な、なんか値踏みされているような感じでちょっと緊張するな……

 女将さんはしばらく私を見つめると、何かを思いついたようににやりと小さく笑った。


「(ボソッ)…………試してみよか」

「???あの、女将さん?何か言いました?」

「んーん、なんも無いよ。それよか……なあマコちゃん。この料理アホに指導されてるって事は、将来は料理関係の道に進みたいん?」

「そうですね、和味先生みたいに凄い料理人になれたらなーとは常日頃から思ってます」

「ほんならな……ええ機会やし―――今ここで、ちょいとお料理してみよか」

「…………っ!?」


 こ、こんなあこがれの有名料亭で……お料理を……!?

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