ダメ姉は、修学旅行へ出発する(その6)

 不良共に絡まれて(主にコマが)大暴れしたり、不可抗力ではあったけどポロリして皆を鼻血の海に沈め温泉を血の池地獄へ変えてしまったり、責任を取って皆の介抱と……それから温泉の大掃除に徹夜で明け暮れたりと……相も変わらず色々あったけど。それでもどうにかハプニング続きの2日目も乗り越えて。

 楽しい修学旅行も、いよいよ後半に差し掛かる。1日目は移動日で、2日目は全体学習会。さてさて、3日目の本日はと言うと。


「……待ちに待ってた、自由行動の日!」


 昨日までの暗い鬱々としてた表情はどこへやら。晴れ晴れした明るい笑顔でそう告げるのはお母さん依存症な名誉マザコンのヒメっちだ。ヒメっちの言うとおり、今日は班単位での自由行動の日だ。夕方までに旅館に戻ればどこを観光しても良いことになっている。


「ヒメさま良かったです。ようやく元気になられましたね」

「何よおヒメ。そんなに浮かれちゃって。どっか行きたい場所でもあるの?」

「……ふふふー。まあねー」

「むぅ?」


 あまりにも上機嫌に笑うヒメっちに、なんだか違和感を覚える私。アレ……?おかしいな、自由行動日にどこに行くか皆で決めていた時は、ヒメっち別にどこだろうと行く気なんてない、修学旅行なんか行きたくないとかほざいていたっていうのに……なんでこんなに嬉しそうなんだ……?


「麻生先輩。ちなみにどこに行きたいんですかー?」

「……うん、まあアレだ。予定してたところじゃないけど……とっても楽しいところだよ」

「へぇ……もしかして有名な名所か何かなヒメっち」

「……そんなところ。あ、ところでさマコ。ちょっと聞いてもいい?」

「んー?どしたの」

「……自由行動って事はさ、どこに行っても良いんだよね?どこ行っても自由なんだよね?」

「え?あー……う、うん。まあそうなるね」

「……そっかそっか、なら……大丈夫だね」

「…………っ!」


 満面の笑みを浮かべるヒメっちに、私はとてつもない恐怖すら感じる。その笑顔を見て、瞬間私はヒメっちの思惑を察してしまった。………お、おいおいおい……こやつ、まさか……!?


「……じゃ、そういうことで。皆も楽しんできてね!私も目一杯自由行動楽しんでくるから!」

「ま、待てヒメっち!き、貴様もしや……!」

「(ダッ!)……待たない。さらばだマコ……!」

「れ、レンちゃん!レンちゃんGO!頼む、あのマザコン娘を急いで止めて!」

「え?……あ、はいですマコ先輩!」


 走り出すヒメっちを見て、慌ててレンちゃんを向かわせてヒメっちを止める私。レンちゃんがヒメっちの足止めをしている間に私も追いつき、そしてそのままそのヒメっちを必死に羽交い締めにする。


「……離せ、何するマコ……!」

「おバカ!?何考えてんのヒメっち!?いくら自由行動って言っても限度がある!自由って言っても夕方までの時間でしょうが!?」

「……夕方までなら、余裕で目的地に辿り着くから大丈夫……!だから、離せぇえええええええ……!」

「それ旅館に戻ってこないパターンでしょうが!?夕方には旅館に戻らないとマズいんだよぉおおおおおおおおお!?」

「???あの……マコ先輩?話が見えてこないんですけど……麻生先輩は何をしようとしてたんです?」


 ギャーギャーとヒメっちと二人わめく。私に言われるがままヒメっちを足止めしたレンちゃんは、よくわからないと言った顔で首を傾げている。


「ヒメさま……私もまさかとは思いましたが……」

「あんた……自由行動の名目で、自分の家まで戻るつもりだったのね……」

「はぁなぁせぇえええええ!私を、母さんの元に行かせろぉおおおおお!」

「離すかぁ!」


 引きつった笑みを見せるコマと呆れた顔のカナカナが説明してくれる。……ホント……油断も隙もないなこのマザコンは……



 ~ヒメっち拘束中:しばらくお待ちください~



「―――皆さんに一つ提案です」

「「「提案?」」」


 4人がかりで暴走するヒメっちを取り押さえて捕縛しながら。私の聡明でかわゆい妹のコマが唐突に私たちにそう告げる。


「脱走するヒメさまを放置するわけにはいきませんし……昨日のように誰かがヒメさまを監視しておく必要があります。ですが……このままでは折角の自由行動日だというのに、ヒメさまを取り押さえるのに忙しくて京都を禄に観光出来ません。皆さんだって楽しみにしていたでしょう?マコ姉さまと一緒に京都探索するのを」

「そうね。マコを連れて観光するのを心待ちにしてたってのに、これじゃ台無しよね」

「あたしもマコ先輩と京都をいろいろ回りたいです!」


 皆が口をそろえて『私と一緒に』っていう条件が付いてるのが気になるけど……確かにコマの言うとおりだ。折角いろいろ計画してきたのに、このままだとどこにも観光に行けそうにないね。


「ですよね?そこで、私から提案なのですが……こうしませんか?時間を決めて、二人がヒメさまを取り押さえている間に一人がマコ姉さまと一緒に京都観光をするんです。二人がかりならヒメさまの脱走を確実に止められますし…………何よりも、そうすれば他の恋敵ライバルの目を気にすることなくマコ姉さまとの二人きりの京都デートを楽しむことが出来ますからね」

「えっ……」

「ほほう……それはコマちゃんにしては良いアイデアね。乗ったわ」

「マコ先輩と一緒に……一緒に二人きりのデート……乗りました!」

「えっ……!?」


 私(と拘束されてるヒメっち)以外の皆はコマの提案に賛成してるけど……ちょっと待って?


「ねえ……それだと私が他の皆よりも多く観光出来るって事にならない?そんなの皆に悪いよ……私もヒメっちを取り押さえる役をしても良いんだよ?」


 まあ、腕力にはあんまり自信ないけれど。それでもヒメっちを足止めするのは問題ないと思う。


「姉さま、何を言っていますか」

「そうね、マコ。それじゃ意味ないでしょうが」

「なんでさ?皆公平に、仲良くローテーション組んだ方がいいんじゃ……」

「「マコ(姉さま)と二人っきりになれなきゃ意味がない(じゃないですか)!」」

「あたしもそれに同感です!」

「えー……」


 折角京都に来てるわけだし、京都観光出来る時間が多い方が良いんじゃないの……?私と一緒にお出かけとか……そんなん京都にいなくてもいつでも出来るでしょうに。


「話を戻しますね。では……一人の持ち時間は2時間。時間厳守で2時間経ったら必ず戻ってくる事。……どこで、何をしようと自由ではありますが。これだけはお忘れなく。マコ姉さまの身の危険にさらすような事、マコ姉さまが嫌がるような事は絶対にダメです。良いですね?」

「言われるまでもないわね」

「わかりましたー!」


 一応のこの班の班長である私を置いてトントン拍子に話が進み決まっていく。うーん……今日は確かに自由行動日ではあるんだけど、班で行動しなきゃいけないって決まりだったんだけど良いのかな……?まあ、最終的に旅館に班全員で戻れば良いんだろうけどさ。


「では順番を決めましょう。後腐れないように、くじでどうですか?」

「それでいいわ。……言っとくけど、イカサマするんじゃないわよコマちゃん」

「誰かさんと違ってそんなことしませんよ私」

「くじ運は強いんですあたし!マコ先輩、一番で当てますからね!」


 そうしてくじで順番が決められる。その順番は―――


「えへへー!やった!やりましたマコ先輩!一番です!」

「ちぃ……2番手ね。中途半端じゃない……どうせなら一番最初か……最後においしいところ取りしたかったのに」

「残念でしたねかなえさま。残り物には福があると言いますし、3番目で良かったです♪」


 最初にレンちゃん、二番目にカナカナ。そして最後はコマという順番になったらしい。


「じゃあ時間も勿体ないですし早速!マコ先輩、どうかよろしくお願いしますね!」

「ん、了解。こちらこそよろしくねレンちゃん。あと、コマ。それにカナカナ。ヒメっちの事頼んだよ」

「お任せください。それから、昨日の今日ですしどうかお気をつけて」

「変なやつに絡まれるんじゃないわよ。何かあればすぐに助けを呼びなさいな」


 と言うわけで。コマたちに送り出され、まずはレンちゃんと最初の京都観光へ向かうことになった私であった。



 ◇ ◇ ◇



「えへへー♪先輩、先輩、せんぱーい!一緒ですね!一緒!」

「あ、こらこらレンちゃん。そんなにくっつくと危ないよ」

「だってぇ……昨日は麻生先輩を捕まえるばっかりで、マコ先輩とこんな風に一緒にいられなかったんですもの!これくらいは許してください先輩!」

「むぅ、それを言われると断りにくい……わかった。なら転ばないように気をつけてね」

「はーい♪」


 二人きりになって早々に、レンちゃんは私にすり寄ってくる。私に自分の匂いをつけるかのようにスリスリと頬ずりしたり、私の腰にぎゅーっと捕まったり。

 失礼だけどホントレンちゃんはわんこっぽいよなぁ……犬とか飼ってみたらこんな感じなんだろうか。


「ところでレンちゃん。レンちゃんはどっか行きたい場所とかあるの?」

「いーえ、特にはないですね!京都に何があるのかとか全然知りませんし!」

「身も蓋もないなぁ……」


 まあ、事前に行きたい場所とか調べていた私やコマたちとは違って。行き当たりばったりに私たちの修学旅行に付いてきたレンちゃんだし、行きたい場所とかないのは仕方ないか……さてどうしよう。どこに連れて行ってやるべきか……


「んー。ならレンちゃんはどういうところが良い?落ち着ける場所とか、楽しい場所とか何か希望はあるかな?私が調べてきた範囲の場所なら案内出来ると思うけど……」

「そうですねー……あたしはマコ先輩と一緒ならどこでも良いんですが……」


 しばらく考える素振りを見せてから、レンちゃんは何か思いついた顔になる。


「でしたら先輩!あそこに連れて行ってください!」

「お?希望ある?どこかな?」

「昨日、先輩たちが勉強会をしていたお寺です!」

「え?」


 昨日勉強会してたお寺っていうと……清水寺?



 ◇ ◇ ◇



「―――すごーい!たかーい!」


 レンちゃんに希望され、やって来たのは昨日も訪れたお寺……清水寺。


「あはは!凄いですね先輩!ここが有名な清水の舞台ってやつですか!」

「あの……レンちゃん?本当にここで良かったの?」

「えー?なんでですか先輩?」


 清水寺に辿り着き、キャッキャと心底楽しげにはしゃぐレンちゃんに問いかける私。


「多分だけど……レンちゃんも今後修学旅行に行くことになるなら、絶対ここに来ることになると思うよ?超有名なお寺な訳だし。だったらここよりも別の観光名所に行くべきだったんじゃ……」


 京都の修学旅行に来ることになるなら、清水寺は有名すぎて恐らく何度も来る羽目になる場所だろう。わざわざここに行かなくても、自分の修学旅行の時にでも行けば良かったんじゃないだろうか?


「良いんです!昨日は麻生先輩を捕まえるので大変で、ゆっくり散策出来ませんでしたし。それに何よりも……」

「何よりも?」

「マコ先輩と一緒に修学旅行に行く事なんて、今回が最初で最後だと思いますから!来年修学旅行に来てマコ先輩がいない寂しい思いをする前に、マコ先輩とこの場所で楽しい思い出を作っておけば……きっと寂しさも和らぎますもの!」


 ふーむ、そういうものだろうか?……まあ、レンちゃんがそれでいいなら好きなだけ付き合うけどね。


「そんなことよりも先輩もほら!見てくださいよこの風景!すっごいですよね!下を見るのが怖いです!どれくらいの高さなんでしょうかねー?」

「確か……4階建てのビルと同じくらいの高さなんだって」

「わぁ!そりゃ高い!……そういえば『清水の舞台から飛び降りる』ってことわざありますよね?なんでこんな高いところからわざわざ飛び降りなきゃいけないんでしょうかねー?」

「あー、それはなんかね。観音様に自分の命を預けて飛び降りたら、命も助かって自分の願いも叶うっていう信仰からきたんだってさ。実際に江戸時代とか200人以上がそう願ってこっから飛び降りたって話しだよ」


 つい昨日全体学習会で学んだ事をレンちゃんにも教えてあげる。レンちゃんはその話を興味深そうに聞いてくれた。


「へぇ……願いが叶うんですか!でも、普通ここから落っこちたら死んじゃいませんかね?」

「いや……意外と生存率は高かったんだって。死者は30人くらいで、大体生存率は80%を越えてたとかなんとか。……とはいえ、その当時はこの下は木が生い茂ってた上に柔らかい地面だったからこそらしいけどね」


 絶景を見下ろしながら思う。こんな場所で願かけてアイキャンフラーイするとか頭おかしいとしか思えん……多分、今やったら即死レベルだろうなぁ……


「なるほどです。……それで、実際に飛んで。生き残った人たちはどうなったんでしょうね?ちゃんと願いは叶ったのでしょうか?」

「えっ!?え、えーっと……ごめん、それは流石にわかんない。……でも、まあ迷信なんだし。飛び降りたからって……流石に叶わなかったんじゃないかな」

「そう、ですか……それは……なんだか寂しいですね」

「……レンちゃん?」


 いつも元気いっぱいなレンちゃんが、不意にちょっぴり悲しそうな顔を見せる。なんだ?急にどうしたんだ?


「藁にもすがる思いで……自分の願いのために飛び降りる。あたし……その気持ち、ちょっとわかっちゃうかもしれません。もしも……どうあっても叶えられない願いがあって。ここから飛び降りたら……叶う可能性があるのなら……あたし、あたしは……」

「……」


 なんだかちょっとブルーな事をつらつらと呟くレンちゃん。そんな彼女に対し、私は……


「レンちゃん」

「あ……はいですマコ先輩」

「てーい!」

「きゃん!?」


 そのレンちゃんのおでこに。思い切りデコピンをプレゼントしてあげる。


「全くもう……冗談でもそんな飛び降りるだのなんだの言わないの」

「せ、先輩……?」

「叶えられない願いなら、叶えられるように努力すりゃ良いだけじゃないの。なんか別の方法考えりゃ良いじゃないの。それでもダメならスパッと諦めて、それに代わる何かを願えば良いじゃないの」


 少なくとも飛び降りるよか、よっぽど有意義だと私は思う。


「レンちゃんが何を悩んでいるのかわからないけど。悩んで変なこと考えるくらいならちゃんと相談してちょうだいよ。頼りない役にも立たない先輩だろうけど、それでも話を聞くくらいはちゃんとするから」

「マコ先輩……」

「だから、ね。……あんまり先輩を心配させるような事言わないでよレンちゃん。君は、私の大事な後輩なんだからさ」

「ぁう……」


 ワシャワシャと頭を撫でてレンちゃんにそう言ってみる私。


「ご、ごめんなさい先輩……変なこと言い出しちゃって……」

「んーん。こっちこそごめん。説教みたいな事しちゃって。……なんか、レンちゃんが思い悩んでいるように一瞬見えちゃって心配になったからさ」

「あたし……悩んでいるように、見えます?」

「ちょびっとね。……ひょっとして、叶わない願いがどうこう言ってたのと関係してる?」


 問いかけるとレンちゃんは観念したように答えてくれる。


「……あたし、マコ先輩と一緒に居たいんです。それがあたしの願いなんです」

「?何言ってるの?今まさに一緒にいるでしょ?」

「そ、そうじゃなくて!……ほら、あたしと先輩って……年が違うじゃないですか」


 そりゃまあ、先輩と後輩の関係だからね。


「ふと気づいたんです。あたし、先輩たちの学校に入学するのが夢でしたけど……もしも二年後に、先輩たちの学校に入学したって……結局マコ先輩と一緒の学校に居られるのは一年しか居られないって。先輩と共に過ごす時間は、他の皆よりも少ないんです……これから先も、多分ずっと……先輩に置いて行かれる立場なんです私……」

「あー、それはまあそうね」

「修学旅行にしたってそうです。当然ですけど、どうあってもあたしは先輩とは一緒に行けない……先輩と、共有できる思い出が他の皆よりも断然少ない……だから……」

「……あ。もしかして。だからレンちゃん、私たちの修学旅行に勝手について来たの?」

「え、えへへ……」


 なるほど……いつものレンちゃんの暴走だって軽く流していたけど、レンちゃんなりに思い悩む事があった理由もあったのか。

 正直、こんなに可愛い子が。こんなにもダメな私を慕う理由がわからない。わからないけど……


「……そっか。なんというか……うん。重ね重ねごめん。なんか私、レンちゃんに寂しい思いをさせちゃってたみたいだね」

「そ、そんな!先輩が謝ることでは……!あ、あたしが勝手に寂しいって思って、勝手について来ちゃっただけですし……」


 慌てて逆に謝るレンちゃんに、私はもう一度頭を撫でてこう続ける。


「……レンちゃん。貴女の先輩としてもう一度言わせてちょうだい。思い悩むくらいなら、ちゃんとそれを私に教えてよ。寂しいって思うなら、連絡してよ。思いあまって今回みたいに突拍子も無いことをされて……それでレンちゃんが危ない目にでも遭うなら……私は悔いても悔やみきれなくなる」

「マコ先輩……」


 慕われるような先輩じゃ無いけれど。それでもレンちゃんがこの人を慕って良かったって思われる……そんな先輩で居たいと思う。


「って、また説教みたいになっちゃったね。いかんいかん。さあレンちゃん。まだまだ時間はいっぱいあるよ。一緒に行こう」

「い、行くって……どこへ?」

「そんなの決まっているでしょう?共有できる素敵な思い出を作りにだよ」

「……っ!は、はいっ!」


 可愛い後輩を連れて次なる観光名所へと向かう私。さあ、次はどこを案内してあげようか。

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